ノヴァ・ゴリツァのミント・サウナ

テーマ:


(写真はノヴァ・ゴリツァの複合娯楽施設「ペルラ」)

 1月27日の晩には友人と一緒にノヴァ・ゴリツァのサウナへ行ってきました。ゴリツィアにも3ヶ月後にオープンするらしいのですが、今はまだないのです。ノヴァのサウナはなんとHIT(元々はスロウ゛ェニアの国営企業でしょうか?)系列の町一番のカジノ、ペルラの中にあります。スポーツジムとかプールが一緒になっていて、ノヴァの老若男女、ゴリツィアのイタリア人が通っているようです。驚きだったのは、男女一緒のサウナで全員裸だったこと。あるようでなかった経験でした。ハンガリーの温泉でも全員水着だったし、日本でもほとんど男女別浴だし、全然予期していなかっただけに若干ショック。でも目が慣れると、まあいいか~という気になりますね。半年後くらいには私もバスタオルなしで「ば~ん」とサウナの扉を開けるようになるかも。ちなみにオーストリアのスキー場なんかでもやっぱりこうやって男女一緒にサウナに入るんだそうです。この辺に住んでいる以上オーストリアでスキーというのは絶対にやっておきたいことの1つですし、慣れるしかないかも。面白かったのがサウナでミントの枝を熱い石の上に置いて、全体にミントの香りがぶわ~っと広がる趣向です。目につ~んと来て、体がす~っと涼しくなるんです。3回くらいやってもらって、最高にキモチよかった~。暗い休憩室もあるので、出たり入ったりしでくつろぎました。友人曰く一週間分のペーパーワークの疲れが一気に癒されるそうです。ペルラを出る頃(10時頃)にはイタリアナンバーの車がびっしり。多分パーティーでもあったのかな。帰りはちょびっと山道を飛ばして、夜景を楽しみながら家に戻りました。ともあれ、ミントサウナには感激。これから習慣になっちゃうかも。

 家に帰って携帯を見ると、着信とメッセージがそれぞれ数件。前日ケンカした(というか一方的にされた)ルームメイトから。仲直りをしたいらしい。そりゃあんだけ言ったら後悔もするだろうな~。「別に怒ってないよ」と言いつつちょっと冷たくしてみた。怒ると制御が効かなくなっちゃう人の気持ちは一生分からないかもしれない。
AD

ゴリツィアのユダヤ人

テーマ:
 今日1月27日、アウシュヴィッツの収容所解放60周年記念式典が行われました。イタリアからはベルルスコーニも参加しました。それに先立って一昨日、某クラブで18世紀半ばに建てられたというシナゴーグの見学会を行い、さらに夕食後にはユダヤ人研究者の卓話を聞く機会がありました。というわけでゴリツィアにおけるユダヤ人コミュニティについて少しだけ勉強させてもらいました。印象的だったのは参加していた人たちが非常に一生懸命質問していたこと。町の名医がアウシュヴィッツへ行ってからどうなったのか、という具体的な質問もありました。ここゴリツィアでもユダヤ人の問題は非常に身近なことが分かりました。ちなみにゴリツィアのユダヤ人の中には金融業に限らず、蜜蝋の生産や養蚕業に携わっていた人もいて、町に完全に同化していたという話です。それが43年、一夜にして80人いたユダヤ人のうち78人が連れ去られ、後に戻って来られたのはたった2人だそうです。その1人は助かったことに罪悪感を 覚え、未だに詳細を語ろうとはしないそうです。

 ゴリツィアみたいに小さくて静かな田舎町でもWWIの際には東部戦線の前線基地が置かれていたとか、ファシズム政権下ではスラウ゛系やユダヤ人のイタリア化が行われたとか、WWII末期にはユーゴのパルチザンが復讐とばかりにイタリア人を殺害してカルソの鍾乳窩に投げ入れたとか、衝撃的な事件が続いて起こっていたのです。そういう辛い記憶をたぐり寄せるようにして、真実に立ち向かい始めたゴリツィアの友人たちの勇気には頭が下がる思いがします。左翼系の学者やマイノリティに属す人々に限らず、いわゆるローカルエリート自らが動き始めているのです。日本の地方都市でもこうした動きが見られるのでしょうか?そうでありますように。

