財産 | 月 の なずな

月 の なずな

「・・・まあ、いいか」と暮らす毎日。

認知症が進んで

言葉も殆どを忘れ

生活動作の全てに介助が必要になり

それでも

デイサービスと

訪問介護を利用しながら

在宅生活を続けておられる方がいる。


けれど、この方

好きな人と嫌いな人はちゃんと分かる。

好きな人といると本当にニコニコとニコニコと

終始笑顔でいるのに

嫌いな人には視線も向けない。


歩くことも食べることも忘れてしまい

放って置かれれば多分そのまま死んでしまうのだろう、

そんな状態でも

好きな人といる笑顔は

そんな状態だけに嘘がなく

感情というものは最後まで残るのだと

人間の不思議を思う。


記憶に残っているわずかの言葉の中に

「寒い」「痛い」「怖い」

「ありがとう」

「あなたきれいね」

「かわいい」

「大変ね」

などがある。



よくわからないけれど

痛い、寒いなどの

感覚を表す言葉が残るのは自然な気がする。

本能的に必要な言葉だと思う。


ご本人様お若い時から優しい女性だったのだろう。

多分その時から言っていた言葉として

「きれい、かわいい、たいへんね」

も残っているのかもしれない。

これも感覚的な言葉といえば言えるかもしれない。


でも私は個人的に

「ありがとう」が残ってるのが凄いと思う。

感謝の気持って感情の中でも

形成するのが難しいというか高度な気持ちではないかと思うのだけれど

ちゃんとそれが残っている。


このかたの「ありがとう」はそれ以外の何物でもなく

本当に純粋に「ありがとう」なのである。


そして「ありがとう」と言いながら涙を浮かべることもある。

単純な私は一緒に笑いながら涙がでることもある。


人間は感情に動かされる動物なので

この「ありがとう」で介助する周りの者がどれだけ

救われているかわからない。

笑顔とありがとうは

彼女にとって最大の最後の財産である。