犬を飼う理由。※長文御免(・∀・)。

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人は何故

犬を飼うのか・・・。

 

一昔前なら

番犬としてというのも

大きな理由の

一つではあったと思いますが

いまはそうした

明確な目的感より 

大きな意味で

「癒されたい」

という気持ちから犬を迎える方が

やはり多い様な気がします。


その根底の意識の中には

少なからず

名犬ラッシーに始まる

ショーアップされた映画やテレビで見た

犬との微笑ましい生活への

憧れが見え隠れしていて

犬を迎えさえすれば

そうした理想の暮らしや関係が

育まれるはずと

信じている人も少なくありません。

 

しかし

そうした、思い込みが

強ければ強いほど

迎えた個々の犬の様子を

真摯に見極めることが阻まれ

個々に合わせた

適切な行動を取ることが出来ず

不適切な関わりを続けた結果

犬の問題行動を意図せずに

発動させ

助長させてしまう人が

多いような気がします。

 

癒されたくて

犬を迎えたのに

思い通りにならず

はたまた

正しい関わり方を

指導してくれる人もおらず

出した答えが飼育放棄という人は

少なくありません。

ただ一つ言えることは

どんな事情や状況に置いても

犬は何も

悪くないということ。


もっと言えば

手放す人のなかには

本当は

手放したくない人も

いたかもしれないと

思ったりもするのです。


もちろん

そうでない人 もいます。


自らの行いを

振り返りもせずに

すべて犬のせいにして

犬を捨て

捨てた

その手で

新たな犬を平気で

迎える人もいます。

 

話しを

戻します。


犬に癒されたい

それ以上に

犬の健康や長生きを

本気で願うなら

穏やかに

上品に育てようと

心掛けることです。

 

ドイツでは社会全体が

人と犬との共生を

後押ししています。

それは

犬を大切に思う以上に

人間の生活や人生に

大きなメリットが

あるからこそなのです。

 人と犬が社会のなかで

無理なく共生していけるように

人々は

犬を穏やかに育てようとしますし

犬を育てるための正しい知識も

しっかりと

一般化されています。


なにより

非常識で

マナーの悪い飼い主を許さない

社会的な前提があるのです。

 

しつけで大切なのは

何が出来るかではなくて

他者に迷惑のかかることや

行儀の悪いことを

させないこと

これに尽きます。


飼い主さんのなかには

犬の悪態に対して

飼い主の自分だけは

その態度を許してやろう

大目に見てやろう

なんてことを

考える人もいますが

そんな理屈は

犬達の社会には通用しません。

 

街の中で

人と共存する時

興奮でギラギラしている犬と

穏やかで粛々としている犬と

どちらが他者からの

信頼を得やすいか

尊重され易いかを考えれば

犬をどう導くべきか

迷うことはないはずなのです。

 

犬らしさを尊重するための

犬のニーズを満たすことなく

人間の嗜好性に傾倒した

様々な刺激や興奮に

犬を晒し続けることは

犬の心身に不具合を

生じさせる場合もあります。


犬は遊び好きという

イメージが先行しがちですが

本当は

遊びの中にさえ 

人間が思う以上の

厳然たるルールが

犬達にはあり

それをしっかり理解していなければ

人がいくら遊んでいるつもりでも

犬の中では

遊びではなくなっている

場合も多いのです。

「犬の遊び」または

「喜び」と理解している

無軌道な犬の興奮は

他の犬からしてみれば

ただの脅威です。


犬同士には

ルールのない遊びはありませんし

人間に甘やかされたばかりに

ルールを知らなかったり

守ることができなければ

仲間から

相手にされないどころか

命の危険さえ

生じかねないことを

人間はもっと真剣に

受け止めておかなくては

犬を守ることは出来ません。


穏やかに

落ち着いていなければ

身の安全が確保されないことを

犬達は本能的に理解していますから

興奮や混乱を本能的に嫌います。


また、犬という動物を

正しく理解していない人は

犬のニーズにも無頓着です。


どんなに安定している犬でも

必要なニーズが満たされないまま

社会から隔離され続ければ

心身に不調をきたします。


与えられた環境の中で

不安定さを増幅させた犬は 

そのエネルギーを発散させるために

必要以上に吠えるようになりますし

その積もり積もった

エネルギーに振り回されるように

威嚇や攻撃行動を取り

精神のバランスを保とうとします。


人間からしてみたら

ただの問題行動でも

犬達は生きるための自助努力として

そうした行動を

取らざるを得ないのだと理解すれば

自ずと私達が取るべき態度は

定まってくるはずです。


 忙しくて

犬のニーズを満たすための

時間が取れないのなら

それこそお金を出して

お散歩代行などのサービスを買い

犬のニーズを満たすことです。

 

日本のペット産業の

末期的とも言える状況の

背景にあるのは「無知」です。


犬という動物の

何も知らない

飼い主の感情を

良くも悪くも

手を替え品を替え煽り

興奮させ

経済的な糧にしているのが

一兆円産業とも言われる

ペット業界です。


 人が興奮するところに

経済は発生します。


私達飼い主の興奮は

良くも悪くも

お金になるのです。

 

愛犬第一主義という

大義に隠れて

虎視眈々と

飼い主の弱みを研究し

あの手この手で

ペット業界全体が

攻勢をかけていると言っても

過言ではありません。

 

必要なものを

必要な分だけ

過不足なく

得るための見識を

私達飼い主

一人一人が

見極めていかなければ

犬との穏やかで

豊かな共生は

叶わないのです。


興奮させることを

「是」とした考え方で

恩恵を得られるのは

商売人だけです。

 

私たちが

養うべきは

口の上手い

商売人ではなく

物言わぬ

自分の犬です。

 

興奮を「否」としたなら

見えてくるものが

180度、変わるはずです。

 

穏やかに

育てるために必要なのは

時間と心と勇気です。


犬の安寧は

人の安寧に繋がります。

そして、人の安寧が

犬の安寧に繋がるという

好循環を生み出すのです。

 

穏やかな犬からは

マイナスイオンが出ます・・・

と言いたくなるくらい

癒されますし

そばにいると眠くなります。

 

犬のニーズを

満たせていないという

後ろめたさから

犬の問題行動に

目をつぶる人もいますが

その我慢で

生まれるメリットは皆無です。


犬の一生は短く

その掛け替えのない

大切な時間を

無知なままに

他者に搾取され

無為に過ごすことが

あってはならないのです。


犬との暮らしを今一度

見直す機会に

していただけたらと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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