「こんな漢字が読めるもんかっ!」と言いたくなりそうだが、文脈から判断できなくもない。

柴田錬三郎「平家部落の亡霊」という作品の初めの方に

 「おお、怕い!」
  肩をすくめてみせ乍ら、とよは、笑った。


という文がある。

「乍ら」という表記も、今日では「ながら」と記される方が多いかもしれないが、私が着目したのは「怕い」の方である。

今日では、さすがにこんな表記は珍しいのではあるまいか。

そもそも、Windows IME で [こわい] を変換しようとしても、[怕い] は変換候補に出て来なかった。

では検索してみようと思ったものの、 という漢字の偏が [リッシンベン] であるということが思い出せないという体たらくでは ・・・ (笑)


という文字は "おそれる/心配するなどの意味をもつ漢字" (→ mojinavi [])である。

そこから「怕い」に [こわい] という読みを当てたのだということが分かった (告白すれば、そこにはフリガナが付してあったのではあるが)。


その小説の出だしの舞台は "飛騨の、平湯から高山市へむかって下る山中" である。

地方色があって、そういう興味も抱かせるので、テレビのサスペンス・ドラマみたいな趣もあるのが面白い。


* 引用は『第8監房』(ちくま文庫、2022) によりました。


* 平湯温泉は武田家家臣の山県昌景が飛騨攻めの際に猿に導かれてつかった温泉だという逸話が残るとのこと。憶測だが、昌景は背の低い醜男だったと伝えられているそうだから、小説の終わりの方に出てくる化け物じみた男のイメージは、あるいはそんなところからヒントを得た可能性もあるのではあるまいか。