「先にNHKで待ってるぜ！」

俺はこの手の略語ってのが大嫌いだ。
言ってる本人は、常識だろ！くらいの気持ちで言っているのかもしれないが、それを常識としないもの、ナニを意味するのかわからないもの、或いは別のものを意味すると違った理解を示してしまったものにとっては、こんなにいいかげんで迷惑な話はない。

この日も
「それじゃ、NHK前、7時ね！」
と、奴は電話で伝えてきた。
OK、という俺に奴は、先にNHKで待っていると笑って電話を切ったのだ。

しかし、俺が7時にNHK前に着いてもそこには奴どころか誰もいなかった。
ここと違うのか？
俺はビルの標札を確かめる。
「日本発条株式会社」
間違いない。
NHK、日本発条株式会社の本社ビル前だ。
「なにが先に着いて待ってるだよ。」
俺は独り悪態を吐き、ポケットから煙草を取りだした。
しかし、5本目の煙草に手をかけようとする頃になっても、奴は姿を見せなかった。
どうなってるんだよ！と苛々し、奴に電話しようかと思ったら、携帯が鳴り、出ると、奴で、彼も怒っていた。
「7時にNHKっていったじゃん！」
奴が怒鳴る。
「何言ってんだよ、とっくに着いてるよ！」
俺だって負けちゃいない。
「ええっ？どこ？」
「どこって、八景島の！」
「はあ？？？なんでNHKが八景島にあるんだよ！」
「おまえこそ、なにいってんだよ？NHKっていったら八景島だろうが！」
「はあ？八景島のNHKなんて聞いたことネエよ！NHKっていったら普通渋谷だろっ！」
って言われたところで、俺は思いだす。
ああ、そういえば日本放送協会もたしかにNHKだったな！と。
俺は言い訳がましく、つっぱねる。
「おまえ、それならそれで、ちゃんと略さず、日本放送協会前っていえよ！俺はわざわざ八景島まできっちまったよ！普通、NHKっていったら日本発条株式会社だと思うだろ！」
そう怒鳴る俺に、奴は、意外にも素直に謝ってきた。
まあいいだろう。
言いあらそっていてもしかたがない。
俺は許してやることにした。
そして、次の待ち合わせ場所を指定した。

「じゃあ、新橋のMLCな！俺はあと一時間くらいかかるから、先に着いたら、はじめててくれ！」

そういうと、俺は奴の返事を聞くことなく電話を切った。

予想よりスムーズに乗換が上手くいき、思ったより早く店に着いたからか、店内に奴の姿は未だ無かった。
幸い、大好きなカウンター席が空いていた。俺はそこに腰をおろし、ビールを頼んだ。

しかし、俺が最初のビールを飲み終えても奴の姿は見えなかった。
まあ、いいか。
目の前に酒とつまみがあれば、俺は待つことを苦としない。
俺は勝手にやりはじめていた。

しかし、もうこれ以上飲めないし喰えねえよ！って頃になっても奴は姿を見せなかった。

「もう俺、十分に堪能しちゃったから、今日は無理して来なくてイイよ！」と電話で伝えようかと思ったところ、奴が息せき切って店内に駈けこんできた。
「いやあ、遅くなって、御免御免、まったく、トンだ勘違いしていたよ。いやあ、さっきまでさ、目黒ランゲージセンターにいたんだけどさ、ありゃ、目黒で、新橋じゃないもんなあ！俺としたことが！やっちまった！いやあ、またせて御免。」
そう言うと、生ビールを頼み、一気に飲んだ。

それから自らに言いきかせるように、呟いた。

新橋のMLCつったら、ここしかないよなあ！

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