 記念式典をうけてか、夕方の俗っぽい討論番組のお題ですら「赦すことは正しいか?」でした。妻と娘を裏切って妻の妹と浮気をした男が「赦し」を請うのですが、元妻は聞く耳を持たない。裏切った身内を赦した人と赦さなかった人がそれぞれこの元夫婦を応援し、(いつもの通り)会場を巻き込んだ大激論になりました。さらに状況がより深刻なケースも紹介。身内を殺されたにも関わらず犯人を「赦した」人と「赦さない」人が自説を語り、それについて会場でまた喧々囂々。裁判官役のライコ(宗教に帰依しない人)だという心理学者曰く「赦すこと」は「赦さない」ことより簡単だという。ホロコーストの生き残りが、「赦し」は犠牲者への侮辱になると書き残したという話も紹介した。「アメリカでは赦すことがよりよく生きることにつながるという教育がなされている」と紹介されたが、これも一貫して批判。こういう番組はやっぱりユダヤ人団体の出資で成り立っているのだろうか。。。「赦し」を強調するバチカンの教条にも関わらず、「赦さない」イタリア人の多さにちょっとびっくりしました。RAI 2の番組です。

 夜はRAI 1で映画「ピアニスト」。収容所行きの電車に乗せられそうになったところを上手く逃げ出し、隠れに隠れて生き延びた実在するピアニストの話。話のどこでピアニストが死んでもおかしくないようなリアルな状況の描写がとてもよかった。同じユダヤ人ものでも、シンドラーはすごく苦手な映画だ。ピアニストを助けたドイツ人将校と将校を助けられなかったピアニストのエピソードにも、現実とはこういうものだな~と納得。しばらくコレっていう作品を見ていなかったロマン・ポランスキーが、シンドラーの監督を断り、満を持して作った作品だというから、感激も2割増。以前から気になっていた主演俳優はこれまで不良の役とかぱっとしない役ばっかりだったけど、やっと主役をはった本作で大成功。人ごとながら嬉しかったです。

 このように27日のテレビ番組は1日中ユダヤ人関係。ここ数日、ユダヤ人問題の重要さをイタリアの片田舎にいても実感させられました。ロベルト・ベニーニのLa vita e’ bella(出来すぎたおとぎ話で、私は全然評価していませんけど)を見てみると少しだけ当時のイタリアのイメージをもてるかも?
AD

ルームメイトをキレさせた

テーマ:
 論文の指導を頼んだ(フィレンツェの有名な)教授に断られ、博論の主題を変えようとしていたイタリア人のルームメートA。全然これまでの研究と関係のないテーマを持って来て「こんなのどうかな~」と私に意見を求めるので、「ジャーナリストをやれば?」と穏やかに言ったら、この台詞が逆鱗に触れたようです。単に、より多様性のある主題を追うことができるし、やたらと社交的なAに向いていると思っただけなのですが。どうやらこれが色んな研究者から小馬鹿にしたように言われる台詞だったらしいのです。「侮辱だ!」そうです。そういうAの台詞こそジャーナリストに対する侮辱だと思うのですが。それにいつも「将来何やればいいのかな~」と相談されていたという背景もあります。

 Aは、ただでさえ決まったと思い込んでいたバイトの話が流れてイライラしていたみたい。さらに何度目かの奨学金申請も駄目。この人はどうやら申し込む(もしくは情報を得る)段階で、それを獲得できたものと思い込んじゃうんですよね。申請の段階でテンションが最高に達し、結局はだめで自分の「不運」を呪う。毎日毎日大声で「なんで自分にだけ運がないんだ~~」と嘆いています。そういえば共産主義系の出版社から教授のコネで出版が決まっている本(これだけでも十分幸運だと思うのですが。。。)の原稿締め切りももう半年以上延ばしていて後がない。こういう状況を前にしても、決して自分に非があるとは考えないところは大物。

