◆掃き溜めに舞い降りたのような一家◆

 

 

その家族がいつ頃から我が家の近くに住むようになったのか

なんでこんな貧乏を絵に描いたような長屋にいたのか…不思議だった

 

 

私は終戦の一カ月前に広島で生まれて

3歳で父の故郷へ戻ってきたものの

住む処も無く、ようやく見つけた長屋集落で19歳までいたけど

その家族を知ったのは…いつだったのか…覚えていない

 

 

この世の人達とは思えない

現実の世界に生きているとは思えない、それは優雅で美しい家族だった

 

お父さんはいつも中折れ帽をかぶって、背広に自転車で町の銀行に勤めていた

当時で言えばエリート

お母さんは色白のツルっとした顔の女優のような人で

割烹着を着ていなければ、明治時代の鹿鳴館あたりドレスを引きずりながら

華麗にダンスをしているのが似合うような人だった

 

両親は煩雑な長屋の近所付き合いは無く、生活感が全く見えなかった

近所の人達は

昔は由緒ある家柄の人やったんやろか…?

もしかして平家の落人の子孫とちゃうか…?

などと勝手な想像をしていたけど、本当の事は誰も知らなかった

 

両親とイケメンラブラブ3兄弟と、真ん中に女の子

たった一人の女の子のチエさんは

小さい頃の事故で、一人の世界にいる人だった

 

 

え?…我が家と全く同じ家族構成

違うのは、我が家には眩しいほどのイケメンがいなかった事だけ

 

 

長男  ユズルさん  笑っているのを見た事がない端正な顔の真面目そうな人

 

次男  マコトさん  一番親しみ易い顔立ちで、出会うと挨拶をしてくれた

 

長女  チエさん  目が大きくて怖いほどの美人さん

 

問題の三男  博っちゃん  アラシ?ニノ君も逃げ出しそうな美男子

日曜日の夕方にはピンクのシャツを着て、窓辺でギターを弾いていた

博っちゃんはもう社会人で、姫路の工場で働いていた

 

 

 

◆待ち伏せ◆

 

高3になったばかりの夏の或る日

私は早朝5時から店の仕事を手伝い、いつものように

あ~~~~~今日も遅刻やぁ~~~!!!!!

と、自転車自転車をすっ飛ばして米屋の角を曲がりかけた時

突然現れた黒い影に慌ててブレーキを絞めた勢いで

自転車もろとも道路に投げだされた叫び

 

黒い影は博っちゃんだった。。。

 

自転車を起こしてくれた博っちゃんは、いきなり米屋の壁に私を押し付けた

 

 このシチュエーションって

どう考えても💓💓💓だと思うじゃないですかぁ

コクハクかと思ってドキドキ飛び出すハート紛らわしいったらえー

 

 

 

 

 

オレ 東京へ行くことにした

 

知ってる。。。聞いた。。。

 

チエのコトありがとな凝視

 

と言って

 

後ろ手に持っていた紙袋を私の手に押し付けて

 

はよ行かんと遅刻するで!元気でな…

と手を振った

 

言われんてもシッカリ遅刻や。。。

 

 

 

 

 

◆紙袋の中身に悩む◆

 

学校の正門から入ると15分は余分に時間が掛かる

赤穂の城跡に建っていた高校は

隅櫓を右手に太鼓橋を渡って、大石内蔵助邸の前を走り

一番奥のお掘に囲まれた、亡霊おばけが出そうな古い洋館の校舎に辿り着く

 

今日も遅刻だなぁ~と思ったら、お掘の崩れた所から入って

自転車を投げ捨てて教室へ走ると15分は稼げる

下校の頃には自転車は何事も無かったように、自転車置き場にある

 

教室に入っても、博っちゃんに押し付けられた紙袋が気になって仕方がないけど

袋を開ける勇気がない…

何度も何度も開けようとしても開けられない

その日はどの授業も記憶が無く、体育は保健室へ直行。。。

 

何日か鞄に入れたまま持ち歩き

ようやく勇気を出して薄い箱を開けてみると

 

それは

 

 

カボチャの馬車の前にシンデレラ乙女のトキメキが立っている…壁掛け

なんで…キョロキョロ

ほんまにただのお礼やったんやショボーン

ちょっとガッカリで、ちょっとホッとしたような複雑な出来事だった

 

近所の年頃の娘がいる家の親は

博っちゃんの存在を恐れて、夜になると娘は外に出さない

私もそうだった、夕方以降は八百屋へ行くのも弟が着いてきた

 

コレはお母ちゃんに見せられへん。。。

 

