第303話 不幸せ | らぶどろっぷ【元AV嬢の私小説】

第303話 不幸せ

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「お父さんが迎えに行く! 頼むからいなくならないでくれ!

身の危険を感じるなら警察に行きなさい! 最悪の事態は回避できるから!

すぐに行くから! 三十分そこで待っていなさい!」


電話口で私のことを想い

必死になっている父の様子が目に浮かんだ。


「お父さん! 私、ディスコでかくまってもらうよ!

コマ劇場の裏のビル! 三階にゼノンっていうディスコがあるの!

そこにいるからすぐに迎えにきて!」


切迫した状況のせいで

私の声はひどく上ずっている。


その時

敵の集団が私との距離を縮め始めた。


私は俊ちゃんの手を掴み

向かいのビルのエレベーターまでダッシュする。


扉が開き私達が乗り込むと

前方から若い男が駆け込んできた。


私はタイミングを計り

男の背中を押してエレベーターの外に突き飛ばした。


男はよろけながら持っていた鞄を地面に落とした。


『閉』ボタンを連打する。


閉まる扉の隙間から

凄い形相でこちらを睨みつけ舌打ちする男の姿が見えた。


男はエレベーターの中で私を始末するつもりだったのだ。

そう気がつき全身から血の気が引いていくのを感じた。


心臓が極限まで早く脈打ち

額から玉のような冷や汗が滴り落ちた。


父の到着まで無事でいられる自信がない。


エレベーターの扉が開き

正面に位置するキャッシャーの黒服が

少し驚いたように顔をあげた。


まだ開店したばかりで

こんな時間に客が入ってくるとは思っていなかったのだろう。


黒服は客が私だと分かると笑顔で会釈をし

「お久しぶりですね、 店長呼んできます」

と言い残して裏の事務所に入って行った。


「まりも痩せた? 久しぶりだな」


すぐに店長が顔を出し

おどけた様子で俊ちゃんを気にすることなく私の尻を撫でた。


「ねぇ! 助けて!

私、やばい組織に追われてるのよ!

今からお父さんが迎えに来るからそれまでここで匿って欲しいの」


「へ? まぁ遊んでいけば?」


陽気に口笛を吹きながら店中に入っていく店長に

私達は続いた。


誰もいない広いホールの上で

ミラーボールが虹彩を乱反射させている。


耳を劈くテクノのビートが全身に響き

激しい吐き気に襲われた。


ガラス張りのVIPルーム

一番右端のペアシートに通された。


「いったいどうしたの? 顔色悪いな」

テーブルに灰皿を置きながら店長が尋ねた。


「私ね、最近仙台で暮らしていたの!

あっちでヤバイ事件に巻き込まれちゃってさ

組織に狙われて東京に逃げてきたのよ! 

東京なら大丈夫だって思ってたのにやつら歌舞伎町にまで現れたの!」


「どこの組のもん? まりもを狙うなんて物知らないってか、さすが田舎者だね。

なんで逃げてんの? やっちゃえばいいじゃん?」


「それがヤクザじゃないの! ヤクザならどうにでもなるよ!

違うの! 正体がわからないのよ… どこかの国の諜報員かもしれない!

仙台の国分町の近くにね、木町通りっていう所があるんだ!

そこら辺一帯が敵の本拠地なんだと思う。 大町とか立町も怪しいし。

クリヨンっていうラブホテルがあるんだけど、そこは盗撮されてるんだよ!

とにかく仙台は激ヤバだよ。 知事も警察も組織と繋がってて陰謀が渦巻いてる!」


店長はポカンと口を開けている。


「なにそれ? 北朝鮮? まさかCIAとか言い出さないよね?」


「ヤクザよりはそっちの線の方がよっぽど可能性あるわ! とにかくヤバいの!」


「……まぁ遊んでいきなー」


店長はウェイターを呼びつけドリンクのオーダーを取らせると

そそくさと店の入り口に戻っていった。


喉がカラカラに乾いていた私は

ウェイターの運んできたファジーネーブルを一気に飲み干し

おかわりを頼んだ。


「まりもお父さん来たよ」

店長が戻ってきて父の到着を伝えた。


店の入り口で

息を切らす背広姿の父は異様に場違いで

可哀想なくらいだった。


「お父さん!!」


父は安堵の表情を浮かべ

瞳を潤ませて大きく息を吐いた。


「すいません、娘は恐怖心を抱いているものですから」

父が頭を下げると店長は気まずそうに顔を背けた。


「店長! さっき私が話したこと、なるべく多くの人に伝えて!」


店長は困ったように頭をかいて

「ありがとうございました」と簡素な挨拶をした。


父にピタリとく寄り添ってエレベーターを降りる。


「お父さん! 仙台人がいっぱいいるよ!

