二人のメイド | マハカム河のほとりで ~インドネシア熱帯雨林滞在記~

二人のメイド

 スミアチの夫、スアミイから電話があった。「ミストールにはお世話になった。官舎が空いたので入居できる。スミアチをこれから迎えに行く」と。すでに予告があったらしく彼女は引越しの準備を終えていた。傍らでサリアムがベソをかいている。開くと、「サリアム心配」と言う。用法に誤りはあるが、彼女たちが覚えた数少ない日本語の一つだ。しばらくして、スアミイが、軍隊の勤務あけに内職をしているビスタクシーを運転して荷物を運びに来た。サリアムは荷運びを手伝いながらも、まだ泣きじゃくっている。そういえば、矢幡リーダーからこの借家を引き継いだとき、伯母がこの家のメイドをその時点で辞めたので一人ぼっちになり、スミアチが他家から転職してきたのだ。サリアムは彼女から妹のように可愛がられて来た。一人になるのが淋しいのだろう。その場で私は「もう一人ペンバンツウに来てもらうから」となだめた。

 昨晩、スミアチを部屋に呼び、7月分給料、これと同額の退職金、謝金を渡し、これからの予定を聞いた。「1週間後にジャワの実家に帰り、7才の長男を連れてサマリンダに戻り、12月頃にお産をする」という。「健康に暮らし、丈夫な赤ちゃんを産みなさい」と励ましておいた。

 わが家の前には小学校があるのだが、新学期のある朝、父親の自転車の背に乗り登校してきた一年生の男の子が、子供を降ろして帰りかけた父親の後を泣きながら追いかけたことがあった。その時、私を玄関まで見送りに出ていたスミアチが泣き出した。おそらく、彼女は親元に預けて来ている我が子のことを思い出したのだろう。

 早婚はインドネシアでは珍しいことではない。スミアチはジャワで先夫と別れたのが15才の頃。過密人口のジャワ島からボルネオ島に出稼ぎに。サマリンダで再婚した。まもなく、長男を連れ帰りサマリンダで新しい家庭を築く。大変だなあ、と思うが、この国では、ごくあたりまえの人々の暮らし。

 翌日、サリアムの希望を汲み、岩田宅を退職して、一度ジャワに帰っていたノルをスミアチの後がまとして雇うことにした。



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