第二十話 「解かれた封印」


ほんの少し心が開放されたような感覚が


今まで封印し続けてきた能力を使う度に感じてくる


詩織が今まで封印していた力は年々強くなっていて


それだけ相殺する力も必要になってくる


それがどれだけ詩織の負担になっているのか


自分自身すら認識出来ない


何故なら彼は、子供の頃から訓練し続け


自分の能力を封印し続けてきたのだから


それが日常の中の無意識のクセのように


暮らしてきたからなのだけれど


まる達を助けたい気持ちが


心に掛かっていた鍵を開けて


自分の能力を開放していく事で


今まで掛かってきた負担が少しずつ解けていく


それは、詩織本来の状態に近づいているのだけれど


物心つき始めた頃に悠里と出会い封印してきたのだから


今の詩織にとってそれは未知なる領域に足を踏み入れたように思える



詩織の意識はこの島全体を把握して行く


いや把握という感覚ではない


森に住んでいる生き物達の意識が流れ込んでくる感じだ


モンスターの仲間が二人いる事も感じ取れた


次第に詩織の意識の中に消失点が消えて行く


消失点のない世界は


まるで宇宙空間に放り込まれたように


上も下も右も左も把握できない


何処に重心を置けばよいのか判らないように


宇宙空間に浮かんでいる


そこで詩織は大地を意識した


土の中にいる微生物の感覚さえ感じ取れるほど鋭敏になっている能力を


少しずつ範囲を絞り込むことで


大地を意識する事が出来るようになった


この力は自分の意思で範囲を定める事が出来る


しかし初めからそうではなかった筈である


彼の相殺の封印が、


微細に能力をコントロールする技術になっているのかもしれない


また思考する力は、可能性というカタチで


能力の可能性を膨らませる事も


植物の記憶を共有する形で体験している


つまり、この能力には無限の可能性があるのだ


使い方次第では恐ろしい武器にもなるかも知れない


詩織には不思議な予感めいたものが可能性というカタチで浮かんでは


それを心の中にストックするクセがあった


封印された能力が時折可愛そうに思えたから


せめて可能性を探してあげたくなったのだけれど


しかし、その可能性は次々に実現して行った


詩織の可能性のストックは何年もかけて膨大なものになっている


もし、この可能性が全て実現可能であるとしたら


自分がバケモノになってしまうような気さえし始めた


人間は思い描けたものは必ず実現できる可能性を持っている


だからといって、その全てが必ず実現できるとは限らない


可能性はある、けれど実現できるか出来ないかは本人に依存するからだ


能力や才能をどれだけ持っていたとしても


それを発揮しなければ


ないものと変らない


或いは実現させない権利もその人物には許されている


思考の悪癖がその可能性を潰してしまう事もあるだろう


しかし、詩織は何処までも真っ直ぐで素直な心の持ち主なので


自分の思い描いた可能性を阻害する要素が少ない


実際、彼がその気になれば


その可能性は現実のものとなってしまうだろう


詩織は心の中に芽生えたある可能性を選択してみる


水面によって繋がっている世界を認識する範囲を少しずつ広めてみたら


水面の上には空が無数の星たちを輝かせていた


その下の世界には、プランクトンをはじめいくつもの生物が生きている


空の鳥と海の魚達の意識を受け止めながら


この島に向かって海上を移動するものを認識する事が出来た


そこまで範囲が広まると


その移動しているものの中に、まるたちの意識が流れ込んできた


まるたちは、確実にこの島に向かっている


敵と思われるモンスターたちも受け止めることができる


詩織は更に範囲を絞り込んで


その移動している船全体の意識を受け止める


そこで起こっている出来事をまるで一緒にいて体験しているように


モンスターたちの仲間割れや


まるの脱出計画まで感じ取って行く


途端に自分が恐くなってきた


船の距離まではまだ正確に測れないものの


おおよそ朝にはこの島に辿りつく事は予測が着いた


自分と同じテレバスである小次郎は


自分の事を特異体質の能力者と呼んでいたが


その言葉が次第に詩織の心に大きく響き始めた


また、泣きたくなるくらい、切ない寂しさが心を支配して行く


ボクはこの世の中で、たったひとりぼっち、


ボクを知る人はいるけれど、


ボクを理解できる人は一人もいない


ボクと同類だと思える人も一人もいない


そんな思いが重い塊となって圧し掛かってくる


詩織は首を横に強く振ると


悠里がいる


それに、まるはそんな自分を


普通の人間として扱ってくれた


ただ特別な力をもっているだけ


