原発事故問題をとりあげるわけ | かかわりすぎない子育て

原発事故問題をとりあげるわけ

わたしが 原子力発電所の事故について

書くのは

教育とは きりはなせないと 考える

とくべつな おもい・・理由が あるからです。




それは・・・

1999年の 東海村のJOCの事故が

あまりに ショッキングで

この事故は たんなる事故ではない

いまの社会を 象徴する事故だと 感じたところから はじまります。


原発事故は たんなる 事故ではなく

日本の社会・教育と 密接なつながりがあると

おもいつづけてきているのです。


わたしにとっては

教育問題の 根本が 東海村の事故にあると 

かんがえてきたと いっても いいかもしれません。


東海村だけでは ありません

ほかの 原子力発電所でも 

放射能漏れなどの 事故が おきましたが

どのときも

原因追究、原因発表など

ちゃんとした 対応が 見られず

あいまいなままに されててきました。


汚職や 天下りとは ちがって

これは 即 人命と健康に かかわる重大なことなのに

こんな あいまいなことでいいの???

と 怒っていました。



(じつは 原子力産業は

 国家公務員、学者、政府、マスコミ、電力会社などが

 おたがいに 癒着を おこし

 水戸黄門の 悪徳代官と商人 さながらの関係をつくってきて

 見方を かえれば

 汚職の問題と いってもよいかもしれませんね)




こうしたことが くりかえされるのは

企業の体質・・日本人の体質に 問題が あるからで

この問題を 変えていかなければ

日本は ほんとうの先進国には なれないと

考えてきました。


そして この 企業、日本の体質というのは

こどもたちへの教育の 結果でもあり 原因でもあります



というわけで

わたしの なかでは

放射能漏れ事故 ⇔ こどもたちの教育

と 考えてきたので


こんかいの問題を

この ブログのなかでも 書いているわけです。



教育問題を かんがえていて

あたまに いつも うかぶのが

エコノミックアニマル”と

日本人に つけられた あだ名です。


エコノミックアニマル・・・・

・・・お金もうけを 優先させ 利己的にふるまう人間・・・




教育問題を みていても

こどもの 意思や 精神の安定の大切さは 忘れられ

過剰な 偏差値至上主義に はしる 

塾産業 と

母親、父親の 行動は

エコノミックアニマル そのものと おもいます。



わたしたちは

このまま 

お金もうけを 優先させ 利己的にふるまう社会を つづけていくのでしょうか?