美人草 [ビジンソウ] なんて、面白い名である。

ヒナゲシの異名だと辞書 (コトバンク [美人草]) にある。

ただし、別の植物の異名でもあるから、ご用心。

牧野富太郎の「美男かずら」という文(河出文庫『わが植物愛の記』2022 所収)に

 これは無論女がおもにそうしたろうから、美女カズラの名がありそうなもんだが、そんな名はなく美人草の名のみがある。

とあるように、美人草 というのは 美男葛 [ビナンカズラ] の別名なのだ。

若い枝蔓の内皮に粘りがあるので、古人はそれを水に漬けて、髪を梳[くしけず]るのに用いたらしく、牧野富太郎は「女がおもにそうしたろう」から、美男葛 ではなくて 美女葛 の名でもよいのになぁと述べているのである。


コトバンク [真葛・実葛] には、見出しの読みとしては [さねかずら] を採用しているが、牧野富太郎は

 私の考えでは、恐らくサネカズラが古今を通じた名であって、サナカズラと昔いったというのは、それがナニヌネノの五音相通ずる音便によって昔どこかでサネカズラがサナカズラになまったのではなかったろうかと思う。

と述べているのだが、植物学者が国語学者じみた説を述べているのが面白い。


* "五音相通" なんて用語は、高校の古文の先生が、自らの出身地の地名について、そういう説明をされたことがいまだに記憶に残っていて、それを思い出した。

* 一昨日に書いた [人皇] の中で、河出文庫の牧野富太郎『わが植物愛の記』の中に出てきた「御字」という表現に引っかかるものを感じたということを記したのだが、この「美男かずら」の中の「今月では近江分になっている」という文の「今月」は、さすがに「今日では」の誤りだろうと思う。