第313話 最後のチャンス | らぶどろっぷ【元AV嬢の私小説】

第313話 最後のチャンス

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「俊ちゃん! 俊ちゃん! 俊ちゃぁーん!」


うれしくてうれしくて

腕を絡めて何度も名前を呼んだ。


彼の表情はとても柔らかくて

仙台で一緒に覚醒剤をやっていた頃の強張ったかんじはなくなっていた。


全てを包み込むような俊ちゃんの笑顔。


この笑顔のためなら何だって出来る。

私はかつての自分の気持ちを取り戻そうとしていた。


エレベーターの中でキスをした。


すぐに一階に到着してしまい

全然足りなくて「もっともっと」と私がせがむと

俊ちゃんは笑いながら私のことを抱きかかえてエレベーターから降りた。


「うわー! やばいね! この幸せ感!」

私はその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。


「まりも、はしゃぎすぎだから~、ははは」


俊ちゃんの瞳の中で

はしゃぐ私の姿が揺れていた。


「あはっ! 私ねー、なんか躁病のけがあるんだってよぉ!

スキップまじりで歩きながら

私は病院での出来事を少し話した。


喫茶店に入ると

向かい側には座らずソファー席に並んで座り

貝殻みたいに手をしっかりと握った。


「そっちはどぉ?」


俊ちゃんの顔をまじまじと覗き込んだ。


私同様に頬のあたりが少しふっくらとしていた。


「心配すっかと思って電話では言わなかったけど

マンションの部屋、引き払ったよわ。 今は実家から仕事に通ってる」


「え? そぉだったんだ…

大河原から国分町まで出るの大変でしょぉ?

仕事終わってから電車で帰ってるの? しんどいよねぇ…」


「まあちょっと大変だけどしかたないさ。

あの部屋に一人でいる方がしんどいべー? ははは」


「あぁ、そっか… そうだよね…

部屋どうしたの? 大家さんに怒られた? てか、何って言ったの?」


「うん、彼女がちょっとストレスで、って言ったけど

さすがに部屋見に来て言葉を失ってたわ。 まぁしょうがないべ。

五洋建設の人が見積もりに来てや~、修繕は全部で85万だったわ」


「85万ですんだんだ? 思ったより安いね。 ワンルームで良かった…

お金はどうしたの? 退院したら払うからね。 てか俊ちゃん85万も用立てられたの?」


「おまえの母ちゃんが半分は出してくれたよ。 残りはこっちでどうにかしたから大丈夫さ」


「えー! お母さんも出すなら全額出してあげればいいのに…

てか、そんな話聞いてなかったなぁ。 残りの半分も退院したら私が払うね。 やったの私だもん!」


「いや、いいよ。 半分は俺の責任だと思ってるからや~」


「うーん… じゃぁ、新しく部屋を借りるお金は私が出すね!

退院したら国分町の近くで部屋を探そうよ。 私も真面目に働くよ! 水商売する!」


「そうだな、二人でもう一度やりなおそう。

丁度、知り合いがホストクラブを開店させるんだけど、そっちに誘われてるのや。

晃さんっておまえ逢ったことないよね? こっち戻ってきたら紹介すっけど、いい人だよわ」


「へぇー、お店移るんだぁ。 でも心機一転その方がいいかもね!

晃さんって年上? かっこいいの?」


「少し上だったかなぁ、俺らとたいして変わらないよ。 かっこいいよ~」


「若いのに自分でお店を出せるなんて仙台のホストも捨てたもんじゃないねぇー!

俊ちゃんも自分のお店出したいって思ったりする? そうだよ! お花屋さんやるんだった!」


「やっぱり、いつかは自分の店もつのが夢だよなー」


「俊ちゃんのお客さん、金持ちマダムが多いじゃん!

スポンサーになってくれる人いそぉだよねぇ?

着物の学校のオーナーとかいたじゃん! 名前なんだっけ? あの人に頼んでみたら?」


「つ~か、おまえ、よくしゃべるね! 思ってたより全然元気そうだよわ。 ははは

もう大丈夫なのわ? 仙台おっかなくねぇが?」


「うーーん… おっかないよ!

正直、行ってみないとわからなぃ… でもどうにかなるよ! きっと!」


「退院はいつぐらいになりそうなのや?」


「それがさぁ… 私はもぉ全然健康だし問題ないと思うんだけど

担当医がなかなか退院許可を出してくれないの。 だから! このまま二人で帰ろうよ!」


「え? このままって?」


「このまま二人でタクシーに乗って仙台に帰ればいいじゃん?

俊ちゃん、今どのくらいお金ある? 新横浜から新幹線に乗ろうよ!

その前にホテル入ってルームサービスで何か食べよぉ! 

まずは私を食べて~! なぁ~んちゃって!