 そんなA曰く、私は環境を汚染し地球を駄目にする資本主義に寄り添って生きていて、ちょっと「資金に恵まれた」大学に行っていたというだけで高圧的、教授の言いなりで、哲学を学んだこともない、教育のない可哀想な人間だそうです。口にはしませんでしたが、こういう台詞こそ「侮辱だ!」って気もしますね。まあ、自分に後ろ暗いところはないし、これっぽっちのことにここまで激昂するAを見て、やっとそのコンプレックスの大きさを理解しました。

 そういえば両親は離婚、月末になると私にお金を借りるくらい困っていて、指導を頼んだ有名教授には断られ、(本来)仲間になりたい研究者には小馬鹿にされ、大学時代(8年間!)遊んで浪費してばっかりだったから確かな知識がなく、同世代の友人は働いているのに自分は宙ぶらりんで、とそんな自分がイヤなんだと思うのです。ことあるごとに「自分は環境問題、某国政治、トランスボーダー交通、米軍問題のエキスパートで100人以上教授や学生が参加している平和研究所の代表~~!」とわめくのですが、なかなか自分の心までは騙せない。

 終いには「あんたたちvoi(誰のことかは?)は自分より劣っている~」とわめきだすし。。。すごい劣等感を背負っているみたい。それも一回では足らなかったみたいで、再度論旨を整理して(笑)、同じ話を始められたときには気が遠くなりそうでした。「いい晩が台無しになった」と言われても。

 それにしても何が引き金になって人を傷つけるか分からないな~としみじみ考えさせられました。だから「そうだね、私たちnoi(誰だか分かんないけど。。。)はあなたより劣っている。「高校(liceo classico)」まで5年も哲学を学んだあなたは哲学者。いつも人が気づかない重要な研究をしているあなたは優秀だけど、ちょっと運が悪いばっかりに奨学金をもらえなかったよね。周囲に理解されないだけで、本当はすごく優秀な哲学者なのにね。資本に支配されて不自由なジャーナリストは私たちnoi(誰のことやら。。。)の方だわ。これでいい?」っていうAのいつもの台詞をそのまま繰り返したらま~た怒りはじめちゃった!どうしろっての。

 でも実は(Aには申し訳ないけど)、今回結構楽しんでAを観察していました。今回の出来事はイタリア人とか日本人だから、という問題ではないような気がしました。私は避けるべき台詞を言ってしまったし、いくらひどいプレッシャーの下にあるからといって向こうも反応が過剰だった。私のイタリア語の言い回しが微妙に間違っていた可能性もありますしね。

 明日午後は知り合いと温泉、サウナへ行くし、明後日にはドイツから友達がやって来る。その後はスロヴェニアに出発して、イタリアに戻ったと思ったら今度はアメリカです。出発前にすこし仲直りしないといけない。アパートの契約が切れるまで後何回ケンカするか分かりませんが、その都度禍根を残さないようにきちんと対応するつもりです。
AD

騒々しいバリスタ

テーマ:


 大学のバールが新装開店したのは2004年の秋のこと。2人の豪快なおじさんが店を切り盛りしている。世界中を旅して来たという彼らの話は最高に楽しい。ユーゴスラヴィアで大量のキノコを仕入れて来た話や、セルウ゛ィアの刑務所にぶち込まれた話、スロウ゛ェニアで女をたらしこんだ話、ギリシャやトルコ、アジア諸国での冒険談、と次から次におかしな話が飛び出して来ていつも笑わせてくれる。どこまで本当かわかんないけど、ちょっと休憩に訪れる大学の人々にとって、彼らとするアホ話はいい息抜きになっている。クリスマス前には親しい学生や先生を呼んでばか騒ぎしたんだけど、店の主が一番のりのりで、中近東風の音楽に合わせて拳を振り上げ、お腹を突き出し、踊りまくっていました。