彼女にとってこの能力はただの才能の一つでしかない


まると居れば自分が普通の人間なんだと思える


まるの賭けは危険すぎる


きっと成功するだろうけれど


まるが無傷ですむ筈はないのだ


相手は相当の修羅場をかいくぐって来た軍人であり


その道のプロだから


実際戦いは何があるか判らない


世の中には、とても素晴らしい頭脳を持ちながら


最初から諦めて何事も挑戦しない人がいるけれど


まるは決してそのタイプの人間ではない


可能性があると判断すれば


何のためらいもなく実行していく


実際に何かを挑戦すれば必ずといって良いほどハプニングが起こる


予想外の事態なんてものは


実は簡単に起こってしまう事を熟知するようになる


つまり、何事も、やってみなければ判らない


ハプニングが当然の事だと認識出来れば


それに対応していかなければならなくなる


こうして人はハプニングに立ち向かう強さ手に入れる事で


心で思い描いたものを実現する事のできる力を持つ事になる


ボクは夜空の星に手を伸ばしてみた


まるの手の中にはそうして手に入れてきた可能性が


この星の数程あるかもしれない


ハプニングとは或いは神様が与えてくれる糧なのかもしれない


何故ならハプニングを解決すべくたち向かって行くと


物事の本質に向き合う事になってしまうからだ


何故このような事態になったのか


それは一つの偶然が生んだ現象ではなく


原因が自分の中に存在する事が多いからだ


こうして、ハプニングを乗り越える度に


物事の本質に近づいていっている


ただ、それを解き明かして解決していく過程で


無傷と言うわけにはいかないようだ


その代償の大きさはまちまちだけれど


少なくとも傷は残って行く


だからきっと、彼女は傷だらけなのだ


可能性があるなら歩くことを止めないのだからその数だけ


ハプニングは容赦なく彼女に襲い掛かり


きっとまるはそれすらねじ伏せて来たに違いないけれど


無傷できたわけではない


それは痛いほど伝わってくる


特に今回の相手は、いままでと比べ物にならないくらい


真っ黒いオーラに包まれている


まるは無傷ですむ筈はないのだ


詩織は自分の能力で、そんなまるをどうサポートすれば良いのか途方にくれた


どうして彼女は、最も危険なほうへいつも向かって行くのだろう?


可能性は低くなっても


もっと違う方法もあるはずなのに


最も効果と可能性が高い道を選択して揺ぎ無い


しかし、可能性が大きければ大きいほどリスクも大きくなる


まるはきっと、そんなリスクを知った上でその道を歩き出す


或いは、そうしなければ生き抜いて来られなかった


過酷な人生を歩んでいるのかもしれない


安易な道を選択すれば淘汰されてしまうような


ボクも安易な可能性を選択するのは止めよう


次第に詩織はある可能性を見つけ出した


この可能性が実現できればきっと・・・


その時カチッという音が頭の直ぐ後ろに聞こえた


「動いてはダメだよ」


男の声だ


「私の質問にだけ答えてくれ」


気がつかなかった?


あり得ない事だ


この島のあらゆる生き物の心は全て感じている


詩織は意識を後ろの男に集中させたが


一向に心が読めない


「どうやら能力者のようだけれど、私に能力は通用しない、確か特異体質と呼ばれているらしいが、下手に能力を使うとその力が歪んで君を傷つけてしまうかも知れない」


男の声はまるで冷静で荒げたところは少しも感じない


「話を戻そう、こんな人気のない所で一体何をしているんだ、お嬢さん」


「あの~ボクは男なんですけど・・・」


「あれ?そんなんだ、それは失礼した、まぁ~良いだろう、これからこの島にはあるイベントが起こる、その邪魔だけしないでくれれば、引き金を引くことはない」


「あなたは、あのモンスターたちの仲間なのですか?」


詩織は一番最悪の可能性を質問した


「モンスター?」


男は暫く考えてから、何かに気がついたのか


「君は何が起こるか知っているようだ、心配する必要はない、私は君が言うそのモンスターたちの天敵と呼べる存在になるだろう」


或いは、このイレギュラーが、まるの救いとなるかも知れない


「ボクの友達が、モンスターと戦う事になる、助けてくれますか?」


「残念だがその要望には答えられない、私はモンスターたちの天敵ではあるけれどその他の事には無関心だからね」


とても冷たい印象を覚えた


心が読めないけれどそれくらいは感じられる


「この島に向かっている船の中に私の仲間がいるのだが、或いは彼女は・・・」


そこまで言いかけて、その男は言葉を止めた


船の中の仲間?、一体誰の事をさしているのだろう


もしかすると仲間割れをしたモンスター一味の女兵士だろうか?


