夜明けだけを、待っている -2ページ目

引き返せない、もう戻れない。あの温もりも忘れなくてはならない。

引き返せない




Mと別れてきっと後悔する日もあるとは思っていたけど、その日は意外にも早く来た。


正月にあたしはMと約束をしていた。

Mの美容師としてのランクアップ貢献のため、カットしに行ったお礼に焼肉をおごってもらう予定だった。


しかし前日になってもMからの連絡は無かった。


あたしは嫌な予感がしたので、自分から「5日どうするん?」みたいなメールがうてなかった。

しかし前日まで待ってようやくメールする決心がついた。





「なあなあ、明日どうすんの?」





と、約束の前日の昼間にメールを送った。

しかしMからの返事は来ない。


あたしは正月で彼氏と家でゴロゴロしていたのだが、ずっと携帯を気にしていた。

彼氏はどっか外に行こうと誘ってくれたが、あたしはそんな気になれず断った。


だらだらしたまま一日が過ぎた。


次の日の朝(約束の日当日)目が覚めると、夜中の2時にMからメールが届いていた。





「返事遅れてごめん!正月彼女がっちりで時間取れそうに無いねん!こんな予定じゃなかってんけど‥。ごめんな。また仕事帰りにでも行きましょう。ほんまごめん」





あたしはそのメールを見た瞬間、体が固まって動かなくなった。


もしかしたら、Mは約束をブッチするかもしれないとは思っていた。

「もうエッチはしない」と自分から言った手前、それくらいは覚悟していた。


しかしこの断り方は考えてなかった。





「彼女がっちりで」





「彼女にどっぷり」に引けを取らない、あたしを地獄に突き落とすには十分すぎるキツイ言葉だった。



ショックだった。



本当にショックだった。



あまりにもショックであたしはそのメールの返事をするのを忘れてしまった。

でもこの「返事をしない」っていうのがあたしの唯一の意思表示だったのかもしれない。


もしかしたらMはまだあたしとエッチする可能性があるから、久しぶりに美容室に行った時彼女へのラブラブ感を出さなかったんじゃないだろうか?


で、あたしがもう「エッチしない対象」になったから、もう彼女とのラブいところを見せても‥、例え約束を断っても平気だと思ったのかもしれない。


後悔が波のようにあたしを押し寄せた。





でも、もしあの時関係を絶っていなければ、今日会うことができただろうか?





それはわからない。

たとえエッチありだとしても、Mが彼女を放ってあたしと遊んだかって考えると、かなり可能性は低い。



体を放り出してまでいるのに、彼女に負けるのと、



体は守っているから、彼女に負けるのと、






いったいどっちがましかな?


あたしの中で、「正月すぎてから関係を絶つんだった」という後悔と、「よかった、あの時もうエッチしないって言っておいて」っていう安堵が同時にぐるぐるまわっていた。



どちらにせよ共通して言えるのは、






今あたしは傷ついてる。






それだけだった。


傷つくには十分すぎる仕打ちだった。



だからその手を離して。

だからその手を




12月になった。
温暖化と言われていても、一年の最後の月となるとさすがに寒くなって来た。

Mの指名アップに貢献するという約束の期限は、もう1週間前になろうとしていた。

あたしはさすがにあまりMに会いたくは無かった。

あんなにあっさり自分からの誘いをかわされた後で、会ったって傷つくのは目に見えているし、また会ったことで余計思いが強くなってしまって苦しくなるのもわかっていたからだ。


あたしはいつしかMから逃げようとしていた。



それでも約束は約束なので、美容室には行こうと思った。
約束を破ってMに嫌われるのがイヤだったからなのだけど、今考えるととても理不尽な話だ。

仕事中の暇な時に、思いきってメールした。




「ゴメン!仕事忙しくてなかなか予定立てられなかった!今週の土曜日にカットで予約いれてもらえる?」




Mからはすぐ返事が返ってきた。




「土曜日ね!サンキュー!」




とても短くてあっさりしたメール。

わかってはいたけど、あたしからのメールなんてMにとっては、1ヵ月振りのメールでもただの連絡次項なのだ。
あたしはため息をつきながら仕事に戻った。














土曜日当日、仕事を終えてMの働く美容室へ行くと、




「ゴメンなあ~!」




と、Mはすまなさそうな顔であたしを迎えた。




「ありがとう~!おかげで助かるわ~」




Mはなんとかノルマを達成できると予定だと言った。

「いいよ別に」と、あたしは笑顔で答えた。
そして鏡の前の椅子に促され、座った。

あたしにケープをかけた後アシスタントがその場を去ると、Mは鏡越しにあたしに小声でこう言った。





「お礼は体で払うわ」






驚いてMの顔を見上げると、彼はニヤっと笑った。
あたしは「ははっ」と笑ってその場をやりすごした。

でも心の中では頭をハンマーでかち割られたような衝撃が走っていた。





‥違う。





何かが違う。





あたしが求めているものと、さっきのMの発言は何かが違う。







そして思った。


あたしはたぶんMの心が欲しいのだ。

彼女に与えてるであろう優しさとか、「好き」って気持ちとか、「一緒にいたい」と思う気持ちとか…。
確かにセックスはしたいけど、Mとキスして繋がってる間は幸せでも、果てて終わった後はどうだろう。

何も残らない。

あたしが欲しいのはMの身体じゃないのだ。





だったらもうセックスなんて意味が無いもの、するべきじゃないんじゃないのか?




