妙な「趣味」の押し付けは勘弁してほしい | まるおの雑記帳  - 加藤薫(日本語・日本文化論)のブログ -

妙な「趣味」の押し付けは勘弁してほしい

(某ブログを読んでの反応です(笑)。熱くなっていますが、ご容赦の程を。)

世の中には必要な「拘束」もある。
例えば、手術の時の拘束は、時に必要である。
それがなければ、命が危険に晒されるわけだから。
また、人を殺してはならない等の法的な拘束も、必要な拘束である。
法的な拘束があればこそ、我々は安心して社会生活を送ることができる。
しかし、そのような必要性がない限り、ふつう「拘束」されるのを嫌がるものだ。

ところが、中には必要もないのに「拘束」されたがる人がいる。本人がどのような「趣味」を持つのかは、ご本人の趣味の問題だからとやかく言うつもりはないが、その妙な価値観を他人に押し付けるのは、勘弁してほしい。

PTAの役職を受けるのは、子どもがクラスの中で係りを引き受けるのと同じように、一種の義務と考えるべきだと言う人がいる。
しかし、子ども達が教員の指導の下で、様々な係りをするのは、「学習指導要領」(法令に準ずるもの)に基づいた立派な「学習」(「特別活動」の中の「学級活動」)なのだ。それは、法的な裏打ち(「学校教育法」)の下、有資格者(先生)のコントロールによって行われている「義務教育」なのであり、つまり「必要な拘束」と言える。
そのようなものと、法的な裏付けの皆無のPTA活動とをいっしょくたにされては困るのだ。
PTAは、意義を感じた人が任意で参加する、一社会教育団体に過ぎない。
だからこそ、教育委員会は基本的にはPTAの振る舞いに責任を負わないのだ。
(もしも、PTA活動が義務教育に準ずるものだと言うなら、教育委員会にはしっかりと指導・監督の責任を負ってもらわなくてはならなくなる。その節は、個人情報の扱いや入会に際しての説明責任等、びしびし追及させてもらいますね(笑)。)

私は、不要な「拘束」などご免蒙る。
PTAへの参加は、あくまでも自由意志によりなされるべきである。
PTAを「義務教育」と同列に論じるなど、論理の飛躍もはなはだしいと言わざるをえない…。

なお、『学習指導要領』「特別活動」については、↓を参照。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301b/990301k.htm