第306話 幸せってなに? | らぶどろっぷ【元AV嬢の私小説】

第306話 幸せってなに?

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夏休み中の浩一と理沙は

翌日も私の部屋にやってきた。


私の気がまぎれるようにと

母が気をまわして二人に頼んでいるのだろう。


両親とは

感情の糸が縺れてトラブルになる事が多いけれど

不思議と兄弟には素直に心を開くことが出来る。


昨日と同じように

浩一がゲームをやり

私と理沙が後ろでそれを眺めながら話をした。


「姉ちゃんはどうして家を出たの?」

浩一が尋ねた。


私は少し考えてから

「幸せになりたかったから」と答えた。


「幸せにはなれた?」


「う~ん」

私が答えを探していると

「ねぇねぇ、幸せってなんだろうね?」

と理沙が幼い声で問いかけた。


無邪気な理沙は

未来にたくさんの夢や希望を持ち

自分が幸せになれると信じているだろう。


「理沙、幸せなんて人それぞれの価値観だし

何が幸せかっていうのは自分で答えを見つける問題なの。

たぶん正解はない。 ただ人生の目的は自分を幸せにすることだよね?

例えば生き甲斐を見つけることでもいいし、大好きな人と結婚することでもいい。

ただ『これこそが私の幸せ』って言い切れるものを見つけることって意外と難しいわ」


「どうして難しいの?」


「う~ん。 

お姉ちゃんはね、お金と自由があって

何でも好きな物が買えて、男にモテて、好きな男と一緒にいられて

人に羨ましがられて、優越感を感じられるような……

そういうのが幸せだってたぶんどこかで思っていたのね。

でもさ、男でもブランド物でも手に入れてみると

『やっぱり何か違う』とか『こんなもんだったのか』って感じることが多いのよ。

手に入った瞬間に『幸せって何』って問いがまた頭の中に沸いてきちゃう。

今の彼と出会うまではずっとその繰り返しだったんだ」


「姉ちゃんは貪欲ってか…… 極端過ぎるよ。

ほどほどのところで満足するってことがない。 

上を見てたらキリがないだろ?

それに姉ちゃんの生き方は

幸せ探しっていうより自己確認の作業でしょう。

自分にどれほどの価値があるのか知りたかったんじゃないの?

測る方法がないから他人の採点ばかり気にしてさ」


浩一の意見とその洞察力に

私は身に覚えがありすぎてドキっとする。


「それは… 自分でもよくわかってるつもりだけどね。

でもさぁ、わかっていたって幸せを追い求めることってやめられない。

浩一のいう自己確認の作業っていうのも、自分を知らなきゃ幸せになれないからで

自分探しと幸せ探しって似てるし、連動してるものなのよ、きっと!

結局人って死ぬまで幸せ探しの旅をするもんなんじゃないのかなぁ」


「じゃあ、姉ちゃんはまだ幸せ探しをしてるんだ?」


「そうね。 青い鳥を探して奔走してる真っ最中ってとこ」


「それってさー、幸せじゃないってことだろう?

もしも幸せなら今度はその幸せを守ろうって思うはずだよ。

幸せになりたーい!って思ってるうちは幸せじゃないってことじゃん?

今の彼と出会って幸せになれたんじゃなかったの?」


「うーん……

幸せにはなれたよ。 確かに幸せだったの!

だけどちょっといろいろ問題が発生してしまったのよ…

それで… 今はまた不安だらけになっちゃった。

彼とうまくいってないとね

飢餓感や枯渇感が埋まらないんだ……

それを埋めるために私はいつも必死だったの。

彼と出会って一時はそういうのが一切なくなったのに…… 

また振り出しに戻っちゃったみたい」


「ふうん

姉ちゃんの幸せは彼なしではありえないってこと?

でもさー、ほどほどっていうのを覚えなよ?

妥協しろとは言わないけど、どこかで満足しないとダメだろう」


「ほどほどねぇ…… 

ほどほどとかそこそことか……

いわゆる『ささやかな幸せ』ってやつ? 

そういうのには興味が沸かないなぁ。

どこかにさぁ、キラキラ輝く真実の幸せがあって

いつかその幸福が私に眩しく降り注ぐ! そういうのを夢みちゃうんだよね。 

俊ちゃんは私にとってそういう幸せのシンボルなのよ」


「姉ちゃんいくつだよ…… 

それってファンタジーだろ……」


「浩一は夢がないわねー! 