 日本人がまだまだ珍しいこの町に住んでいると、何を話しても大きなリアクションがあります。日本の研究環境とか固い話ばかりでなく、トイレのウォシュレットとか駅の検札システム、suicaカードなどについても、物珍しそうに聞いています。例えば誰かにある日本のエピソードを紹介すると、数日後に全然知らない人からそのエピソードを引き合いに出され、本当にそうなのか?と質問されるという具合。私→友達A→バリスタと伝わった話をバリスタがさも自分が聞いてきたかのように得意げにAに話し、「それオレが言ったんだよ」と友達。「ぐわっははは、そういえばそうだったわ(hai ragione)」とバリスタ。適当なんですよね~。ときどきバールに行くと気前よくカフェをおごってくれる彼らだけど、一体どうやって店を維持しているんだろう、と友達一同首を傾げるばかりです。

 ふと立ち寄ってすみの方で静かにカップチーノをすすっていると、「日本ではあれか、こういうので食べんだろ~」と大きな声で箸を握るアクションをしながら話しかけて来る彼らには少なからず恥ずかしい思いをさせられることもありますが、とても気のいい人たち。俳優みたいに豊かな感情表現をする個性的な面々。その一人一人が心に強い印象を残します。彼らが暮らすイタリアの町々の美しさと一緒になって、その一挙一動が心に深く刻み込まれていきます。

ちいさな食料品店



 イタリアにはまだまだ零細小売店が数多く存在します。私の行きつけの店もそういう一件。商品知識があまりない年老いた夫婦がとんでもない価格設定で経営を続けています。イタリアの田舎町では価格の相場がめちゃくちゃで、変なものが異様に高かったりします。健康上の理由からか、不定期に閉まっていることがあって困りますが、慣れちゃうと近いし愛想もいいし、なんとなく離れ難くなってしまうのです。肉屋も野菜や果物、魚を売っている市場も近いので、理論的にスーパーマーケットは不要なのです、が、ときにいかにも体に悪そうなお菓子とかジェラートを食べたくなって、大きなスーパーにも週一くらいで通ってしまうのでした。現代っ子の私は、体も心もindustrializzatoされているんでしょうね。ちなみに平野がでんと広がるフリウーリ地方には大規模なショッピング複合施設が次々に作られていて、ゴリツィアのような小さな町の商業セクターは大打撃を受けている現実があります。店の主は「うちが最後のちっちゃい店だよ」とさみしいことを言うし。。。そういう苦境を知っていればこそ、いまさら時代の波に乗り遅れまいと変革に乗り出すエネルギーが残っていない老人が経営する食料品店を応援したくなるのです。そういうつもりかどうかは知らないけど、車がない近所の人たち(特に高齢者)がよくこの店を訪れています。

 この小さなお店で一番お気に入りの商品はスロウ゛ェニアの温泉保養地ROGAS’KA SLATINAの温泉炭酸水(瓶入り)、一本0.64ユーロ(90円くらい)。F.V.G.のスーパーではプラスチック製の容器に入っていて120円くらいで売っています。この水の存在を知るようになったのは、消化器系の持病に苦しむ大学院の友人が愛飲していると聞いてから。すごく「温泉!」って感じの味で、飲んだ後とってもすっきりさっぱりするんです。多分ダイエットにもすごく効果的だと思う。普通のミネラル・ウォーターに比べるとかなり高いですが、日本でペリエを買うことを考えればとてつもなく安くておいしい。これがないと思うと帰国が鬱だわ。誰か日本に輸入してくれないかな~。

伝説の男

テーマ:
 学生時代1人くらいめちゃくちゃ変わった人っていませんでしたか?そういう人の記憶って一生残るような気がします。アニマルハウスのジョン・ベルーシみたいに。ゴリツィアの友人たち(30歳前後)にとってはマーリオがそういう男だったんだそうです。現在の大学に通い始めてから何度彼の話を聞いたことか。この伝説の男は現在スコットランド某社のコール・センターに勤務しています。何十通と履歴書を送りつけ、唯一この会社からokをもらったマーリオはイタリアの友達に(タダだから)職場に電話するように言い残して旅立ったそうです。実際に電話してみると”I’m Ma~rio Canosa. What can I do for you?”とイタリア語なまりの英語が。。。若年層の失業が半端ではないイタリアでなんとか仕事を見つけて、働いているマーリオは偉い。鼻声でなんでも2回繰り返す(サルデーニャ人のクセらしい)マーリオの愛嬌のある話し方をゴリツィアのみんなが愛していたそうです。