「今回の事は彼女がお膳立てをしてくれたんだ」


「一体誰なんですか?」


「ブラックチルドレンと呼ばれている」


「黒子が?」


詩織は巨大なハンマーで打たれたような衝撃を受けた


「知っているのか、いや知っていても不思議はないか・・・そうか」


男はまた何か思いついたように声のトーンを少し上げた


「君がブラックチルドレンが言っていた詩織くんだね」


彼の言葉はそのまま、黒子が今までの経緯の全ての情報を


この男に流していた事を証明している


黒子は初めから知っていたのだろうか


初めから、ボクたちを利用していたのだとしたら・・・


詩織は黒子との出来事を思い浮かべては


子供の頃に積み上げてきた積み木が一瞬にして崩れて


立ち尽くしてしまった時のように


ジワリジワリと深い悲しみが溢れてきた


裏切られた


それは


黒子という友人を一人失ってしまったような悲しみ


「おいおい、何を泣いているんだ?」


「黒子は最初から、こうなる事を?」


「質問ばかりだね、君は親に愛されて育ってきたと察しが着くよ」


男は鋭い眼光を放つとそれ以来何も言わなくなった


当然後ろ向きの詩織には見えないが


痛いほどの視線は感じた


そのあとの沈黙が


今まで幾度も味わって来た疎外感を感じさせられる


この人は自分とは違う世界で生きてきた


そうとう過酷な人生を歩いてきたのかもしれない


心は読めなくても、彼から放たれているオーラは感じる事ができる


そのオーラはとても黒子に似ていた


もし、まるを少しでも助けようとしたら


彼はなんの躊躇いもなく、引き金を引くだろう


このオーラは同時に、


まるがこれから戦おうとする相手と同類に違いないから


自分の能力すら無効にする


そんな存在が居るのだと、初めて認識できた


それはそのまま、


ここまで来て自分がまるのなんの力にもなれない事を意味する


詩織はまるが乗っている船の方向を見つめながら


自分の能力が通じない相手に銃口を向けられ


まるの手助けが出来なくなった事


そして黒子が自分達を利用していた事で


心が挫けそうになったけれど


こんな時まるなら決して諦めたりしないと思い返し


何かこの状況を打開できる方法はないか


探してみる決意をした


黒子はそれでも、


まるがどんな危険な事をしようとしているか知っている


それを知っていて黙ってみていられるのだろうか?


未明のもっとも暗い時間は過ぎ去り


辺りは青い空気に包まれ始めた


もう直ぐ船は、この島に辿り着く


ボクに探し出せるだろうか?


詩織は賢明にまるたちが助かる道を探していたが


無情にも朝日はあたりの景色の色合いを一変させていく



つづく



第十九話 「黒い風が吹く」


初めから読む


もっと初めから読む



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少し時系列を戻しました


っというか、忘れてましたΣ(@@。。


詩織を置き去りにして話が進んでいて


妹との再会を果たした彼が


それを棚上げして


今はまるの手助けをしようとするのですが


意外な人物が現れましたね∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


でもこのシーンは実は最初から浮かんでいたのです(--。。


黒子がブラックチルドレンと呼ばれるようになって


彼女にとっては大きな出会の人物なのですが・・・


黒子の気持はイマイチ私にも理解できない所があります


とても深く歪んでいる世界があるから


このダークな一面は主人公のまるにも共通していて


だから、まるは黒子のその生き方を認めているから


裏切りだとは感じていないのです


何をもって裏切りと言うのか


これもまた人によって違うと思いますが


少なくとも詩織にとっては


そのように映った気がしますΣ(@@;)


せっかくなので、


第三者的な表現で


詩織の気持ちを何処まで表現できるか


試してみました・・・


やっぱり難しいですね(--。。


次回は時系列を十九話に戻しますね


まるは果たして、目の前のモンスターを倒す事が出来るのだろうか?


黒い風が吹くの続きから書いてみますヾ(@^(∞)^@)ノ


今日続きが書けてよかったε=(。・д・。)



まる☆