「ララピポ」などが映画化され、「空中ブランコ」で直木賞をとった
奥田英朗の「インザプール 」(←過去記事)
その中にも携帯依存の高校生が主人公の話がある。
あまりに携帯ばかりいじって、携帯を取り上げると手が震える雄太。
そんな雄太を見て、おかしいと思って精神科に行かせる両親
受診したのは伊良部総合病院の地下にある怪しげな精神科。
そこにはとんでもない精神科医、伊良部一郎が待ち受けていた
肥満体でニヤニヤ笑い、マザコンで注射フェチである
携帯中毒の高校生の雄太の話を聞いて
携帯電話を持っていない伊良部は、雄太から携帯を借りて
物珍しげにあれこれボタンを押す
挙句は「110番、してみようか」などと言い出す
翌日には携帯電話を山のように買って来て、
雄太と無理やりメル友になってしまい、
どうでもいいメールばかり大量に送ってくる。
人から良く思われたい、仲間外れになりたくない、いつも誰かと絡んでいたいという思いから
バイト代をつぎ込んで新しいCDを買っては友達に自慢半分に貸してやったり、
表面的な友達を集めては安心している姿は、読んでいて痛々しいほどの滑稽さがある
常に携帯を手放さず、スケジュール帳が白いと不安になって仕方がない、
必死に携帯にすがっている雄太に、看護師のマユミは携帯なんか持ってないと言う。
挙句、伊良部には「携帯捨てたら連絡取れなくても死ぬわけじゃない」と軽く言われる。
そんなこととても雄太には考えられない しかしこの時点ですでに雄太は、
自分が過度に携帯に依存しているということを、自分で認識できていない
最後はなんとなく、何かが解決したわけでもないのに、ホッとさせられる結末だが
携帯の電波が届かないことが不安で、たった30分も圏外になるところにはいられない
地下街は歩けないなんて話を聞いて、びっくりしたことがあるけれど、理由は圏外でいる間に
友達同士が自分を置いてどこかに行って楽しんで、仲間外れになるのではないかという
なんだか呆れるくらい幼稚な理由だったのに、さらにびっくりした
そんなことで壊れる友情ってなんなんだろうかそもそもそれは本当に友情なのか
そんなことを考えさせられる短編小説だった
ブログネタ:地下に3時間いた後、地上でメール&着歴なかったらどう思う?
参加中
携帯は今や電話としてだけでなく、、テレビ、デジカメ、ミュージックプレイヤー
スケジュール帳、電話帳などにもなっているから、私もなくしたら大変だ
でもメールが来ても放置しておくこともあるし、運転中には無視するしかない
来たメールに即座に返事するかどうかも、とっても気まぐれである ゆえに
相手がすぐに返信して来なくても、それで不安になることもない
もちろん急いでる時や緊急時は別だけれど
だから3時間地下にいて、地上に出てすぐに携帯をチェックさえしない私にとって、
そんなことはなんとも思わないし、むしろ何事もなくてよかったという感じである。
どんなに便利な道具であってもそれを使うのは私達人間である
道具は道具であって、上手に使ってこそのものであり、
その道具に振り回されるのは本末転倒ではないかという気がする。