つーか! 今すぐ抱いて欲しいよぉぉ。 トイレでやっちゃおうか! うふふ」


「いや、それはまずいだろー」


「ん? トイレでやるのが? 人が来ないトイレあるよ? あはっ」


「いや、そうじゃなくてやぁー、病院抜け出すのはまずいだろってこと」


「どーーして! 大丈夫だよ、 ほら、外にタクシー停まってるじゃん!

駅までタクシーで行っちゃえばその後のことはどうにでもなるよ! 

実家に帰れば銀行のカードもあるけど… 

でも実家に行くと親が面倒だから、やっぱりこのまま仙台に行こう! 

もう俊ちゃんと離れたくないもん。 絶対絶対離れないよ! もう決めたの!」


「まりもぉ~… 少し我慢しろわ… 

そしたら誰にも文句言われずに一緒にいられるんだから。

今、病院から抜け出したりしたら、おまえの親の信用も何もかも失うことになるべや・・・

せっかく今まで我慢してきたんだから、あと少しの辛抱だろう?」


「なんでそんなこと言うの! 俊ちゃんは私と離れても平気なの? 信じられない!」


「そんなこと言うなぁ…」


「とにかく、あのタクシーに乗っちゃえば、私達はずっと一緒にいられるんだよ!

仙台に行ったら絶対にドラッグはもうやらない。 約束するよ!

それで、杏奈ちゃんからお店を紹介してもらう! 

私一生懸命働いてNO1ホステスになるから!

俊ちゃんの自慢の彼女になるよ! だからお願い! 私を連れていって!」


「それはうれしいよー! うれしいけど、退院してからでも遅くないでしょ?」


「イヤなの! 今離れたくないの! 二週間も離れ離れだったんだよ!

この私がこんなに我慢したんだもん。 先生だって親だって、よくやった方だって思ってくれるはずだよ!」


「まりもぉ~…」


「なによ! 意気地なし! 俊ちゃんがダメって言っても私は一人でも脱走するんだからっ!」


「あのねぇー… まりも聞いて! 俺さ、今まではまりものいいなりだったべ? 

だけど、これからはもっとしっかりしなきゃって思ってるんだ。

おまえの言うこと全部なんでも聞いてあげることが良いわけじゃないんだって分かったんだ」


「どうして? 私の言うこと全部聞いてくれるの最高なんだけど!」


「でもやぁ~… 結局、こんなことになっちゃったべ? 

おまえをこんなところに入れるはめになっちまったのは俺のせいさ…

再出発するために、俺も変わるし、おまえも変わらなきゃいけないと思わない?

俺は頭悪いけど、俺なりに本当にいろいろ考えたんだよね…

バカだからうまく説明できねぇけど…」


俊ちゃんが自分の意見を言うのは本当にめずらしい事だった。


不器用な説明だったけれど私には十分に伝わっていた。


俊ちゃんは変わろうとしているのだ。


「でも……

俊ちゃん、本当は私と別れたいんじゃない?

別れて一人で再出発した方がいいんじゃないの?

私なんて迷惑なだけだよね。 わかってるんだけどさ…」


私は急に弱気になって

今度は泣きたくなってしまった。


笑ったり、怒ったり、泣いたり

私の感情は数分おきに目まぐるしく変化する。


この先も

こんな情緒不安定な私に俊ちゃんを付き合わせなければならないのだろうか。


俊ちゃんには

もっとおだやかな幸せを望む権利があるというのに。


結局私は不安なのだ。


病院を脱走してトラブルの渦中に身を置くことで

一時はその刺激で不安を忘れることが出来るかもしれない。


だけど

それでは今までと何も変わらない。


私の意見をごり押しするのはもうやめよう。


「いつも頼ってばかりでごめんね。 何もできない私だけど…

だけど俊ちゃんが大好きなの。 私にはどうしても俊ちゃんが必要なの。

身にしみてるの… 本当に。 本当に。

俊ちゃんのためを思えば、別れてあげるのが一番だって思うよ…

だけど、ごめんね。 それが出来ないから。 言うこと聞くから嫌わないでね。

退院したら…仙台に行くから…それまで私のこと嫌わないで待っていてね」


「急にしおらしくなって… めそめそすんな~。

まりも、何も心配すんなよ?

俺もいろいろ考えたけど、守りたいものはちゃんとわかってっからや」


俊ちゃんは不器用に

だけど一生懸命私を励ましてくれた。


私はまた

勇気の一歩を踏み出す岐路に立っているのだと感じた。

これがきっと最後のチャンスだ。


私も変わりたい。


そう思えた。


俊ちゃんと幸せになるために

前を向いて本気で頑張っていこう。


その決意は

胸の中でじわじわと膨らんでいき

不安は「やれるはずだ」という自信に変化していった。


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