ほら、あそこのナイキのキャップ! あっちのピンクのスーツの女もそうだよ!

あそこで寝てる乞食も! 見てよ! わざとらしい!! マスクが目印なの!

ねっ! 私の言ってた事本当だってわかったでしょ!」


私は怪しい人物を次々に指差す。

「ほら! あいつも方耳にイヤホンしてるじゃん!」


「まりも! 良かった!

お父さんはまたおまえがどこかに行ってしまうんじゃないかと思って気が気じゃなかった」


父が話を遮りホロリと涙を流した。


それから俊ちゃんの方に向き直り
「今日は帰ってくれ。 まりもは実家に連れて帰る」

と少しきつい口調で言った。


「わかりました」

俊ちゃんが父に同調する。


「嫌よ! 俊ちゃんと一緒にいるっ!」

私は反発する。


「まりも! 俊君は仙台人じゃないのか?

おまえは仙台に根源的な恐怖心を持っているんだよ。

それが取り払われない限り俊君と一緒にいてはダメだ。

お父さんの言う事を今だけでいいから聞いてくれ。

少し落ち着くまで実家で家族で過ごそう。

俊君はこうして東京に来てくれたじゃないか? おまえのために!」


父が説得に力を込める。


「嫌よ! 絶対に嫌! 俊ちゃんと離れたくない!

どうして東京にまで仙台人がいるの? いったい何が目的なの? 

ねぇ俊ちゃん! 話してよ! 知ってるんでしょ!」


彼は瞳を陰らせ無言で俯く。


「まりもはどうしたいんだ?

俊君と仙台に戻りたいのか? 本当にそう思ってるの?」


父が困り果てた様子で尋ねる。


「わかんないよっ!!!

ただ俊ちゃんと離れてると不安で堪らないのよ!」


「わからないなら、実家に戻って考えればいいじゃないか。

俊君と離れていたら不安なのはよく解る。

でもおまえは、俊君と一緒にいても不安なんだろ?

どうしても俊君に逢いたくなったらまた来てもらえばいいじゃないか。

しばらくしてして、おまえが望むなら、仙台に行くのだって止めないよ!

だから今日だけはお父さんと一緒に実家に帰ってくれ! 頼むよ!」


切羽詰った父の言葉が私の心を揺すぶる。


でも私は

俊ちゃんと離れるという選択がどうしても出来ず

歌舞伎町の雑踏の中で途方に暮れてしまう。


「まりも、大丈夫だから。 来て欲しければいつでも呼んでよ。

今日はお父さんと一緒に帰りな、ね?」


俊ちゃんはそう言って私の目を優しく見詰めた。


私の感情は

俊ちゃんと離れることを激しく拒絶している。


だけど

それが現実的に不可能な状態に陥ったからこそ

私は今、東京にいるのだという事も分かっていた。


結局二人の説得に応じるしかなかった。

身を裂かれる想いで俊ちゃんに別れを告げた。

実家に帰ると

また父の部屋で話し合いになった。


「まりも、歌舞伎町には何しに行ったの?

正直に言いなさい。 覚醒剤買ったんだね?」


「だってっ!! お父さんとお母さんが私を追い込むんじゃない!

昨日だったあんなに一生懸命話したのに信じてくれないし!

俊ちゃんにはキツく当たるし! お父さん最低だよっ! 私どうすればいいのよっ!」


私はヒステリックに父をなじった。


「追い込まれたから覚醒剤をするのか!」


「そうよっ! 私が家出したのだって!

お父さんとお母さんが追い込んだからじゃないのっ!

どれだけつらい思いをしたと思ってるの? どんな酷い目にあったと思ってるの!」


「お父さんは! 

おまえがまさか本当に家を出て行くなんて思いもしなかったんだ。

たしかに……

おまえが幼い頃から夫婦喧嘩が絶えなかった。 

そのせいでとても不安な想いをさせたと思う。

だけどそれはお父さんとお母さんの問題なんだよ?


あの日、おまえは家を飛び出して行った。

でもすぐに根をあげて帰ってくると思っていたんだ。

なのに、おまえは本当にここには帰ってこなかった。


お父さんはつらくてつらくて

もうおまえはいないものだと思って生きていたんだ。

そうじゃないと生きていられなかったんだよ!」


「酷いよ! 私はいなくなんてないよ! 

