第317話 退院勧告 | らぶどろっぷ【元AV嬢の私小説】

第317話 退院勧告

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八代は同室の尾崎さんの診察のために

A4病棟を訪れていた。


診察を終えた尾崎さんが病室に戻ってくると

私はある物を抱えて八代を探して走った。


「やっしーー!」


丁度ナースステーションから出てくるところを見つけて大声で呼びかけた。


「見て見て! セーターが完成したの! 

私って意外と根気強いのよ! 見直した?」


編み上げたばかりのセーターを広げて私は言った。


「ほうほう、なかなかいいじゃないですか。

よく途中で投げ出さずに最後まで仕上げましたね。 たいしたもんですよ」


「でっしょー! まぁ入院中は他にやることがなかったしね。

まじでキチガイみたいにずっと編んでたし。 いい出来だよねぇ?」


「そうですね。 彼氏喜ぶといいですね」


八代は感心そうにセーターの表面を撫でた。


「絶対喜ぶよーー! 

セーター編んでること、内緒にしてるのが一番大変だったな。

もう言いたくてたまらなかった。 私とっても口が軽いんだもん。

でも、やることなくなって暇になっちゃったよ! 次はやっしーにマフラーでも編んであげようか?」


私がそう言うと

八代は少し考え込むような表情をした。


私は八代が返事に困っているのだと思い

「いや、冗談だけどさ! あはっ」と笑った。


「うん。 丁度いい。 この後、まりもさん診察しましょう」

八代は手をぽんと叩きながら言った。


「あ、そぉなの? 了解」


私はセーターを抱えたまま、八代について診察室に向かった。


看護婦が私のカルテを持ってやってきた。


八代はそれを開いて何かを数えながら

「まりもさん、どうです? 怖いかんじはまだありますか?」と尋ねた。


「ううん。 ここにいれば何も怖くはないよー。

こないだセラピーに行った時は、ちょっと不安になったけどね。

正直に言うと、まだ仙台人の追跡は続いているようなかんじはしたよ。

ウーン… 怖いって言えば怖い。 よくわかんないままだからね…」


私はいつのまにか

八代には何でも正直に話すようになっている。


思えば、ここに入院したばかりの頃は

この病院自体が敵の傘下の施設で

八代は敵の一味なのだと思い込んでいた。


記憶を消されたり

薬漬けにされて一生監禁されるのではないかという恐怖に怯えていた。


殺されるかもしれない。

それはあの時の私にとって、全く非現実的なことではなかったのだ。


随分馬鹿なことを考えていたものだなと今では思う。


「まりもさん、セラピーの受け入れも決まったことだし、そろそろ退院の準備をしましょう」

八代が満面の笑みで言った。


退院勧告はあまりに唐突で、私は驚きを隠せなかった。


「えっ! 本当!? いいの?」


「はい。 あなたは退院させてくれと言わなくなりましたよね。

それから、さっきは私にマフラーを編むと言ってくれた。 

この病院での生活を受け入れている証拠です。

覚醒剤に執着しているようにも見えない。 心身ともに随分健康になったと思います。

もちろん当面の間は通院してもらいますし、薬も処方します。 セラピーにもきちんと通う事が条件です。

それさえ守れれば、入院の必要はもうないでしょう。 

その必要をあなたが感じれば、その時は自ら相談してください。

どうですか? 退院してやっていける自信はありますか?」


「それはもう! 覚醒剤は絶対にやらないし! セラピーにも行く! 薬もちゃんと飲む!

うそ! やった!!! やっしー サンキュー!」


私は嬉しくて嬉しくて

両手で口を覆いながらキャーキャー叫んだ。


「よく頑張りましたね」八代が右手を差し出した。


「先生、ありがとぉ!」

私は感謝を込めて八代の手をがっちりと握った。


こうして私の退院が決まった。


精神病院では「退院させてくれ」「もう治った」と自分で言うことが

一番逆効果なのだということを私は学んだ。



翌日、父と母が迎えに来てくれた。


父はすぐに退院の手続きを取りにいき

私は母と一緒に荷物をまとめはじめた。


「まりもの好きなハンバーグ、作ってあるからね」

母が言った。


「本当? お母さんの手料理食べれるのうれしいな。

そうだ、ちょっと片付けしておいてくれる? 私、挨拶してくる」


たった一ヶ月だったけれど

本当の子供や孫のように私に接してくれたお婆さん達に

退院を伝えるため、ホールに向かった。


お婆さん達は

「まりもちゃん退院するのかい、良かったねぇ。さみしくなるよ」

と口々に言ってくれた。


中には涙ぐんで手を握ってくる人もいた。


私が入院していた一ヶ月強の間

お婆さん達を見舞いに来る身内は結局一人もいなかった。


退院していく人もいなかった。


きっとお婆さん達は

これからもここで生きていくのだろう。


「元気でね」

一人一人に言いながら、私はとても切ない気持ちになった。


ナースステーションにも立ち寄った。


「あのさ… 随分つらく当たっちゃったけど… ごめんなさい」

私はその場にいた数人の看護婦に頭を下げた。


当たり所が欲しくて、かなり酷いことを言ったし、横柄な態度を取ってきた。

新米の看護婦のことは何度か泣かせてしまったこともある。


精神病棟の看護婦は本当にキツい仕事だと思った。


「そんなこといいのよ。 まりもちゃんが元気だから、このA4病棟の雰囲気も良くなって

他の患者さん達も明るくなった。 でも、もう悪いことはしてはダメよ。 ここに戻ってこないでね」


婦長が代表して言ってくれた。

その明るくて逞しい笑顔に励まされる。


「うん、ありがとぉ!」


優しくしてくれた病院のスタッフには感謝の気持ちでいっぱいだった。


私はこの入院で

いったん自分自身をリセットすることが出来た。


心を入れ替えて一からやり直せるチャンスだと思っている。


新しい自分自身に生まれ変わって

早く俊ちゃんの胸の中に飛び込みたい。


この世の果てでの生活はそう悪いものではなかった。

だけど、もう二度と戻るつもりはない。 絶対に。


――この経験を決して無駄にはしない――

私は自分自身に固く誓った。


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