書評吉本たいまつ『おたくの起源』 | マンガ論争勃発のサイト

書評吉本たいまつ『おたくの起源』

 2月に、吉本たいまつさんが出版されました『おたくの起源』(NTT出版)。
発売日に購入し、早々と読了していたのですが『マンガ論争勃発2』の執筆もあり、紹介する機会を
逸しておりました。
 あとがきによれば、非常に長期に渡って調査をされたらしく、苦労の感じられる労作です。
 オタク文化におけるSFの重要性を教えてくれた点では評価できる本だと思います。
 ただ、読んでいく中では疑問を感じずにいられない点がいくつも見られました。
 今後のオタク文化史研究の上で、避けられない問題ばかりだと思いますので、指摘させて頂きたいと思います。
 
 1:全共闘の捉え方が一面的すぎる
 吉本さんは、全共闘運動の中にあったマンガを語る動きが、その後のオタク文化の勃興に影響を与えていると考えています。
 ところが、全共闘運動の中にあった世代間や大学ごとの意識の隔絶や対立に触れていません。この本だけを読むと、あたかも全共闘運動のすべてにマンガを語る動きがあり後の世代に影響を与えたかのような印象を持ってしまいます。
 また、安田講堂の陥落を「全共闘運動の挫折を象徴的に示す事件」と記している理由がよくわかりません。
 全共闘運動は、このあと全国全共闘の結成まで更に拡大を続けたと思うのですが。(全国全共闘が新左翼各派の政治の場になったことで、運動は急激に退潮に向かいます)
 この点、出版以前にある研究会で著者に指摘させて頂いたのですが、そのままになっているということは、著者なりの意見があるのかもしれません。
 また、巻末の文献一覧によれば、全共闘に関する書籍は三冊あげられています。ところが、うち2冊は、すが秀実と荒岱介の著書です。なぜ、数ある全共闘関連の書籍の中から、一つの極の側に偏向している、この二人の著書を選んだかは甚だ疑問です。
 読み進める中で吉本さんの全共闘運動の知識自体に、底の浅さを感じてしまいました。

 2:1970年代に「アニメジャーナリズム」は成立していない
 第三章の三項に「アニメジャーナリズムの成立」というタイトルがついています。
 ところが、「アニメジャーナリズム」が、どのようなものなのか定義づけられていません。
 現在でもオタク産業にジャーナリズムが存在しているか否かは論議の的になる部分です。(現在でも、書き手の側がジャーナリズムを志向しても、それを許容する媒体は多くありません。媒体の基本スタンスは発表報道です。)
 もし、1970年代にアニメを扱う「メディア」ではなく「ジャーナリズム」が成立していたとするならば、とてつもないパラダイムの転換が必要だと思われます。

 3:苦しんだのは、著者の個人史ではないのか?
 第四章の二項「バブル的価値観との軋轢」の中で1989年の宮崎事件以降、「おたくたちは自分の好きなおたくジャンルと、社会から受ける圧力の間で、苦しむようになっていく」と記されています。
 本当にそうなのでしょうか?宮崎事件以降「オタクバッシング」なるものが存在し、あたかもオタク総体が社会から差別されてきたという言説は、ウェブ上でも散見されます。ところが、そうした言説の多くは個人史に過ぎません。こうした言説があたかも真実として、一定の承認を得ていること自体も検証していく必要があるでしょう。

 マンガ研究者の方々にお伺いすると、このほかにも色々と問題はあるようです。
 ですが、今後、多くの研究者が参入して来るであろうオタクの文化史を研究していく上で、論点をあぶり出してくれた書籍であることは間違いありません。
 こうしたテーマに興味のある人は、ぜひ読んでおくべきでしょう。
 
 (昼間たかし)
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