泉鏡花の 「城崎を憶う」 というエッセイの中に

 第一、馴れた家の中を行くような、傘さした女中の斜な袖も、振事 のようで姿がいい。

という文があった。

振事振り事 である。

が、振り事 とは何のことなのか、それが分からない。


手元の小さな国語辞典を引くと 「所作事」 という語義が示してあった。

今度は、その 「所作事」 というのが分からない。

改めて 「所作事」 を引く。

歌舞伎の、音曲に合わせて踊る 踊り のことらしい。


すると上に引用した文は

 「雨の降る中を、私を露天風呂まで案内してくれている宿の女中の、その着物の袖が斜めになった具合が、まるで歌舞伎の踊りを連想させて、なかなか趣がある」

といったふうなことを述べているのだろう。

実際に歌舞伎というものを見たことのない私でも、想像して、何となく情緒を感じる。


何気なく読み始めたので、具体的な場所が分からない。

タイトルが 「城崎を憶う」 とあるので、城崎 は地名なのであろうとは思われた。

Wikipedia に [城崎温泉] という項目があったから、これであろう。

また、初めの方を見返してみると

 温泉の町の 但馬 の五月は、爽であった。

という文があった。

この 但馬 は、山陰道に属する古い国名である (古事記にも出ているそう)。

城崎温泉は兵庫県豊岡市城崎町にあるとのことだから、但馬の一部である。

これで場所が特定できた。


ところで私は 城崎 をうっかり [しろさき] と読んでいたが、Wikipedia を見ると [きのさき] となっている。

「これはひょっとして ・・・」 と思った。

志賀直哉の作品に 「城の崎にて」 というのがある。国語の教科書に出ていたように思う。

あの 「城の崎」 だな。

電車にはねられた志賀直哉が、療養のために訪れた温泉地である。