ちゃんと一人で生き抜いてきたよ! まだ17歳だったんだよ!

私がこうなったのは全部お父さんとお母さんのせいだって事も気がついてなかった!」


「おまえ、そんなに今までつらかったのか?

そんなに酷い目にあってきたのか? ならどうして戻ってこなかった?」


父は心の底から悲しそうに言った。


「私は! 自分の好きなことをしてきた!

好きな物を買って好きな男と付き合って! 最高の生活をしてたわ!

この家でがんじがらめに束縛されるのは耐えられなかったの。

一人になって最高だったよ! やりたい事はもう全部やりつくしたもん!」


「矛盾してるじゃないか! 

おまえは酷い思いをしたと思ってるんじゃいのか?

自分の好きなことを本当にやってきたのか? お父さんはそうは思わない。

おまえは必要もないのに底辺を這いずっていただけじゃないか!」


「底辺? バカ言わないでよ! 私はどこに行っても女王様よ!

お金も権力も愛も全てを手に入れたの! 運命の人とも巡り合えた。

それに私、超越体験をしたんだよ! お父さんなら解るよね?

私、神様を知ったの! あの絶対的で特別な体験は何にも変えられないわ!」


「だったら! どうしてそんなに不幸せなんだ?」


父の『不幸せ』という言葉に途轍もない違和感を感じて

私は言葉に詰まった。


――私が不幸せ?――


いつだって好き放題やってきた。

誰よりも幸せになることに貪欲で

そのためには平気で人を利用して踏み台にしてきた。


そんな私が何故?

不幸なわけがない!


「私が不幸なら、それはお父さんとお母さんのせいじゃない!

フロイトを読んでわかったの。 人の性格や生き方には必ずルーツがあるのよ!

子供の頃、私が問題行動ばかりしてたのだって理由があったんだよ!

私が悪かったわけじゃないのよっ!」


「おまえが問題を起こした時だけお父さんとお母さんが一致団結するからか?

おまえが問題を起こせばお父さんが単身赴任先から駆けつけるからか?

おまえは親のために……自分の人生を壊してしまったのか?

そんな理不尽な話はないじゃないか!!

お父さんとお母さんを仲良くさせるために非行に走るなんて! 」


父の目から大粒の涙がこぼれた。


「何言ってるの? 別にそんなつもりはないよ!

お父さんとお母さんを仲良くさせるためなんかじゃない!

それはお父さんの思い違いだよ!

私はただ束縛されるのが嫌で好きにやりたかっただけ!」


「おまえはやりたいことはなんでもやってきたと言う。

だったらこの先のおまえの夢はなんだ? お父さんはわからないんだよ。

おまえの年代の普通の女の子はみんな大学のサークルでスポーツをしたり

海外旅行に行ったりして楽しんでいるじゃないか?

お父さんもおまえにはそういう楽しみをさせてあげたかった!

そういう楽しみならいくらだってさせてあげる準備があったんだ!」


「そんなの全然興味ないよ!

海外旅行なんて行きたければいつだって行けるもん!

私は不幸なんかじゃない!

幸せだった! こんな風になる前は幸せの絶頂だったのよ!

いつからか歯車が歪みだしたの…… 全部仙台人のせいよ!

うっうっう・・・ どうしてこんな風になっちゃったんだろ・・・ うっうう」


涙が止まらなかった。


「まりも、明日お父さんと一緒に病院へ行こう。

精神科でちゃんと診察してもらうんだ。 

お父さんは精神科医だけどおまえの父親だから診てあげることは出来ない。

家族はおまえ同様、当事者になるから治療は不可能なんだよ。

だから別の先生の所へ行って相談しよう、お父さんが一緒に行くから何の心配もいらない」


「私はおかしくなんてないってば!!!」


「まりも、精神病の人は皆そう言うのは知っているね?

おかしくないと思うならそれを証明すればいいじゃないか。

お父さんはおまえが言っている事を信じてないわけじゃないんだよ。

ただドラッグはお父さんも専門外だからきちんとした専門家の意見を聞いておきたいんだ。

不安を取り除くための安全な薬も今はたくさんあるんだよ。

お父さんはおまえの父親だからどうしても感情的になってしまうし

信頼できる先生が見つかればおまえの心の拠り所にもなるはずだ」


「嫌だよ! 精神病院とか薬とか! 怖いよ!」


いつか見た映画の記憶が蘇る。

閉鎖病棟の中で拘束服を着せられ涎を垂らしながら注射を打たれる男の姿。

精神病院は狂人の住処だ。 


そんな場所に行くのはいやだ……。


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