第二十五話 「封印された力」



暗い空間に私は飛ばされた気がする


一体何が起きたのか判らないけれど


上も下も右も左も判らない


ただ浮かんでいる感覚があるだけ


ここは一体何処なんだ?


私は体が浮かんでいて自由が利かないので


目だけを動かせて状況を把握しようと努めたけれど


見えない


位置と言う感覚が消えうせるような浮遊感だ


体をなくしたとはこのことなのだろうか?


いや、体の感覚はある


体の感覚というより、これは概念かもしれない


私はどうなってしまったのだろう?


(まるはいつまで、そうしてるんだ?)


それは言葉だ


言葉というには響きを感じない


イメージのようなものが私の体の概念から浮かんでくる


「お前は一体何ものだ?」


私は言葉で話しかけてみた


「まるにはまだ無理のようだね」


今度は言葉として私に伝わってきた


その声はとても懐かしい響きだ


途端にポロポロと涙がこぼれて落ちて来た


「零の兄貴か?」


「やっと思い出したか」


忘れるものかその声だけは


兄弟の中で最も優れていた零の兄貴は


私を庇って消えていった


天才と呼ばれたけれど


本当はバカな奴だった


畜生、私のプライドをズタズタにしやがって


親父が最も期待した男の最期は


きっと生涯忘れる事は出来ない


「兄は何を考えているか判らない男だけれど、まるお前をどうしようとしているか今になって解かった気がする」


「何を言っているのか判らないが、私のプライドをズタズタにしやがって、許さないぞ」


「今からお前の最大の特性である才能を封印する」


零の兄貴は懇親の力を振り絞って私のもっとも得意とする直感力を封印した


「お前が生残る為には、最早直感力に頼ることは出来ない、しかし兄が今までお前を鍛えぬいたお前が最も苦手とする直観力は生きている、これを磨いて生き抜け、この封印は時が来れば自然に解けて行く、その時はきっと・・お前は僕を越えるだろう、その時はどうか僕に変わって親父の野望を打ち砕いてくれ」