 彼のことを思い出しながらまず話題にのぼるのは「フレッダ・ゴリツィア(寒いゴリツィア)」というマーリオ作詞作曲の歌。そう彼はミュージシャンだったのです。悪友連中が「マーリオの夜」というミニコンサートをバールやロカンダで企画したそうですが、結局客は来なかったそうです。ただこの歌ゴリツィアの学生の間ではなかなか評判だったらしく、私も気に入りました。歌詞はこんなの。

FREEEEEEDA GORIZIA..

TI RENDI CONTO DI CIO' CHE HAI DETTO?

TI RENDI CONTO DI CHE HAI FATTO?

MA DIMMI PER CHE COSA ESISTI?

UAUAUAUAUUAUAUA

FREEEEEDAAA GORIZIA,

PENSAVO FOSSI UN PO' DIVERSAA...

PENSAVO FOSSI UN PO' PIU GRANDE

DUE FONTANE E TRE CAMPANE

TI VIENE VOGLIA DI SCAPPPARE..

YHEA...YEHEAAAAAAAAAAAAA

ゴリツィアの寂しさを切々と歌い上げています(よね?)。ミュージシャンの彼はポール・マッカートニーの大ファンだそうで、彼を追っかけて行ったロンドンでなんとポールとの握手に成功。そしてその場で気絶。翌日の新聞には「イタリアの学生ポールとの握手に感極まって気絶」との記事が。マーリオはすぐ「感極まっちゃう」のです。例えば、卒業の最終面接では緊張のあまり固まってなんにもしゃべれなくなっちゃった。しまいには教授連中も「どうしましょうかね~」と困惑。サルデーニャ南部の小島で下着の小売りをしているという父親は”Eri come pela cotta(お前、地面にぼてっと落ちた熟した梨みたいだったよ)”と不甲斐ないマーリオを叱責したそうです。

 それ以外にも彼は楽しいエピソードの宝庫。ある日、駐伊米軍に対するマニフェスタツィオーネを見に行ったマーリオが基地近辺で立ちションをしていると、真剣な表情のフランスやアメリカのテレビ取材班がやってきて「これもパフォーマンスの1つですか?」。マーリオは「おしっこしてるだけ」と答えたそうです。他にも、友達に起こされてすぐ外出できるように眠るときに全部服を身に付けてから寝ていたとか、脱いだ服は洗濯機ではなくクローゼットにいれ、2週間くらいすると、「キレイになった」と言って再び身につけていたとか。好きな本の内容は頁にいたるまで記憶していた彼ですが、大学の試験はからっきしだったらしく、全部友達に答えを教えてもらって卒業したという証言も。ここには書けないようなとんでもない話も沢山耳にしました。

 私もクセのある友人には恵まれている方だと思いますが、マーリオはかなりすごい。変人ばっかりのイタリア人にこれだけ強い印象を残していったのだから。


(問題です。どちらがレッチーゾでしょう?解答は下に。)

 を日本では感じません。「ゼロ」です。逆に露出が少し多いときに同性から向けられる非難めいた視線と、異性から向けられる過剰な反応に、幼児性を強いられている気すらします。日本の若い女性は「slutな(だらしない)女」か「きちんとしたお嬢さん」に分けられ、それ以外の「おばさん」と「おばあさん」に性的な役割は期待されていない。ちょっと野暮ったい格好にぺっとりのばした髪の「きちんとしたお嬢さん」がかくも評価される国は日本と韓国くらいでは?こういう信仰がはっきり伺えるのは日本の皇室ファッションや韓国製のドラマです。

