みなさんこんにちは!
ヨーグルトとバラの国で近しい人の結婚式に参加した後、おフランスへとやってまいりました。
研修医ちゃんからさみしそうなメールがきて非常に心が痛みますが、早めの夏休みを欧州で満喫中です。

やはりフランスのフレンチは美味い。

さて、飛行機の中で
救児の人々 ~ 医療にどこまで求めますか/熊田梨恵

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という本を読了したので、私なりの書評を書きたいと思います。

著者の熊田さんは、私の「妊娠の心得11ヵ条」を初めにインターネットニュースに取り上げてくださった方で、発行元のロハスメディカルはそれを絵本にしてくださったところです。
いつかお母さんになるあなたへ 妊娠の心得/宋美玄

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「球児」とは著者の造語ですが、赤ちゃんを救う人、主にNICU(新生児集中治療部)の問題を取り上げた本です。

NICUは周産期医療の大切な部分を担い、私も産科医として今までお世話になり続けてきました。
分娩部で生まれた赤ちゃんのその後の様子を観に行ったり、周産期カンファで新生児科の先生の話を聞いたりして来ましたが、実際にNICUで働いたことはないため、もし認識に誤りがあればご指摘願います。

著者は、NICUのおかげで数百グラムという超未熟児が元気に助かることが増えた、しかしその影で命は助かったものの、後遺症が残ったまま生きながらえる赤ちゃんとその世話に追われる親たちにスポットを当てています。

私が勤めてきた病院のNICUにも、VBACを試みたものの子宮破裂を起こして仮死状態で生まれたり、超未熟児で生まれて脳内出血をおこしたりして、重い後遺症を持ったまま年単位で入院している赤ちゃんたちに出会いました。
 
医療がどのようなレベルにあっても、元気に助かる赤ちゃんがいる一方後遺症が残ってしまう赤ちゃんが一定数存在します。
(余談ですが、産科医療訴訟において、赤ちゃんが死亡した場合よりも、命は助かったけれど後遺症が残って養育していかないといけない場合のほうが賠償金が高くなっており、産科医は矛盾を感じています。)
著者はどこかに線引きをする必要があるのではないだろうか、と問いかけます。障害を持った赤ちゃんを育てるお母さんの視点から、財政の視点から。

早産や分娩時にアクシデントが起こった際に、新生児科医は目の前の赤ちゃんを全力で助けます。そのときは後遺症が残るかどうかなどもちろん分からない。
新生児科医も時には疑問をもつこともあるそうですが、目の前の命に全力を注ぐというのが今の日本の医療なのです。

著者は、私が「妊娠の心得」をつくるきっかけとなったのと同じ、墨東病院での脳出血の妊婦死亡の事件(2008年)を機にNICUのあり方について取材を始めたそうです。

一人の妊婦も死なせてはならない。
どんなときでもどこかが搬送を受けるシステムを作らなくてはならない。
大病院が救急搬送の受け入れを断る理由としてNICU満床をあげたため、NICUを増やさなければならない。
(小児と新生児はかなり違うため、NICUの箱だけを増やしても新生児科医と新生児を看られるナースは急に増えないのですぐに実現するのは不可能だと私は思います)

マスコミの医療側を責めるセンセーショナルな報道は、どんどん医療のセーフティーネットの網を細かくする方向に誘導しました。

医療者だって一人の妊婦も死なせたくない。目の前の患者を救うために全力を注ぎたいと思っています。

私は、日本の周産期医療の安全性はかなり飽和状態に近いと考えています。もちろん改善の余地が全く無いとは思いませんが、産科医が不足しているため現状維持だけで手一杯でしょう。
国民負担をあと何兆円も増やしたところで、年間50人の母体死亡は、(例えば)20人くらいにまでしか減らないでしょう。
あっというまに発症して死に至る合併症(羊水塞栓や脳出血など)があるかぎりゼロにはなりません。
そして、(例えば)あと30人を救うために、何兆円も医療にお金をつぎ込むというコンセンサスは国民の間で得られているのでしょうか。

安全には当然お金がかかります。
逆に医療費を抑制すれば医療の質は当然落ちます。
そういう認識が、医療の安全性や医療費について論ずるときにマスコミ報道からは伝わってこないのです。

私は、母体死亡をゼロにするのは無理だ、妊娠出産にはリスクがあるのだからと考え、「妊娠のリスクを知り、良く考えて自己防衛しましょう」と啓蒙することを選びました。

それが、
産科女医からの大切なお願い―妊娠・出産の心得11ヵ条/宋 美玄

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です。

NICUが増えて、より多くの赤ちゃんが助かるようになればそれはとても良いことだと考える人が多いと思いますが、NICUを身近な問題だと感じている人は当然少ないのではないでしょうか。
でも新生児の30人に1人はお世話になる可能性があるといえば他人事ではないと思う人も多いのではないでしょうか。。
そして新生児医療にかかる多額のお金は、本人負担がほとんどないため、国民全体の負担となります。
誰にとっても素通りできない問題の一つだと思います。

医療にどこまで求めますか。

NICUだけでなく医療全体について考えるきっかけとなる良書だと思いますのでご一読をお勧めします。(産科医にも!!)
救児の人々 ~ 医療にどこまで求めますか/熊田梨恵

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帰ったら研修医ちゃん1号2号に読ませます。