こんにちは、ツキコでっす。


今日もお話の続きです。拙いです・・・







かーん。こーん。という鋭い音が、真夜中の鞍馬山に響きわたる。

木々のざわめきと、まるで獣の雄たけびのような音を連れて。


寺を毎夜抜け出し、法眼と日男と剣を交わす。
これが遮那の日課だった。たいまつ一つを持って、暗闇に包まれた山を登る。やがて、眼は夜行性の獣なみに利くようになった。

足元もおぼつかない真っ暗な山道を辿ることで、体のバランスを取ることも自然と覚えた。

身体も頑強になり、それでいて身の軽さも並みの者では太刀打ち出来ない。


全て鞍馬の山と、鬼一法眼に教えられた。
今も、法眼と稽古と称して剣を交わしていた。



「なあ~、まだか~」間延びした声が緊張した空気に割って入った。

「・・・ここまでだ」法眼が、一気に緊張を解き、剣を降ろした。

遮那は持ってきた布で汗をぬぐい、日男の差し出した竹筒の水を飲んだ。
山の冷気が心地よい。

「最近の遮那は剣に明け暮れるばかりでつまらん」頬を膨らませて日男が文句を言った。
「かわいくない」そっぽを向く。

「・・・おまえ・・・かわいくないって・・・」まるで童子のような口をきく日男に遮那はあきれた。
「なんで剣にばかり夢中になるんだよ。たまにはオレと遊べよ」
「日男。遮那にはお前と違う目的があるんだ。邪魔をしてはいけない」むくれる日男に法眼が諭した。

「おじうえ・・・」迷い子のような目を法眼に向ける日男は、幼い頃のままに純粋だと、遮那は思う。
あの頃のままに過ごしていたなら、今の自分はどうなっていたのだろう。
おとなしく僧の身になっていたのだろうか。否と思う。

遅かれ早かれ、山を出奔し、おそらくは京の都で何か問題を起こしていただろう。
それほど、遮那にとって鞍馬での生活は耐え難かった。

法眼と、こうして山を駆け、剣を交わすから耐えていられる。
若い遮那には、寺での生活は退屈すぎた。変化のない日々に耐えられなかった。


けれどある日、遮那を密かに訪ねてきた僧から、自分の出自を教えられた。
源氏の大将の子であること。父の敵が平家の清盛であることを。

それ以来、遮那の山での稽古が様変わりをした。
それまでは、遊び半分であり、もてあますエネルギーの発散であったものが、真剣なものになった。

いつか山を降り、源氏の軍にはせ参じる。その目的は炎のごとく、遮那を突き動かした。

師たる鬼一法眼は、遮那の変化に気づいたようだが、何も言わなかった。
考えれば不思議な男である。
いつからか遮那に剣術と体術を教え、見返りも何も求めてこない。何のために、こんな子供と関わっているのか。
判らないが、師として頼り尊敬している。

また、法眼を「おじ」と呼び、いつも一緒にいる日男も謎であった。
縁戚だと言うが、他の者がたずねてきた形跡もない。
この鞍馬の山深くに、二人きりで暮らしていた。


「山を降りるのか?」
不意に法眼の声がした。
考えに没頭していた遮那は、はっとした。
「・・・はい。この春で私は17になります。寺からは正式な剃髪をするようにと・・・」
「そうか」法眼は静かな声だった。

「ならば、明日。もう一度魔王尊のイワクラまで来い。そこでお前と別れる儀式の真似事をしよう」

「ぎしき?」
「おじうえ!」遮那と日男の声が重なった。

「日男。わかるだろう。ここまでだ。」
法眼の言葉に、日男は目を見張り、幼い子がいやいやをするようなしぐさをした。

「遮那・・・・もうここへは帰ってこないの?・・・」
小さな声で日男は遮那に尋ねた。

本当に小さな子供のような日男の様子に戸惑いながら、遮那はきっぱりと言った。
「ああ。俺はもう鞍馬へは帰らない。兄達の元へ向かい、一族のために生きる」

「・・・一族・・?・・・源氏・・?」

なぜそれを知っているのか。遮那の喉がごくりと鳴った。

「明日だ。月が登りきる頃、魔王尊に来い」
何の説明もせず、法眼は日男を連れて暗闇の中へ消えた。