 一方イタリアは特に女性にとって「セクシーにみえる」ことがめちゃくちゃ重要な社会です。広告という広告にはセクシーな男女が氾濫していますが、これはルーマニアやフランス、スペイン、中南米などラテン系の国々では大体同じらしい。セクシーかつマリアのごとく優しい母とならねばならないイタリア人女性は大忙しです。完璧な妻、母になろうと頑張って、子供を甘やかし過ぎる傾向があるらしく、その結果イタリアでは子供の肥満と特に男の子のAC(アダルト・チルドレン)化が問題視されています。

 最近はセクシーでエネルギーに満ちた女性を怖がるイタリア人男性も増えているそうで、日本の若い子のように肩の力が抜けた、可愛い幼い感じの女の子が増えているような気もします。それでも基本はやっぱりセクシー!テレビに出るような人であれば、顔や体に随分と思い切った手術を施すのは当たり前ですし、セクシーなおばかさんタレント、レッチーゾは今やイタリアで大人気。ハンガリーから出稼ぎにやってきたポルノ女優が国会議員になったのを覚えている方も多いでしょう。有能かつ美人だけど控えめな体型をしている女性司会者の人気がイマイチなのとくらべると、感慨深いものがあります。

 ある食事会で弁護士をしている所謂「町の名士」が散々このレッチーゾを悪く言うので、「でもそういう女があなたたちは好きなんでしょ?」と聞いたら、きまり悪そうにニヤッとして「うん」だって。納得。最近は大学の先生(女)でも、ももまでズバッとスリットが入ったスカートに、大胆に胸元があいたキャミソール、申し訳ない程度にジャケットを羽織ったような格好の人がいます。ちなみに彼女が講義の中で強調したのは、プレゼンテーションの見栄え。なによりもまず「美しく」と主張するのはイタリア人ならではだなあ、と思いました。容姿の自信は発言内容への自信につながり、その結果プレゼンテーションに集中することができるというのです。「ふ~ん」と納得する部分もあるけど、やっぱりプレゼンテーション直前まで、全身を磨くより原稿をよくする努力をしたい、と思ってしまう私は日本人。

 ともあれ日本であろうとイタリアであろうと、それぞれの価値観に基づいた美のプレッシャー下にあるのは同じことでしょう。日本女性は「白く」「細く」「幼く」、イタリア女性は「黒く」「細く」「若く」「セクシーに」という感じでしょうか。大きく異なるのは日本では一定の年齢に達すると中性的な「いいおばさん」になるのを求められるのに対して、イタリアでは一生セクシーであることを求められるという点です。日本で中年になってキレイにすることを止めてしまっても、のほほんと幸せに生きて行くことができます。一方イタリアであまりセクシーにしていない女性は、貧しくて格好にお金が回らない人か、強い意志で仕事に打ち込んでいるような人にきっちり分かれるような気がします。北に比べて保守的な南部の社会についてはよく分かりませんが。

 こういう現実が良いのか悪いのかは別にして、それぞれの社会慣習に適応すべく日々美を磨く多くの女性のヴァイタリティにびっくりさせられる毎日です。

(解答。当然右です。)

La’ di Madot (di Mauro ed Ennio Driutti)

テーマ:
 昨日は豚の日で、今日はアグリトゥーリズモの日。胃壁が鍛えられそう。というより確実に巨大化しそう。
 行ってきたのはフリウーリ農家のロカンダ。Palma NovaからCodroipoへ向かう途中、Rivoltoから左折しLoncaへ。Villa Maninから2kmくらいだそうです。店内は8時くらいにはイタリア人で一杯になりました。大繁盛している割に店員は気配りが効いていてとっても親切でした。料理はこってりしたフリウーリ料理で、自家製のサラミやソーセージ、brovada(カブ入り)、muset(コテキーノ・ソーセージ入り)などがでんっとでてくる、いかにもフリウーリ農村の店です。ワインはCabernetが合うとおもいます。場所が少し辺鄙だしメニュがないので、車があって、イタリア語を解する人がいるならとても良い店だと思います。
 F.V.G.の日本人会(そんな組織はありませんが)で行ったのですが、みんな気のよい人たちで沢山笑って食べて飲んでとても楽しかった。海外に住んでいる日本人同士はどことなく疎遠になるケースもあるみたいだけど、こういう風にそれぞれ頑張っているオープンな方々となら同郷ネットワークも上手く機能するような気がしました。
 あとこの店で初めて「あ、これならイけるかも?」というグラッパに出会ったので、今後少しずつ色々試してみようかな、という気になりました。
Via Santuario, 48, Lonca di Codroipo, tel.:0432-908029
(ladimadot@inwind.it)

