第三十二話 「人が一人で生きるように出来ていない理由」


少女が指差した空には無数の黒い軍用ヘリが飛び交っていた


「何している詩織、お前の出番だぞ」


「え?」


「惚けている暇はない、直ぐに取り掛かれ、私が指示をする通りにな」


詩織はまるが一体何を言っているのか理解出来なかった


まるは頭をかいてイライラを表現した


「お前は一体黒子に何を学んだんだ」


その言葉で始めて、黒い軍用ヘリの遠隔操作の元を辿りハッキングして


それを乗っ取る事だと理解した


「うん、やってみるよ」


詩織は無数に空で蠢いては攻撃してくる黒い機体のICに潜入すると


その仕組みを感じ取りそこから機体を操縦している場所まで辿り着いた


そのまま操縦方法を一瞬で理解すると今度は、


そのコンピューターを乗っ取り


そのまま、メインコンピューターをも浸食した


これは、敵のアジトを占拠したのと同じ事になる


更に操縦方法を身につけた詩織は、


黒い機体のミサイル投下は中断しそのまま待機状態にした


事態の理由をまるで理解出来ず、流石のフィールも困惑した


「何者かのハッキングによって、メインコンピューターを乗っ取られました、制御不能です」


配下の一人が叫ぶと突然フィールが大笑いした


「面白い、面白いぞ」


狂気の世界の住人であるフィールにとって強敵の出現ほど楽しい事は無い


そして一瞬にして鋭い眼光を見せると


「もう少し楽しみたかったが、残念だ」


そう言うと、別ルートの黒いヘリに仕込んだ起爆装置のスイッチを手に取った


万が一男が2㎞を超えて、グパザルーンのモンスター達が牙をむいたとき


一網打尽にするための彼の計略の一つだった


フィールは何の躊躇いも無くスイッチを押した


ところが、爆発は起きなかった


その理由を語る為に時系列を少しだけ戻すと


詩織が機体を制御すると直ぐに


炎上する船より遥か西の方から、モールス信号のような光が点滅した


研ぎ澄まされたまるの感覚はその光の変化を見逃さない


「詩織、カラスを皆が乗っていた船へ集めろ」


詩織はそのまま、黒い機体を特効状態で船にぶつけていく


すると船が自爆して、同時に辺りを一瞬して凍り付かせた


集まった黒いヘリの全てがその氷に飲み込まれるカタチで閉じ込められていく


程なく、黒子がずぶ濡れのすすだらけでやって来た


「液体窒素を利用した爆弾を自爆させたね」


「なんだ黒子、真っ黒じゃ無いか」


まるがそう言って大笑いすると、黒子はムッとして腕を組んだ


「やられっぱなしが趣味で無いのは、まるの専売特許ではないね」


液体窒素を利用した超圧縮爆弾については


男の相棒であるテレポーターと密かにコンタクトをとりつつ


黒い軍用ヘリが現れる前に相手から渡されたもので


その爆弾に起爆装置を仕込んでから船で逃げようとした所に


黒いヘリが現れ攻撃されたのだが


すでに船に乗り込んで寸前の所で助かったらしい


そんなことを黒子が得意げに説明していると


比美香が突然黒子を抱きしめた


「よく生きていたわ」


「ちょっと離しなさい、気持ち悪いっっ」


「少しは我慢しなさい、心配かけた罰なのだから」


比美香の涙に気がついた黒子は観念したが


「まる~こいつ、マジウザい、何とかしろ」


愛情というものを知らずに育った黒子には


比美香の心は届かない


「コイツは、こんな恥ずかしい事を平気でする変人だ、諦めろ」


「何ですってっっまるのクセに人を変人呼ばわりするなんて、自分の事をもっと理解する事ね」


扇子を振り回しながら、まるに言ったお陰で


黒子は愛情という呪縛から解放された


少しでも愛情を感じたことがある人であれば


心を動かせる可能性もあったかも知れない


