2年間の振り返り

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ミクロネシア環境教育隊員ブログ 2年間の振り返り

これをもって本ブログを終了します。これまでブログを読んで下さった皆様に心からお礼申し上げます。ありがとうございました。
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先月の終わりに、任国外旅行としてフィリピンに行ってきました。

JICAの規定により、ミクロネシアから旅行で行けるアジアの国はフィリピンとインドネシアのみということもあり、今回で3回目のフィリピン旅行。これまでの2回は滞在期間も短く首都マニラ周辺しか行ったことがなかったため、今回はアニラオ、レイテ、セブ、ボホールとフィリピンの名所巡りをしてきました。

いやぁとにかく楽しかった!!フィリピンがますます好きになりました。

ブログに書きたいことは山ほどあるのですが、それを書きだすと誌面が足りないため(笑)、本ブログ名に従って、ごみに関することに絞って見てきたことを伝えたいと思います。
※その他の場所については、以下のリンクに写真を掲載していますので、興味のある方はご覧ください。

the Philippines! (facebookページにリンクします)




私がフィリピンに初めて来たのは2009年の年末。特にこれといった理由もなく、友人に誘われたために訪れました。そして、その友人の伝手で、現地に長く滞在している日本人にマニラを案内してもらいました。

その時にとにかく感じたのは貧富の格差。

マニラには東京に匹敵するほどの高層ビル群があり、道路もしっかりと整備されており、現地の人たちが乗っている高級車を良く見かけました。一瞬、「私はどこにいるんだっけ」という感覚に陥いったのを覚えています。

その一方で、ほんの少し場所をずらせば貧しい人たちの姿。
道を歩けば大人からも子どもからもお金をたかられ、暗くなれば道の上で家族でダンボールを広げて寝ている姿を多く目にしました。そして、ごみが置かれている場所では必ずといっていいほど見かけるごみをあさる人たち。

同じマニラの中で、これほどの大きな違いは何なんだろうと衝撃を受けたことを強く記憶しています。

それから連れて行ってもらったダンプサイト。ここは埋め立てているごみが発酵してメタンガスが発生し、至る所で煙がもくもくとあがっていることからスモーキーマウンテンとも呼ばれています。ダンプサイトでは、ごみの中からお金となるものを拾い集めるいわゆるスカベンジャーと呼ばれる人たちがおり、その多くはそのダンプサイトの上に小屋を建てて生活をしていました。

当然、衛生状態が良いはずはなく、肺炎やマラリアなどの深刻な病気にかかる人が多くいます。また、子どもや女性もこの作業に従事し、幼くして命を経ってしまう子たちも多くいます。
また、2000年には大雨により土地が崩落し、300名以上の人々が生き埋めとなる悲惨な事故もありました。
(ドキュメンタリー映画「忘れられた子供たち~スカベンジャー」に彼らの実際の生活が詳しく取り上げられています。)

ちょうどその当時の私は、国際協力に興味を持ち始めた時期で、「何かやりたい!」という気持ちはあったのですが、その肝心な「何か」が見つからず、自分に何が出来るか、何をしたいかをあれこれ暗中模索していた時期。そのような時にフィリピンのこうした現状を見た時に、それまで市役所で従事していたごみの仕事とクロスし、「これだ!」と自分の中で一筋の光がさしたことを覚えています。
今、こうして私が青年海外協力隊として活動しているのも、振り返ればここフィリピンでの体験が原点となっていました。


と、ついつい数年前の想いが込み上げて来て前置きが長くなってしまいましたが、、、
今回の様子を数々の写真と共に説明していきます。
(今回はストリートチルドレンや家庭に問題がある子どもたちを対象に活動している現地NGOカンルンガンに深く関わっておられる日本人の方に案内してもらいました)

まずはこちら。

海とごみとチューク生活-people living on closed dumpsite

既にごみが満杯となり閉鎖されたダンプサイトで10年以上が経ちますが、ここにも生活をしている人たちがいました。

話を聞くと、地方から仕事を求めてマニラに来たが、仕事が見つからなかったためにここで生活しているとのこと。政府にはもちろん無届。

現在はこの土地でいくつかの作物を栽培して収入を得ており、「マニラに来たって結局は地元でやってたことと変わんないや」と笑っていました。



海とごみとチューク生活-apartments which people were forced to move to

かつてダンプサイトで暮らしていた人たちが移住させられたアパート。20棟(??)ほどあるそうな。ダンプサイトでどれほど多くの人たちが生活していたか推測することができます。