イタリアのテレビ

テーマ:


(写真はI fantastici cinqueのゲイ5名)

 といえば、セクシーな踊り子(女も男も)が脈絡なく出てきて色香を振りまくバラエティ番組が有名かもしれません。テレビニュースもほとんどバラエティの延長みたい。とちりなんて当たり前だし、原稿をぶんぶんと振り回しながら必死に読んでるアンカーもいる。天気予報はミニスカートのモデルのような素人の女の子が伝えてくれるし、アンカーは政治信条を丸出しにするし、女性アンカーは胸元を気前よく開いてくれます。すごいのは4chのアンカー。天気が悪くなる予報が伝えられると、「コムニスタ(共産主義者)が喜ぶだろうよ!」だって。彼は根っからの右翼でベルルスコーニの肝いり。一説によるとカジノの負けをチャラにしてもらった恩義があるとか。そういえば政治討論番組では左右両翼の政治家がお互いをのしりあう泥仕合。特に似非ナショナリストみたいなのが番組中に混乱してよく取り乱しちゃうんですが、なんでこんなにみっともないことを平然とできちゃうのかな~と思うと同時に、やっぱりこうやって人間的な部分をさらけ出すことに共感しちゃうイタリア人が多いんだな、と納得。ちなみにNHK以上に真面目なニュースを流すドイツの1chをみると、アルプスの南と北でどうしてもこうも違うのか、と不思議で仕方なくなります。そういえばトレンティーノのドイツ人に「ドイツのお笑い番組ってどう?」と聞いたら「真面目なんだ」って答えが返ってきた。その場にいた全員大爆笑でしたね。

 私の一押し番組はblob。毎回モザイクのようにニュースと様々な映像、音楽をちりばめ、社会性のある主張を番組として押し出している、遊び心に溢れた骨のある番組です。例えば、政治家の人種主義的発言の後にはナチスを彷彿させる山岳地帯の民族舞踊の映像。教条主義的なお坊さんの説教の後には、アメリカ映画から「もう聞きたくないわ」という女優の台詞、あるいは発狂した演技をする俳優の叫び声、という具合です。ヨーロッパのショートフィルムはただキレイとか面白いだけではなくて、主張とかひねり、毒気といったスパイスが効いているんですよね。

 家族団らんで見るStriscia la notiziaの1コーナーで、サッカーのスタジアムで見られる横断幕を紹介する企画も面白い。サポーターにとっておらが村のチームは彼らのアイデンティティそのもの。お互いに郷土愛をむき出しに、皮肉を言い合ったり、時には神妙になったりして面白い。ミランとの試合の際、大量のリヴォルノ・サポーターがバンダナをしてきたことがあったんです。というのもミランのオーナーだったベルルスコーニが増毛したとき頭をバンダナで隠していたのを皮肉ったわけ。ブラジルチームがやってきたときには「オレたちみんなお前らを見るためだけにここに来た」という謙虚な横断幕もあって笑いました。ちなみに番組のぬいぐるみが「べあべあっ」とかジェノヴェーゼみたいな方言を時々口にするのもかわいい。

 あと最近始まっておっかしいのがI fantastici cinque(素敵な5人)という番組で、様々なスペシャリストであるゲイ5人衆が主役。毎回「素敵」になりたい一般人を5人のアドウ゛ァイスで大変身させ、一回きりのパーティのみならず、その生活態度を根幹から鍛え直す、という番組です。内容はばかばかしくてみてらんないけど、ゲイの5人がチャーミング。日本でも出来そうな企画ですよね。もうあったりして?これに限らず、お笑いに関してはかなり日本の番組に近い印象があります。昔はもっとコテコテしていたのに、最近の若い芸人を見ていると日本と大差ないです。これもグローバリゼーションの一断面か?