しかし、愛情も無く育ったものには、体験が無いので


その気持ちの受容体が芽生えないままだ


世の中には黒子のように本当の愛情に対する受容体を


育てる機会を無くした子も存在する


拒絶しているのではない、感受性が認識出来ないのである


そんな子が受容体を芽生えさせるには相当の年数がかかるだろう


しかしDNAに組み込まれた種は誰でも保有しているので


年数はかかるが、受容体を芽生えさせる事は理論上は可能だと思われる


けれど、今の黒子にはまだ、何も感じない


恐らく、


どんなカタチにせよその受容体を持っている者には理解出来ない感覚だから、


今の比美香には黒子の感覚は理解出来ない筈である


「そんな事より、急いであのキラキラクジラに乗り込むぞ」


敵のへりを撃退する事で一安心しているみんなとは違い


まるが珍しく焦っている様子だった


「まるは何を焦っているの?」


詩織が言うと


「もし、私がカラスの所有者なら、こんままでは終わらない」


まるがそう答えると同時に地響きが唸ると地震が起こった


「やっぱりな」


まるが言いながら指差した方へみんなが目を向けると


地震では無く、爆発だと認識出来た


島の中央の山がまるで噴火したように火を噴いて黒煙が舞い上がっている


海猫深は気を失っているから大人しいけれど


もし彼女が目を覚ませば大はしゃぎになるだろう


彼女のように天才的な芸術家は得てして状況より刺激を優先してしまう


目の前で噴火している山のスケッチをするだろう


そんな時の彼女は、自分の命すら念頭にないのだ


だからこその天才だとも言えるが、


今彼女が気を失っているのは幸いだった


ヘタをすると爆発している方へ走って行ってしまうに違いないから


タイミングが最悪の状態で、男が戻ってきている


いや、男が戻ってくるタイミングに合わせて


敵はあらかじめこの島に仕込んだ爆弾の起爆スイッチを押したのだ


しかも、一発で島ごと吹き飛ばす威力の爆弾では無く


敢えて脆弱なものを使用している


「恐らく敵は、享楽主義者で、人が滅んでいく姿を楽しむ趣味がありそうだな」


まるはぞくっとくるような事を平気で言うと


皆が潜水艦に乗り込む指示をした


特異体質が戻って来た事によってテレポートで潜水艦に乗り込む事が出来ない


また地響きと共に地震が起こった、2回目の爆発だ


「私が奴なら、一気にこの島を吹き飛ばす、緩い奴だ」


詩織はまた、ぞくっとして、不安に駆られた


まるが一歩、狂気の世界に近づいて行く、そんな感覚に襲われたのだ


狂気は連鎖するのだろうか


或いは、同じように狂気を抱えて生きている者同士が近づけば


お互い共鳴して、更に深い狂気の世界へと引き込まれて行くのかもしれない


まるは男をちらりと見ると


「お前が最後でも意味は無いぞ、それはただ気が済む程度のものだ、気にせず先に乗り込んで、あのクジラが出来うるだけ被害が少ない段取りを組んでくれ」


男は最初驚きの顔をみせたが、納得した様子で


先にガザット大佐を抱えて乗り込んで行った


三度目の爆発が起こった


いよいよ猶予が無い


例えばこの潜水艦が未来から来た戦艦であったとしても


島の爆発に耐えられる筈は無いと判断したのだろう


男が黙ってまるの指示に従った事によって


その判断は正しい事が証明された


比美香と黒子、二人が海猫深を抱えて乗り込むと、また爆発が起こる


爆発の頻度は確実に縮まってきている


まるは矢部の前に立った


「俺はお前が嫌いだ」


「それで、乗り込むのか、それとも拒否するのか」


まるはとても冷たく言った


「嫌いだからって命を捨てる気は無い、だけど今回の事は恩に着ないからな」


「そんなものはいらん、とっとと乗り込みやがれ」


