第075話 ドラマ
話しを切り出す事が出来ずに
私は泣き声を押し殺す。
あんなに冷静だったのに
優弥の声を聞いた途端
感情は波立ち波紋を広げていく。
「優弥、出勤前に少しだけ逢えない?30分でいいからさ。」
「ん?いいけど?どうしたの?」
「優弥に逢いたいだけよ。
優弥の顔を一日でも見ないと禁断症状がでちゃうんだもん。」
「なんだよそれ。ははは」
「うふふ」
涙が頬を伝い
震える唇をかみ締める。
「ねぇ、優弥…。 …ごめん …ね。」
「あ?」
「ううん。」
「なんだよ?!」
どうすればいいのかわからない。
「…いや、昨日約束してたのに遊びに行けなかったし。ねぇ。あは。」
泣いてるのを悟られないように
受話器から少し口を離してしゃべる。
待ち合わせの約束だけをして
とりあえず電話を切ると
部屋の片隅でお母さんがすすり泣く声が聞こえた。
優弥の家の最寄の駅に
ドトールコーヒーがある。
私達はそこで待ち合わせをしている。
私は思考力を全く失ったまま
ぼんやりと優弥の事を待っている。
時間通りに優弥はやってきて
私を見つけると
「よぉ。」と
片手を上げてにっこりと笑った。
優弥の顔を見た瞬間
頭の中のスイッチが
「カチっ」と入る音がする。
もう大丈夫だ。
「優弥、あのね。ちょっと困った事になっちゃって。」
軽い相談事を持ち掛ける様な雰囲気で
私は明るく話し始める。
「うん?」
「えっとね、妊娠したみたいなの。」
私はドラマの役を完璧に演じている。
「え!?」
優弥は
予想外の展開に
驚きを隠せない様子で
それきり何も言わない。
その間に耐えられずに
私はストーリーを進めていく。
「もう診察もすんだの。おろすよ。」
あっけらかんとそう言って
入れたてのコーヒーを啜る。
優弥は呆然としている。
どう思っているんだろう。
自分の子供だなんて信じないかもだな。
・・・・・・。
重い空気に耐えられなくて
私は話しを続ける。
「ごめんね。でね、同意書っていうのがあってさぁ、
いろいろ面倒だよね。これ。」
紙を差し出し優弥に手渡す。
「まっぴー・・・ その手首 ・・・どうしたの?」
「あぁ。うちのニャンコにやっつけられちゃったんだ。」
手首の包帯は架空のネコの仕業にする。
「おまえ、手首切ったのか?」
「え? まさか! 私そんなにヤワじゃないってば。ネコだよ。ネコ! あはは」
おかしな事言わないで、というかんじに
私は小首を傾げて微笑んでみせる。
優弥は何も言わない。
「でさぁ、悪いんだけどこれ書いて・・・」
「ちょっと待てよ!」
優弥は私の話しを遮って
下を向いてしまう。
思い詰めた表情で
眉間に力を入れて
ずっと考え込んでいる。
・・・優弥
・・・考えたって無駄だよ。
・・・何も考える事なんてないでしょう?
この場を切り抜ければ
優弥は自由だよ。
私だって同じだよ。
中絶したって
また今まで通り
何もなかった様に生きていくよ。
派手に遊び歩いて
さんざん好きな事して
適当な歳になったら
何も知りませんって顔して結婚するよ。
たいした事じゃないよ。
こんなの
・・・なんて事ないよ。
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