彼と別れたあとも、会社帰りの
「隅田川通い」 は、続いた。
隅田川へ着くのは、いつも
あたりが もうすっかり、
うす暗くなりかけた頃。
うす暗い川のほとりで、
ただただ、川の流れを
見つめる わたし。
ときおり、彼と別れたあとの
悲しいきもちが こみあげてきて
ハンカチで涙をふいてみたり ・・・
ため息をついてみたり。
疲れたひとりの OLが。
うす暗い川のほとりで、
ときおり泣いては うつむいて。
ぼーーっと 川を見つめる姿 ・・・
今 あらためて 冷静に思い返すと
はたからみても、かなり
危ない人に見えたかもしれない ・・・
「こんばんは。
だいじょうぶですか ・・・？？」
犬の散歩に 近くを通りかかった
あるおじさまが、そんなわたしに
優しく、声をかけてくださった。
「この川を もう少し行ったところに、
路上生活の人たちがいます。
彼らのことは、私もよく知っていて、
悪い人たちでは ないのですが ・・・
あなたのような うら若き女性が、
こんな時間に ひとりで歩くのは
あまり おすすめできませんね ・・・
もしよかったら、いっしょに
歩きませんか？」 と。
かわいらしいワンちゃんを
連れた、その おじさま。
「実は、こういう者なんですよ。」と、
名刺まで ていねいに
差し出してくださった。
なんと、野球業界の方の・・・
お父さまだった。
実はその当時、
大好きな 野球選手がいて・・・
ほとんど、おっかけのようなことを
していたのだけれど、その選手と
同じ球団の関係者・・・のお父さま！！
思わず、野球話に 花が咲いて・・・
おじさまと 夢中になって
話しながら 歩いているうち、
沈んでいたきもちが、
どんどん 晴れていった。
そんなことが続いた、ある日。
「実は、彼氏と別れたばかり
なんです・・・」そんな話をすると。
おじさまが、こんな話をしてくださった。
「わたしは、若いカップルを相当
見てきたから・・・分かるのだけれど。
うまくゆかないカップルは
どうやったって、うまくゆかない。
でも、うまくゆくカップルは
何をしなくても
うまくいってしまうのだよ。
ひとと ひととの 出逢いは、
ほんとうに不思議なんだけれどね
・・・ そういうもの なんだよね。」
おじさまの あたたかな言葉、
ひとつ ひとつが
わたしのこころに、
ゆっくり しみわたっていった。
「でも、だいじょうぶ。
別れのあとには、必ず
新しい出逢いが あるのだから。
それも、たしかなことだよ。」
別れたばかりのわたしには、
新しい出逢いなんて、
みじんも考えられなかった けれど。
たくさんのカップルを見てこられた
という おじさまの言葉は、
わたしに ものすごく
希望を 与えてくださった。
そして ・・・
わたしの気分転換になるように・・・
との配慮か。
おじさまは、川原だけでなく、
いろいろなところへ
散歩に 連れていってくださった。
あるときは、おうちのご近所・・・
という 町へ。
散歩の途中、おじさまの
ご近所の方に 何人も会って・・・
そのたびに、おじさまといっしょに
わたしも軽く、挨拶をしてみる
のだけれど、会う人、会う人、
不思議そうな顔をしていた。
泣き腫らした顔の 疲れたOLと
近所で おそらく、名が知れている
だろう ・・・ おじさま。
いったい、どういう 取り合わせ
なのだろう？？と思われても、
不思議はない。
でも いつも おじさまは、
顔色ひとつ 変えずに、ていねいに
挨拶をされている。そして、
わたしにも 何事もなかったように
近所の様子を ひとつ ひとつ、
教えてくださる のだった。
あるときは。
「今日は、ドラマの撮影が
あるらしいですよ。近くの ちょっと
洒落た建物で 撮影があるのですが、
行ってみますか？」と、
声を かけてくださって。
撮影現場に、いっしょに
足を運んだりもした。ふだん
見たことのない 撮影風景に、
しばし 見入る ・・・
おじさまと わたし。
そんな風に 日々、
新鮮な風景を 眺めているうちに。
新鮮な体験を 重ねてゆくうちに。
かなり おセンチだった、
わたしのこころも、
ゆっくり ゆっくりと
落ち着きを取り戻していった・・・
のだった。
これもまた、出逢いの不思議。
ほんとうに ありえないほど、
ありがたき ・・・
川原のおじさまとの 出逢い。