海とごみとチューク生活-another closed dumpsite

別の閉鎖されたダンプサイト。

海とごみとチューク生活-garbage truck

その先で、ごみ収集車により、ごみが運ばれていました。(ごみ収集は廃棄物公社が担っている)

海とごみとチューク生活-bring out garbage to dumpsite by ship

少し分かりづらいのですが、真ん中に写っている船。私が4年前に来た時にはこの場所にごみを埋め立てていたのですが、とうとうごみの埋め立て場所がなくなり、今ではこの船でごみを対岸へと運んでいるのです。



海とごみとチューク生活-community next to the closed dumpsite

その周辺には大きなスラムが。ここも政府には無届で生活しているのですが、フィリピンの最小行政単位となるバランガイのオフィスもしっかりとあったのがフィリピンらしいところ。

海とごみとチューク生活-young girls

ここではこのように、若い女性たちが楽しそうにおしゃべりをしており、

海とごみとチューク生活-karaoke

昼間からカラオケで熱唱する男性を見かけるなど、他のコミュニティと変わらない光景が。家にはテレビが設置されているところもいくつかありました。



海とごみとチューク生活-junk shop

そしてジャンクショップ。1kgあたりで、アルミを50ペソ(140円程度)、ペットボトルを23ペソ(70円程度)と日本に比べて高い金額で買い取っていました。ここで引き取っている資源物に関して、基本的には国内でリサイクルができる施設があるとのこと。

なお、この日は特に暑かったせいか(この時期は乾季で4月は1年の中で最も暑い!)、私たちがいた昼間の時間には働いている人はあまり見かけませんでした。



海とごみとチューク生活-collect scrap wood for some business

廃材をこのスラムへと運んで来る人たち。
これは最近始まったのだそうですが、木炭づくりの原料としているとのこと。

海とごみとチューク生活-houses for making charcoal

こちらがその家々。見て分かる通り、煙が立ち上っています。
木炭づくりの作業工程は以下の通り。


海とごみとチューク生活-set scrap wood

まず、廃材をきれいに並べ、積み上げていきます。

海とごみとチューク生活-smoking

それからまわりをトタンで囲い、燻製。空気の通り道を作ってやることがコツのようです。

海とごみとチューク生活-leave it for a few days after stop smoking

24時間体制で火の加減をチェックしながら数日かけていぶした後、水をかけて消火します。その後さらに数日そのまま寝かせます。

海とごみとチューク生活-complete!

そうして出来た木炭。
フィリピンでは、調理などで火が必要となる時に木炭を使用している家庭が多く、木炭は貴重な燃料。

このように1週間ほどかけて、8平方メートルほどのスペースで3000ペソ(約7200円)ほどの収入になるとのこと。
この一帯はみな木炭づくりに使われており、工場のようでした。



そして、最後に2枚の写真。


海とごみとチューク生活-many houses were removed

このスラムは海沿いに位置しているのですが、案内してくれた方によるとここにはつい最近までぎっしりと住居となる小屋があったとのこと。それが見るも無残に撤去されていたのです。

その場にいた住民に話を聞くと、最近海面も上昇しており、台風が来たときなどここは危ない場所になるから、政府により住居が用意され移住させられたとのこと。しかし、その場所はここから遠く、行っても仕事がないため、出来ることならここに住み続けたいとおっしゃっていました。

フィリピンはマニラにしか仕事がないことが、大きな問題となっています。



海とごみとチューク生活-kids are swimming in the sea where trash is floa

今回、最大の衝撃を受けた光景。

大量のごみがプカプカと浮かんでいる海で子どもたちが海水浴を楽しんでいます。
チュークでも私から見て汚いなぁと思うような海で泳いでいる子どもたちの姿を見ていましたが、ここは次元が違いました。実際、ここに住んでいる子どもたちの中には、体の中に傷口などから回虫が入り込んだことが原因でお腹を膨らました子も多くいるようです。

大人も含めて本当に楽しそうに海を楽しんでいる人たちを目の前に、正直言葉が出ませんでした。



以上のように、私たちからすると悲惨とも思える環境の中で生活をしている人たちを、実際にこの目で確かめてきました。

今回の訪問を通じて強く感じたのは、その様な環境の中でもたくましく生きている人たちがいるということ。それに比べれば、私の現在の生活がどれほど恵まれていることか。ちっとやそっとのことで嘆いてなんていられないなと彼らから励ましをもらいました。

さ、頑張ろっと。
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