日本感染症学会緊急提言から拾います

1 再び提言を行うに当たって(抜粋)

南北アメリカなどでは春以降の流行がそのまま第1波となりましたが、わが国ではこれからの流行が本格的な第1波です。

実際、本年8月以降、各種の基礎疾患を有する死亡例が見られ始め、若年層にも被害が出始めています。

本委員会は、本学会としての診療ガイドラインを策定すると共に、秋以降の本格的な流行に効果的に対処する基本的な考え方を再度提言したいと思います。

最も強調したいのは「可能な限り抗インフルエンザ薬を早期から投与すべきである」ことですが、前回の「緊急提言」と併せて全医療機関におけるS-OIV対策に活用されることを願います。

注:S-OIV=Swine-origin influenza virus

日本感染症学界ではSwine-origin influenza A(H1N1)

2 可能な限り抗インフルエンザ薬を早期から投与すべきである

200956月の関西地区の流行後、夏にかけて一時的に発生数が一段落したこともあってわが国ではS-OIVを楽観視するような論調も見られました。

すなわち、S-OIVは「弱毒」性であって通常の季節性インフルエンザと変わらないので厳重な対応策は緩めてもよい、という意見です。

しかし、S-OIV H1N1が「弱毒株」というのはウイルス学的にも誤りです。「弱毒」や「強毒」というのは鳥インフルエンザに関してのウイルス学の用語です。鳥のインフルエンザの赤血球凝集素(hemagglutininHA)には、抗原亜型がH1からH16まであり、そのうち、H5H7亜型の一部のウイルスで、遺伝子内部に特徴的な配列を持つものが「強毒株」であって、それらに感染したニワトリはほとんどが死亡します。

一方、その他は「弱毒株」です。しかし、ヒトのインフルエンザウイルスにはH1からH3までの3亜型が知られているだけで、ウイルス学的に「強毒株」とか「弱毒株」という区別はありません。

わが国のマスメディアでは、臨床的にvirulence(病原性)が弱い、臨床的に軽いという意味で「弱毒」と言う言葉を使っているようですが、その使い方自体が誤りであるだけでなく、S-OIVの重症度は以下に示すように少なくともmoderate(中等度)であり、季節性と同じようなmild(軽度)なものではありません

近い過去に人類が経験した(当時の)新型インフルエンザであるいわゆるアジアかぜや香港かぜの出現当時と同じようなレベルの重症度であると考えなければなりません。

本年8月以降、わが国でも各種の基礎疾患を有する感染例に死亡が見られ始め、若年層にも被害が出始めていますが、従来の季節性インフルエンザは高齢者を中心にして0.1%前後の致死率であるのに対し、今回のS-OIV本来健康な若年者が中心でありながらWHOの発表5)では未だに1%近い致死率を示しています。メキシコや米国、最近では南米などの被害が大きく、1%をはるかに超える致死率が報告されている国もあります。このことからも、S-OIVは決して軽症とは言えません

しかも、前回の緊急提言でも述べたように本年の秋以降には大規模な発生が起こり、12年で全国民の50%以上が感染することも予想されているのです。「弱毒」と侮ることなく、万全の対処を準備しなければなりません。

3 日本で新型インフルエンザの死亡例が少ないのには理由があります

今回のS-OIVによる死亡率には各国間で大きな差が見られます。

わが国では患者数が増加しても致死率は極めて低いレベルにあります。

ところが他の国々からは大きな数字が報告されており5)、欧州疾病対策センター6)も今回の実際の致死率を0.10.2%、WHO0.10.5%と見込んでいます。

これらの数字はわが国のものから見れば極めて大きな数字です。

なぜこのように大きな差があるのでしょうか?後の項でも述べますが、

被害の大きな国々では患者の多くが発症後1週間前後に初めて医療機関を受診しており、その前には治療を全く受けていないこと

重症例や死亡例の多くが発症後4~5日目に呼吸不全を呈していること

ウイルス性肺炎の重症化だけでなく細菌性肺炎の重症化も見られることなど診断と治療開始の遅れが見られます

一方、わが国の神戸や大阪からの報告では発症者の殆どが2~3日以内に医療機関を受診しており、ほぼ全例で直ちに抗インフルエンザ薬による効果的な治療が行われています7,8)。

南米においても致死率の低いチリ5)ではわが国に近い対応が取られ、致死率が高いアルゼンチンやブラジル5)ではそのような対応が殆ど取られていなかったとも言われています。

他の感染症と同様に今回のS-OIVでも早期受診、早期診断、早期治療開始が重要であり、「軽症」であると見做して受診が遅れるようなことのないようにしなければなりませんし、受診制限などは行うべきではありません。

全ての医療機関が新型インフルエンザに効果的に対応することが必要です。

>可能な限り抗インフルエンザ薬を早期から投与すべきである

S-OIVの重症度は以下に示すように少なくともmoderate(中等度)であり、季節性と同じようなmild(軽度)なものではありません

>本来健康な若年者が中心でありながらWHOの発表5)では未だに1%近い致死率を示しています

S-OIVは決して軽症とは言えません

>日本で新型インフルエンザの死亡例が少ないのには理由があります

>被害の大きな国々では患者の多くが発症後1週間前後に初めて医療機関を受診しており、その前には治療を全く受けていないこと

>重症例や死亡例の多くが発症後4~5日目に呼吸不全を呈していること

>診断と治療開始の遅れが見られます

>わが国の報告では発症者の殆どが2~3日以内に医療機関を受診しており、ほぼ全例で直ちに抗インフルエンザ薬による効果的な治療が行われています

>早期受診、早期診断、早期治療開始が重要

耐性株が発現するリスクと致死率が上昇するリスク

どちらを優先するかの判断が、国により異なる

CDCは健康な人であれば4日も家で寝ていれば治癒するとして、耐性株の発現のリスクが高まることを懸念している

やはり、早期受診、早期診断、早期治療開始が重要であることを、もっと国民に周知する必要があるぞ

続きます