お姉ちゃんは実際にそれを体験したことがあるんだよ。

頭の中が真っ白になるほどの強烈な幸福感。 

あの感覚をもう一度!って求めてしまうの!

ささやかな幸せなんかじゃ私は満足できない。

破滅してもいいの! 最高の幸せの瞬間が欲しいんだもん!」


私は熱く語ってしまう。


「……幸せになるのってそんなに大変なことなの?」

理沙が深刻な顔で尋ねた。


「んなことはないよ、姉ちゃんはちょっと変わってるだけだ」


浩一がフォローに回り

私も理沙の手前「そうかもね」と相槌を打った。


俊ちゃんと出会い

幸せに満ちていた頃の自分を思い出す。


何故あんなにも幸せだったのか。


それは

俊ちゃんの幸せそうな笑顔が

いつも隣にあったからだ。



「まりも、俊君から宅急便届いたわよ」

母が階下から声をかけた。


クール便で届いた発泡スチロールの箱には

『なまもの』というシールが貼ってある。


中身は蟹だった。


「俊ちゃん、蟹が届いたよ! どうしたの? これ!」

すぐに電話をかけて確認した。


「地元の同級生達と海に行ってきたのやぁ~

おまえにもなんかお土産送ってやりたくて。 家族みんなで食えよ~

でも、おまえ、どーせ毒はいってるとか言って食わないんだべ?

てか、俺からの小包を見て爆弾だ!とか思わなかったが? はははは」


俊ちゃんは屈託なさそうに笑ったけれど

私は胸がギュウっと締め付けられて全然笑えなかった。


恐怖心と猜疑心から

俊ちゃんの愛情を感じられなくなっていた自分自身に気がついたのだ。


そんな私に

ずっと付き合っている彼の気持ちを考えると

切なくて泣けてくる。


「俊ちゃん…… ありがとぉ。 蟹。 うれしぃよ」


愛しくて愛しくて

受話器を握る手に力がこもる。


「早く父ちゃんと母ちゃんを安心させてやれよ

そうじゃないと俺達いつまでも逢えないんだからや~」


「うん。 逢いたぃ! 逢いたいよ……」


どうすることも出来ないまま

逢いたい気持ちが溜息に溶けていった。



理沙と浩一が部屋から出ていくと

私はまた覚醒剤を吸った。


特別な理由はなかった。


覚醒剤があれば

いつだって自然に手が伸びる。


それだけのことだ。


七時になり

「夕飯よ~」という母の呼び声で

ダイニングに下りていく。


蟹をつかったご馳走が

テーブルいっぱいに並んでいた。


浩一も理沙も喜んでいる。


俊ちゃんの愛情と

家族の愛情の溢れる食卓に

私は俯いて座った。


「どうしたの? 全然手をつけてないじゃない」

母が心配そうに顔を覗き込む。


私は覚醒剤のせいで食欲がなく

ほとんど箸をつけていなかった。


悲しくて情けなくて

蟹汁の中に涙がポタポタと零れ落ちた。


「お姉ちゃん? どうしたの?」

理沙が驚いて箸を置いた。


浩一は

気を使うように私から視線を外し

黙々と食事を続けた。


「まりも、来なさい」

父が私の肩を抱いて自分の部屋へ連れていく。


部屋の扉を閉めたと同時に

私は泣き崩れた。


「シャブがやめられないの! どーしてもやめられないの!!

私、もう一度俊ちゃんとやりなおしたいのよ!

どうすればいいの? 精神病院に行けば全部解決するの!?

だったら早く連れて行って! 俊ちゃんとやり直すためなら何でもするよ!」


私はいつだって

やめようと思えばシャブはやめられるものだと思っていた。


その気になりさえすればやめられる。

ただ私にはやめる必要性があるとは思えない。

だからやめないだけ。


今までずっとそう思ってきたのだ。


私は今始めて

自分が覚醒剤に依存し

やめることが出来ないのだと認めるに至った。


それはとても勇気のいることだったけれど

突破口を開かなければ!という切実な想いが背中を押した。


もう一度

俊ちゃんの輝く笑顔が見たかったから。


あの笑顔の隣で

心の底から笑える自分になりたかったから。


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