この2作品は言わずとしれたJ・S・バッハの宗教声楽曲の2大金字塔ですが、その内容は全く違っています。



「ミサ曲ロ短調」は、J・S・バッハがカトリックやプロテスタントの枠を超えて、純粋に神への音楽による献呈物として作曲したものです。



「キリエ」と「グロリア」の楽章は、比較的早い段階で作曲されたようです。おそらく1730年代に作曲されたと思われます。



プロテスタント教会でも、「キリエ」と「グロリア」のみの「小ミサ」は認められていました。



この2つの楽章をバッハはドレスデン選帝侯に献呈することで、「ドレスデン宮廷付作曲家」の称号を得て、常に対立していたライプチヒ市当局にひと泡ふかせようとしたのでしょう。バッハはドレスデンの宮廷楽団の待遇のよさを羨ましく思っていたようですから、彼の本音はドレスデン宮廷に仕えたかったのだという説もあります。



第3楽章からの「クレド」から以降は、バッハの最晩年に作曲されたと思われています。このミサ曲の核心は「クレド」(我は信じる、唯一の神を)であるとされています。信仰告白の楽章です。



一方、「マタイ受難曲」は新約聖書の「マタイ伝」によるストーリーの受難曲です。「受難曲」は特にプロテスタント圏のドイツで発達した、オラトリオの一種と考えて差し支えないと思います。



ただテーマがイエスの受難(鞭で打たれ、十字架に磔にされる)をテーマとしているだけに、ハインリヒ・シュッツ以来、ドイツのプロテスタントのどの作曲家も真摯に作曲しています。


バッハ好きの人は、「ミサ曲ロ短調」と「マタイ受難曲」のどちらが良いか、よく論争します。「永遠」とか「宇宙」といった抽象的な概念を感じさせるのが、「ミサ曲ロ短調」で、劇音楽としての凄みを示しているのが「マタイ受難曲」であると思います。



「マタイ受難曲」は、そのまま劇音楽としても使えるような作品です。劇がついた「マタイ受難曲」も聴いてみたい気がします。



注:この記事は2012年2月28日に掲載した記事に、加筆修正したものです。