深い深い憎しみが心の中で燃え滾っていた


零の兄貴の命を絶った親父に対してではない


私を庇いやがった零の兄貴に対しての怒りだ


これでは、この男の願いを聞き入れないわけには行かない


私には親父の野望どころか親父にすら興味は無かった


そんなものに縛られて生きる事が苦痛でならなかったから


しかし自由に生きるためには


結局親父を倒すしかないのだと思い知った


零の兄貴の血で真っ赤に染まった世界を垣間見て


この赤こそ私の色だと認識した


燃え上がる炎こそ私の全てだ


この炎はやがて私自身をも燃やしきり


跡形も無く消えてしまうだろう


「お前に対する怒りはまだ心の中で燃え滾っているぞ」


すると零の兄貴の笑い声が私の心に響いた


「お前は全然変わってないな」


「そうだ、今こそ封印を解け」


零の兄貴は首を横に振った


解かっているさ、いつもどんな時でも


奴が出した結論こそ正解で


私のはいつも別解答でしかない


お前はいつも正論の中で生きていろ


私はその外側で生き抜いてやる


「お前が私の最も得意とする力を封印したお陰で、私がどれだけ血の滲む努力を強いられてきたか理解できるか」



また兄貴の笑い声が響いてきた


兄貴はあれから歳をとっていない


あのときのままの屈託の無い笑い声は懐かしかった


私が最も慕った兄貴


そして最も憎んでいる兄貴は


自分の命と引き換えに


私の命を救う事で


私を縛り付けやがった


こんな狡賢い奴は未だに出会ったことが無い


愛おしいのか憎いのか未だに判らない


再会出来て嬉しいのか


忘れられない屈辱で心が燃え尽きそうなのか


零の兄貴に対する思いは言葉では表現出来ないのだ


「お前の封印はお前が思っているようなものではない、今封印を解いたところで超人になってあの男を倒すなんて事はないからね」


「なんだとぉ~今あの当時の感覚が戻ってきたら確実にあいつを倒すことができるはずだ」


しかし兄は首を横に振る


「まだ早い、今封印を解けば、お前の鍛え抜かれた直観力は、お前本来の直感力と相殺されて、お前は誰よりも弱くなってしまう」


私は考えてみた


確かに私は今まで本来もっとも苦手な分野を鍛え抜いて


まるでそれが私の得意分野のようになっている


この状態でそれと真逆の分野を復活させれば


燃え上がる炎に水をかけるようなものだという答えに辿り着いた


あの大佐ヤローとの勝負は既についている


奴が能力を使った時点で奴の負けだ


「まるはまだ勝ち負けに捉われているのか」


「私にはそれが全てだ」


「勝負に勝った所で、友達を助けられなければそれが何になる」


零の兄貴の正論がまた始まりやがった


そうして私は当時のように


勝負に勝つ事と、クラスメート達を逃がす事を


イコールに出来る道を探す事になる


しかし今回ばかりは


その道が見つからない


「大丈夫だよ、まる、そしてお前は知らなければならない」


零の兄貴は当時のままの姿で


私への愛情を隠すことすらしない笑顔を向けながら


「今のお前は一人ではないという事を」


私はずっと一人で生きて行こうと決めている


今更誰も頼らない


ただ自分の力のみを頼りとして戦い抜く


例えここで命を落とす事になったとしても


誰の力も頼るものか


「それが、まるの最大の弱点だ」


人に頼らない事が弱点になるとは一体どういう事なんだ


「お前は兄弟の中で最も、親父に似ているからな」


ムカツク事をズケズケと言いやがる


確かに親父は誰にも頼らない


それどころか誰一人信用しない


自分の子供ですら平気で倒してしまうのだから


そんな男と一緒にされたのでは堪ったものではない


しかし、それを否定できるものを私は何一つ見つけられないのも事実だ


「しっかりとその目で見てみるがいい、もうお前は一人ではないんだよ」


兄貴の正論は私の心を掴んで離さない


「うるさいっ私は自分だけを頼りとして生き抜いてやると決めているんだ」


するとまた、兄貴の笑い声が響いた


「よく考えてみろ、お前は今回何の為に動いている?自分の為か?」


今回の目的だと?


「雨を止めてやりたいだけだ、あいつは平然とした態度で生きてしまうけれど、心が今にも崩れそうなんだ・・・・」


そこまで言って私は気がついてしまった


今までは単純明快に生きてきた


自分が全てだったのだから


だけど


あいつと出逢ってから


自分の心が変化してしまい


あいつの心に降り続けている雨を止めて晴らしてやりたいと思うようになった


「そうだ、お前は出会ってしまったんだよ、自分以外で大切に思う相手と」


悔しいが兄の正論はいつも正解だ


「お前が助けようとしている彼女以外にもいるぞ、黒い子や特別な力を持っている白い子、そして虹色に変化するお前の似顔絵を書いた子も」


兄貴の正論は続いた


「きっとこれからも増えていくだろう、お前はどんなに願っても一人では生きて行けない事になるだろう」


私はその正解を考察してみようとした


「だけど、それはお前が弱くなる事では決してないからね、それはきっと僕達兄弟たちが誰一人出来なかった事なんだ」


それはきっと、親父が決して出来ない事でもあるのだろう


「お前だけがその素質を持って生まれてきている、こんな希望があるだろうか、お前だけが親父の野望を打ち砕くことの出来る道に辿り着ける」


時々兄貴の言葉の意味を見失う


「親父が劣性だと判断し、兄弟の中で最も弱かったお前が、親父の野望を打ち砕く最強の存在になるのだから、こんな愉快な事は無いだろう」


兄貴達の願いに縛り付けられた私の身にもなりやがれ


私はただ自由に行きたいだけだ


気の向くまま風の向くまま一人で歩いて生きたいだけなのに


突然兄貴は人差し指を一つの方向へ向けた


その指先の示す先に見えたのは詩織だった


「この白い子はお前の為に命すら惜しまない」


詩織は、見知らぬ男に銃を突きつけられていた


その人差し指はゆっくりと違う方向へ移動した


その先に見えて来たのは


黒子と海猫深だ


最後にゆび指したのは比美香だった


「この子はお前が倒れてしまえば、生涯お前を死なせた自責の念を背負って生きるだろう、それがどんなに辛く苦しい事なのかは、お前が逆の立場ならと考えれば想像に難くないだろう」