詩織はとても悲しい気持ちになった


矢部の周りに黒いオーラがしきりにまるへの敵意として火花を散らしている


まるは嫌われる事に頓着していないようだが


繊細な詩織は、それが辛かった


「お前は筋金入りの泣き虫だな」


詩織はまた、ハラハラと涙がこぼれ落ちている自分に気がつかされた


いつまでたっても、泣き虫だけは治らないのかもしれない


次に岩陰で座ったままの柿崎の前に立った


彼の横には府川が座っている


「お前はどうする」


しかし柿崎は目を背けたまま、まるの問いかけに答えようとはしない


「詩織、こいつの心と私を繋げろ」


「でも・・・」


詩織は「柿崎くんの意思を無視してそれは出来ない」と断った


「心配などいらない、コイツはこの島とともに消えるつもりだ、生きる意志のない奴の意思など気にするな」


挑発的なまるの言葉にも、まるで無反応の柿崎を見て詩織は


まると彼の心を繋げてみる


その時また爆発が起こったが四人は動じる事無くそこにいた


島は確実に壊れてきている、タイムリミットは更に短くなった


けれど、今の柿崎は恐らく潜水艦には乗り込まないだろう


そんな柿崎を置いて府川が自分だけ潜水艦に乗り込むなんて考えられない


たったひとりでも、失えば


比美香との約束を違える事になる


何より、比美香は自分の責任だと生涯自責の念で苦しむ事になる


まるは、比美香の厄介な性格が疎ましいとさえ思ったが


だからこそ、彼女らしいのだと自分を納得させながら


詩織に導かれるまま、柿崎の心を受け止めた


詩織の能力はすさまじく、一瞬にして互いの記憶や思いを共有した


人間の精神は複雑で専門家でも難しい事である


もちろん、まるの記憶はある程度封印した


今の柿崎には耐えられないだろうと彼が配慮したのだ


みるみる柿崎の生い立ちも、その辛い気持ちも全てが流れ込んで来て


彼の今の心の状態を感じ取ったまるは


「お前はとんだ勘違いをしている」


そういった


「勘違いっっ」


始めて柿崎がまるの言葉に反応した


「お前の親父は決して弱くないぞ、大したものだ」


「何を言っている、父ちゃんは心の病気に勝てなかった、母ちゃんだってそうだ」


「お前は本気でそう思っているのかっお前の両親を負け犬扱いする奴は、病気で亡くなった全ての人を負け犬扱いしてい事と同じだ」


人は今まで考えも及ばない価値観に触れたとき思考停止してしまう


それはほんの一瞬の事かもしれない


柿崎は一瞬頭が真っ白になった


「心の病は目には見えないし、病症はあるけれど、他の病気とは違い進行状況が判らないから、どんな過酷な戦いをしているのか見えてこない、もし目に見えて痩せこけ、今までのそいつとは認識出来ない変化があれば判るかもしれないが、しかし、明らかに命に関わる病気なのだ、残念な事に病に勝てなかったようだが、おまえの親父は一度でも弱音を吐いて諦めようとした事があるか?」


柿崎は首を横に振った


「だったら逃げたことにはならない、だれがその人の苦しみを感じ取り理解してあげられるだろう、それは家族でも無理だ、そしてその家族の苦しみも誰にも理解出来ない、悔しい事だが、お前の母親も心の病気を発症してしまったんだ、しかも誰もそれに気がつかなかったから、かなりの速度で進行して遂に病気に飲み込まれてしまった」


母ちゃんは逃げたのでは無かったのか


「誰にも気付かれず苦しみに耐え続けて来たんだぞ、心が壊れるまで、そんな奴が弱いと誰が言える、お前だけでも認めてやれ」


母ちゃんの心が壊れたから、俺が気がついてやれなかったから


「負け犬呼ばわりなんてするんじゃないっ世の中の全ての人間がお前の両親を負け犬と蔑んでも、私だけは頑張ったと認めるぞ、子供であるお前が認めてやらなくてどうするんだ」


