こんにちは。
はい、今日もお話の続きです。すみません。
では。





どこかで会ったのだろうか?と静は思った。

源氏の戦勝祝いの席に呼ばれ、舞を舞ったときのことだ。
白拍子を宴席に呼ぶのは何も初めてではないだろうに、と思う。
何しろ相手は源氏の戦大将なのだから。

中央に座り、周りの者達と酒を酌み交わしていた義経が、舞い始めた静の顔を見てとても驚いた表情になったのだ。
ぽかんと口を開け、目だけは静の動きを追っていた。

その表情がなにやらかわいらしく思えて、静は心の中でくすりと笑った。

呼ばれた白拍子は、静だけではない。他にも静の姉分の桃香(とうか)、妹分の鹿野(かの)がいる。
共に楽にあわせて舞っている。
他の武者達は、彼女らを等分に眺め、品定めでもするような目線を送っている。

舞が終わると、姉分の桃香が総大将の義経の元へ勺(しゃく)をしに向かった。
鹿野は下手の武将達に勺をしている。
静は義経の目線に気付きながら、自分が勺をすべき武将の側へ向かった。

暫くはそれぞれの席で宴が続いた。しかし、酒が入るにつれ大きな声で騒ぐ者、相撲を始める者とさまざまな輪があちこちで作られた。

静はふと柔らかい視線を感じ、そちらへ目をやると、桃香が含み笑いをして手をこまねいていた。

「姉様」
呼ばれるままに桃香の元へ来ると、くすくす笑いながら「かなわぬわいな。源氏のおん大将は、静が気になって吾のことなど目にはいらぬ様子。変わってたもれ」と桃香に言われた。

見れば義経は横を向き、真っ赤な顔をした武将から注がれた酒を一気にあおっていた。
静は、そっとため息をつくと「あい」と返事をし、優雅な動作で桃香と交代した。


「義経さま」自分を呼ぶ声に振り向いた義経は、静の姿を見ると目を見開いた。

なぜ、こんなに驚くのだろう、と静は首をかしげた。

結構な量の酒を飲んでいるだろうに、義経の顔色はさして変わっていない。
じっと見つめられて、どこか居心地の悪さを静は感じた。

「ひ・・お・・」
義経の喉から、しゃがれた声が出た。


*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


その白拍子に初めて会ったとき、俺はとても驚いた顔をしていたに違いない。
相手が笑いをこらえているのが見て取れたからだ。

戦勝の宴。
長年の平氏追討が叶ったのだから、皆の気分も高揚している。
だから、当の白拍子以外は俺の呆けた表情に気づかなかったようだ。

宴にはべる白拍子は何人かいたが、その中の一人に目を奪われ、他のものには目が行かなかった。


なぜ日男がここにいるのか。しかも、白拍子の姿をして。

鞍馬で別れてから既に何年も経つ。
日男の顔をはっきりと覚えているかどうかすらおぼつかない。
だが、魔王尊での神がかった日男の姿は忘れようにも忘れられなかった。

初めて女の装いをして俺の前に出た日男は、まだ少女だったが彼女が成長すれば、今目の前で舞っている白拍子とそっくりな姿となるに違いないという、妙な勘があった。

鞍馬を出て何年かは自らのことに忙しく、日男との思い出に浸る時間などほとんどなかった。
その後源氏が決起し、平家追討の戦いに入ってからは更に忙しく・・・だが不思議な事に、戦が激しくなればなるほど日男が頻繁に思い出された。

鞍馬山を駆け巡り、剣術の真似事をして犬の子がじゃれるように共にいた日々。
そして、出奔前夜の神掛かった日男の姿と言葉。
『おのれの心の望みは何かをみつめよ。そなたを信じたるもののおもいに応えよ』
ともすればその言葉にしたがって、ここまで戦った来たのかもしれないと思う。

兄、頼朝の期待に応えるため。自分を大将と仰ぐものたちの期待に応えるため・・・。

物思いにふけりながら、注がれるままに酒を飲み干していた。
白拍子を眺めていたことすら忘れていた。

だからその白拍子がすぐ側に来ていたことも、名を呼ばれるまで気づかなかったのだ。
「義経さま」と。

謡うような声に振り向いたとき、日男に良く似た顔が目の前にあり、思わず凝視した。

「・・・ひ・・お・・」





その戦大将は、私を見つめたままつぶやいた。
ひお、と聞こえた。
だれかの名前だろうか?なぜ私を見てそんなに驚くのだろう?

ふと、心の隅に泡沫のように湧き上がるものがあった。
「ひ」と彼は言ったのだ。

『ひ』の族。「ひお」とは、ひの族の男のことだろうか?

だけど・・・と思った。

私の顔に驚いた戦大将。それは、この顔に覚えがあるからなのだろう。
思いつく限りでは、一度も会ったことはない。
心に浮かんだのは「もう一人の私」。
赤子の頃、母や私から引き離された双子の姉。

「ひ」としての力が強い女は、一族の巫女として育てられる。
姉がそれだった。一度も会ったことはないが、母から聞いていた。
双子ならば、そっくりでもあろう。

どこで姉と?ああ、でも彼は「ひお」と言った。姉が男のわけはない。

混乱を笑顔に隠しながら、私は義経様の杯に酒を注いだ。


「いや。すまぬ。人違いだったようだ。」
そっけなく言う義経に、静は食い下がった。

「どなたとお間違いなさったか、ぜひお聞かせくださいまし。吾と似ているお方がいらっしゃるのでございますか?」
手管に長けた白拍子の微笑みに、緊張がほどける。

酒の助けもあったのだろう。

程なく義経から、日男と過ごした鞍馬でのことを静は聞き出した。


「日男」は、姉に間違いないだろう。
確信などないが、心のどこかが納得している。

それに。
「日男」は、敢えて男の姿をしていたのではあるまい。
年端のいかぬ子供、まして族の男性と暮らしているのだ。着飾るに習慣などあるわけがない。

そんなことに疎い、この源氏の戦大将の青年。

姉と転げて遊んだ様子が窺えるようで、なにやら微笑ましい。


そして静は話を聞くうちに、義経の世慣れぬ様子、直情さに魅かれていく自分を感じた。白拍子と言う職業がら、今までに何人もの男たちと関わってきたが、この様な感情を持つのは初めてだった。我ながら不思議に思う。

双子とは、このような思いまで似るのであろうか。
多分、姉もこの義経と言う男に思いを寄せていたはずだ、と静は思った。

静は酒を注ぎながら、義経にそっと身体を寄せ、彼のぎょっとする様子に柔らかに笑んだ。