兄貴の正論は私の心に突き刺さる


一体私にどうしろと言うんだ


私の出来るすべての事はやり尽くした


これ以上私に何が出来るというのだ


「だから、お前はもう一人ではないんだと、そう言った」


兄貴はあの時と変わらない眼差しを私に向ける


涙が止まらない


「兄貴はそのまま正論の中で生きていろ、だけどな、私はその外側で生き抜いてやるから」


そうだよ


私は決して兄貴が示した方向へは歩いて行かない


それが正解だとしても


私は正解とは違う別解答の道を見つけ出して見せる


そうして、私は身体の概念に意識を集中させてみた


ふと振り返ると兄貴はニヤリと笑っている


しまったっ


奴が狡賢い人間である事を忘れていた


奴はきっと私が別解答の道へ歩いて行く事を見越して


心理誘導をしやがったんだ


しかし今更気がついても後の祭りだ、


私の本体は私の体へと吸い込まれていくような感覚になり


そのまま目を開けた


目の前のモンスターは左腕を負傷した状態で戸惑っている


チラリと、奴の仲間の遥か後方に目を向けると


詩織が銃を突きつけられながら私を見ている


そして、ヘリの音が聞こえる


見上げれば報道関係のヘリコプターが二機飛んでいた


黒子の奴め、海猫深を利用しやがったな


私は自分が最も苦手だった直観力を駆使して


今の状況を把握した


あの左腕の負傷は詩織の仕業だと感じ取った


この局面をどう利用するかは


そう難しい事ではないけれど


私はそんな安易な道は歩いてやらない


「どうした負け犬、能力を使って私を倒すが良い」


「なんだと貴様っっ」


「お前は能力を使った時点で自分の負けを認めたんだよ」


ぐうの音も出ないだろう


「能力で私を倒すことは出来ても、お前は生きている限り、私に負けた負け犬である事は消すことは出来ないだろう、少なくともお前に誇りの欠片でもあればの話だがな」


「何処までも口の減らないガキだな」


こいつは凶悪なモンスターを心に飼っているが


同時に私と同じプライドの持ち方をしているのが感じ取れたから


「どうだ、再戦してその負けを取り戻そうとは思わないか」


「お前は俺を試しているのか?」


「私もこんな勝ち方では納得出来ないからな」


「面白い事を言う」


そうだ、こいつはもう一人の私なのだ


だから私の挑発に決して屈しない


そして必ず再戦を選択する


「私も相当なダメージを受けた、傷だらけのお前と対等な立場だと思わないか、駆け引き無しのタイマン勝負をやらかそうじゃないか」


実際、私のダメージは深刻で、翼を捥がれた鳥のような感じだ


「つまり、条件は同じ、肉弾戦という訳か」


やはり乗ってきやがった


恐らく奴は私には能力が通用しないと考えているだろうから


「成程、どうあっても俺に勝ちたいという事だな」


「私の目指す事は、完全なる勝利だ、それ以外いらない」


突然奴は大笑いをした


「お前、気に入った、例え俺が命を落とそうとも、お前に遺恨は残さない」


「それは私のセリフだ」


そうだ、私は感じていた


こいつは私と同類なのだと


だから、戦わずにはいられない


兄貴、狡賢いお前の企んだ別解答だとしても


今回はそれに乗ってやるよ


私は、皆と力を合わせるという正解の道を捨てて


みんなを信じるという別解答を歩き出す事にした


協力し合うのではなく、あくまでもそれぞれが独立独歩


自分の思いをぶつけ合うだけ


それぞれが思う最善を駆使する事で


結果的に、或いは偶発的に生じる競演こそ


活路を作り出す道なのだ



つづく


第二十四話 「奇異な能力者と、特異体質の男」


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いや~まるというキャラは


一筋縄ではいなかいようですΣ(@@;)


どうも、私の思う方向へは歩いてくれない(--。。


まったく困り果てましたが


それでも、やはり彼女らしい選択だったりしますね


お膳立てした計画は水泡に帰してしまいましたが・・・


逆に新しい道がきっと見えてくるかもです


今はまだ見えてきませんけれど


このまるというキャラは何かを見ている気がしますΣ(@@;)


こうなれば、このキャラが思うまま


話を進めてみようと思いますヾ(@^(∞)^@)ノ


主人公によって、叩き壊された構成を見つめながら・・・・




まる☆



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