もし母ちゃんの心に気がついてあげていれば、或いは病気に負けなかったかもしれない


柿崎は今までとは違う価値観に刺激されながら


今まで見えなかった両親の違う側面を垣間見られた


まるは柿崎に手を差し伸べながら


「強さ弱さなんてものは、一面だけを見て判断出来る代物では無い、お前だって強いところがあるし、弱い一面も持ち合わせている、ただその弱さだけを見ていては、お前らしさを生き生きとして発揮できない」


まるの手を見つめながら未だに彼が戸惑っているので


「私はある局面では心が強いと自負して止まないが、弱さも持っているそれを認め、受け止めずして、強くなれるはずは無いんだ、一度は心が壊れてしまったからな、運良く這い上がる事が出来たが、その弱さがあるからこそ、私は強くなれた」


柿崎にはまるの言っている意味をハッキリと理解出来ないけど


ただ、この強いまるですら、一度は心が壊れた時期が合った


その驚愕の事実に柿崎は逆に勇気を与えられた


人には強さと弱さの両面があり


それは人によって違うのだ


だからこそ、お互い自分の強さで相手の弱さをカバーできるし


弱さがある事が悪い事でもなくなる


それはそのまま


人は一人で生きていく様には出来ていない事の証明にもなる


それぞれの強さも


それぞれの弱さも


人間であるごく自然な姿であるとしたなら


人間は弱い生き物であるという自分の生き方も


人は何処までも強くなれるというまるの生き方も間違いでは無いんだ


まるという強靱な精神の持ち主の存在も


彼女の中にも弱さが存在する限り


彼女を認める事は、自分の生き方を否定する事にはならない


詩織によって、柿崎の気持ちの変化を感じ取ったまるは


「お前はお前でいいんだ、そのまま自分の生き方を貫きやがれ」


その言葉で生きる力がみなぎるのを感じる


柿崎は手を伸ばしでまるの手を握りしめた


大嫌いな彼女の手は暖かく感じられた


「それでも俺はお前が嫌いだ、好きになれない」


「望むところだ、好き嫌いなんてものは好みでしか無いからな」


そういうと柿崎を潜水艦へと導いた


次に府川に手を伸ばす


彼がその手を握りしめたとき


「ありがとう、俺はお前が嫌いでは無い、でもあいつの方が大切なんだ」


「そうか」


まるはまるで気にとめていないように府川の手を取り潜水艦に導いた


途端に次の爆発が起こる


まるは、二人が潜水艦に乗り込むのを確認すると


そのまま気を失った


彼女があまりにも元気なように見えたから


詩織すらその事を忘れていたが


彼女は、ガザット大佐同様に満身創痍だったのだ


気力だけでここまで頑張っていたのを


今更ながらに思い知らされた


詩織はまるを抱きとめると


涙が止まらなくなった


こんなになるまで、よくも気を失わないで・・・


泣いている場合では無い


爆発のスピードはどんどん加速していく


なんとしても潜水艦まで辿り着かなければならない


ところが


そんな詩織とまるは


次の爆発で吹き飛ばされてしまった



つづく



第三十一話 「向き合う必要性」



はじめから読む


もっとはじめから読む



***************************************************************


良い所でつづくってあまり好きでは無いのですが


時間的なものもありまして


ここで切らせて頂きました(--。。


もちろん、日を改めて書けばよいのですが


私は基本的に


真剣勝負書きをしているのです(ΦωΦ)


後で多少の間違いは修正しますが


基本的に一気書きでないと書けないΣ(@@。。。


才能のある人は


何回かに分けても問題無く書けるのでしょうけれど


私の場合一気に書かないと


上手くまとまらなくなります(゚ω゚;A)


構成力が皆無なのですよヽ(;´ω`)ノあせる


出来るだけ早めに書きますね


まる☆


ペタしてね