母が私の部屋の掃除をする事はなかったけど

アッチに隠したり、コッチに隠したりの毎日で気もそぞろだった

 

博っちゃんがいなくなって

やっぱりシンデレラの事は内緒にできないと決心をして

母に 博っちゃんにもろたんやけど。。。

 

母は知っていた…心配だったろうなぁ…

何で私に何も言わなかったんだろう。。。

 

 

 

◆目撃者がいた◆

 

あの米屋が見える処で小さいホルモン屋をしていた

遠縁にあたる喋りのオバサンがすぐに母にご注進だったとか

 

博っちゃんとはピンクハートではないけど、長屋の住民が自由に使える畑が隣同士だったので

お互いに収穫を手伝ったり

チエさんの日光浴のために畑に連れ出す手伝いをしていたので

そんなところを見ていた人達の噂になっていたらしい無気力

 

シンデレラは、19歳のクリスマスクリスマスベルの早朝の火災

私の部屋の壁に架けられることは無いままだった。。。

 


 

◆黒いダットサンで帰省した博っちゃん◆

 

 

1年後の夏

高校を卒業した私は、イヤイヤながら家の近くの会社に就職していた

初めてのお盆休みの昼下がり、ぶらりと八百屋へかき氷カキ氷を買いに出かけた

突然大きな音がして、店の前を土埃りを巻きあげながら

黒い大きな自動車が走り抜けた

 

おじいちゃんあぁ、博っちゃんが帰ってくる言うとったなぁ

何やらダットサンとか言う自動車らしいで

 

私は慌てて店の奥に隠れた

博っちゃんの家の前からダットサンが消えるまで

私は外へ出る事も無く

クッソ暑い部屋で扇風機を抱え込んで過ごしていた。。。

 

 

ただのお礼だったらしい

博っちゃんの壁ドン!より、もっと現実的で悩ましい

修学旅行の宿泊ホテルの庭の

白樺ドン!!の方がよっぽどショックだった。。。

 

高2の3学期の修学旅行は西四国と北九州だった

四国から大分県へ渡る豊後水道波が荒くて

船はモミクチャになりながら

みんなアッチへゴロゴロ、コッチへごろごろ

殆どの生徒は船酔いで青い顔をしているなか

船に慣れている私だけは平気だった

家には父の釣り用の木造船があって

父は日曜日になると、私を連れて釣りに行く

足が悪かった父は私に櫓を漕がせていたので

櫓を漕ぐ少女だった私は船酔いをする事はなかった

 

大分・別府の宿は街中ではなく城島高原ホテル

ホテルの周囲には高原らしく白樺の樹がアチコチにあって

高校生には不似合いなロマンチックなホテル

 

 

◆白樺ドン!◆

 

ホテルに到着して部屋割りも落ち着いて

夕食までの自由時間に野球部キャプテンT君のお使いが来て

庭に呼び出された私は、仲良し4人組みんなで行った……ら

相手も2人の男子が後ろに控えている

まるで生意気な高校生の決闘のような雰囲気に。。。

 

 

き、来てくれて有難うあせる

 

と言うなり、後ろの白樺の樹にドン!

 

オレと付き合ってくれへんあせる

 

手が顏の上?と言うことは

近い!近い~近すぎるびっくり

 

 

わたし…まだそんな事考えられへんから…ゴメンショボーン

 

あっけなく終わった白樺ドンびっくりマーク

 

翌日の別府地獄めぐりは上の空

なんか、ボコボコいってるドロドロの池や、赤い色の池とかあったようだけど

前の人に着いていきながら、4人は昨夜の事で地獄どころじゃなかった

 

なぁなぁ…高校生が付き合うって何をするんやろ?

映画館も喫茶店も出入り禁止やし…

 

サイクリングとか行くんやろかなぁ…

 

 

サイクリング自転車サイクリング自転車ヤッホー!ヤッホー!

 

って…そんなんみんなで行った方がええやん

私、家の仕事もあるし…そんなことしてられへんわぁえー

 

問題ばっかり起こして(巻き込まれる)しょっちゅう職員室へ呼び出されていたけど

男子より職員室の方が気楽でよかった

 

T君とは学校で滅多に顔を合わせる事はなかったけど

60年前の純情高校生は、結局何事もなくめでたく卒業お祝い

 

 

 

先日の豪雨と、突然物凄い音を立てて降ってきた雹で

レースのようにボロボロになったベランダの屋根を見上げながら

昔のオンボロ長屋の頃の二つのドン!を思い出してしまった。。。