 さらに映画好きの私にとってこたえられないのは、日本では衛星でしか見られないような作品まで普通のテレビで見られちゃうこと。フランスやイギリス製のドキュメンタリーもよくやってますし。3ch深夜は小津安二郎とか日本の古い映画まで。あんまり興味はありませんが、音楽祭にも海外からがんがん人気歌手を呼ぶし。さすがにサン・レモにエミネムが来たときにはびっくりしました。ともあれイタリアでは日本よりかなり気前良く番組を制作している印象がありますし、「セクシーなばっかりでなんにも面白くない」というイタリアのテレビ番組評はちょっと偏向しているような気がします。

豚の日

テーマ:
 今日は昼も夜も豚三昧だった。まずはトリエステで豚。昼から豚。とろ~んとした豚のほほ肉、足の柔らかさにびつくりでした。お腹や肩、首の肉も勿論おいしく頂きました。舌(牛)以外は全部豚。豚型の大きなお皿にのせられて運ばれてきました。カラシとショウガをこんもりかけてもらい、赤ワイン半リットルにパン、ザウアークラウトなんかも付いて2人で25ユーロくらいだったと思います。しかし足のゼラチン質が多いこと多いこと。美容上最高かもしれません。お客はスロウ゛ェニアの団体、1人で来ているおばあさんが2人、学生、近所の銀行員(多分)などなど。ここが好きで毎日通っているって人が多そうです。こうやって店先で豚を煮て、色んな部位を食するという形態はボヘミア風らしいのです。当然オーストリア帝国時代のなごりといえます。多民族国家の伝統を守ってか、ウェイターはイタリア語の他、スロウ゛ェニア語やセルビア語など数カ国後を話すようです。19世紀末にオープンして以来2度だけ所有者が変わったといい、店は昔から変わらないそうです。お店は金融街にあって、超有名です。
 夜は知りあいのgorizianoとグラディスカ・ミニ観光ついでにMulin Vecioという店に行ってきました。こちらも30,40年間なんにも変わっていないという豚屋さんです。入ってびっくりなのは天井からぶら下がる銅鍋とか色とりどりの紙の装飾です。誰かの誕生日パーティでもやっているのかと思いました。メニューを選択する余地はどうやらなく、サラミとかプロシュット、熟成されたチーズがどさっと大きなプレートに載って出てきます。一緒に付け合わせの酢漬けやオイル漬けの野菜とワインももってきてくれました。店主はオーストリア時代を懐かしむ猟師(曰くこっちが本業)で、客は皆常連。ゴリツィア地方で最も有名な店の1つで、グラディスカを訪れる政治家、ビジネスマンなどなどが必ず連れて行かれる店らしいです。脂っぽい豚をまたここでも食べてしまいました。
 というわけで今日は思いがけず同系統(オーストリア風)の豚の店に連続して行ってきた豚の日でした。家に帰ってから、ふと同様の店がゴリツィアにもあることを思い出しました。この店では脂身がしっかりついたパニーノ向けの豚肉を揚げたり、焼いたり、茹でたりして、チーズや野菜と一緒にパンに挟みます。1つ1.2ユーロなんだけど、1つ1つ本当にしっかり作ってあります。イタリアのパニーノにはもううんざり、という話をよく聞きますが(わたしもそう思っていましたが)、この店では未だにおいしくパニーノを楽しんでいます。ゴリツィアのCCIAA近く、Corso Italiaと平行して走るvia Carlo de Morelliまで行って、paninoteca austriaca(オーストリア風のパニーノ屋さん)と言えばすぐに分かると思います。ご主人もオーストリア風の出で立ちでいることが多いです。
 そういえば近くの職場の人たちみんなが集まる店、低めの価格設定という点でもこの3つのお店は共通していますね。