そんな事を思いながらカットしてもらった。

Mは別れ際に、



「正月ヒマ?」



と、あたしに聞いた。



「日にちに寄るけど…。なんで?」



「いや、お礼せなあかんやん?5日とかどう?俺元旦から5日まで正月休みやねん」



「んー、たぶん暇やと思うけど…」



「んじゃ、5日な。またメールするわ」




そして手を振ってあたしは美容室を出た。













それからあたしは、毎日いろんなことを考えた。



身体ではなく心を手に入れるにはどうしたらいいのか?

じゃあまた前みたいにセックスだけの関係はやめるべきなんじゃないのか?



でもあたしとMをつなぐものはセックスしか無い…。




セックスが無くなれば二人の間には何も無くなってしまう。
Mのあたしへの興味も無くなる。


一体あたしはどうすればいいんだろう…。











考えに考えたあげく、一つの結論が出た。




Mとはもうセックスしない。




と、いうことだ。

やっぱり今の関係は断ち切るべきだ。
じゃないとMとはこれから先何も希望が無くなってしまう気がする。


あたしは年末、仕事から帰って来る彼氏を駅で待ちながら、勇気を出してMにメールをした。



「あのさ、やっぱもうエッチすんのはやめへん?正月は普通にご飯おごってくれたらいいから」



Mからはすぐ返事があった。



「分かったー。どうしたん?もうそんな感じじゃ無くなった?よなー」




「そういうわけじゃないけど、理由はまた会った時にでも話すわ」



Mはめずらしく食い下がった。



「気になるから今言って」




「いや、ほんまたいした理由じゃないし」




「なら教えて。もうエッチはしないから」




携帯を持つ手が震えた。

自分で押さばければいけない、自爆ボタン。


あたしはちょっと考え、もっともらしい理由をつけて返事をした。



「Mってすごい趣味があうやん?だから友達として付き合った方がいいなって思ってん」



メールを送った後ぎゅっと目を閉じた。

すぐにMからの返事で携帯がブルブル鳴った。


あたしはおそるおそるその内容を読んだ。



「じゃあ普通に友達でいようか。気合うしね。お互い彼氏も彼女もいるしなー」



予想通りのあっさりした返事が返ってきた。




「うん。怒った?ごめんね」




「怒ってないでー。これからもよろしく!」





「よかったー。正月は、焼肉か和食系おごってなあ^^」






そこでメールは途切れた。

途端にあたしの目には何故だか涙が溢れた。




これであたしとMの関係は、本当に終わってしまったのだ。





後できっと後悔する日も来るだろう。

でも今日だけは自分を褒めてあげたい。

「よく頑張った。よく勇気を出した」って。



いつか絶対「これでよかった」って思う日が来ると信じたかった。




出会い系の女


出会い系の女から




それから何日かすぎても、やはりMからの誘いのメールは来なかった。




「また遊ぼう」




と言っておきながら、彼は期待だけあたしに残してその後は放置した。

あたしはやっぱりただ会っただけじゃ物足りなくて、なんてことない趣味関係のメールを送ってみたりもした。
でも返ってくるメールの内容は、はやっぱりなんてことないもの。
返事すら返って来ない時もあった。




 ----- 「いついつ会える?」


----- 「明日とかどう?」




本当にバカらしいけどあたしはそういったメールを待っていたのだ。
そのくせ自分からは怖くてそういう内容のメールは打てなかった。
本当に情けない女になっていた。

そのうちMにメールするのをやめた。
するとMからも当然メールは無くなった。













一ヶ月ほどMとは関わらない日々が続いたある日。



Mからの連絡は朝いきなり来た。

あたしはその日は仕事が休みだったので、お昼ごろまでだらだら寝ていた。
でも受信メールの送り主がMなのを見て飛び起きた。

内容はMにしては珍しい長文で、





「今朝オーナーとミーティングがあって来月20日までに指名が上がったらチーフになれるって言われて意地でも指名増やさなあかんくなってん。悪いけど前髪カットとかでもいいから店に来る事できんかな?先月来てくれたとこで悪いねんけど…。お礼はちゃんとするんでお願いします」





というものだった。
届いたのは朝だったようなので、あたしはすぐに返事した。



「いいよー。応援するわ!あとまたMと遊びたいねんけど遊んでくれるかな」



今思えばこの時のあたしはMと遊ぶことしか頭に無かったように思う。
Mの仕事の成功より、ただMと会ってセックスがしたかった。

しかしMは違う。
このメールを送った時のMは頭の中は仕事モードで、エロいことは後回し…というかどうでもよかったのだ。

そんな彼のあたしに対するメールの返事は当然ながら冷たかった。



「うん、サンキュー!また誘ってー」



あたしはドキドキしながらそのメールを読んだのに、あまりの素っ気無さにがっくりうなだれた。
携帯をベットの上から遠くのソファに放り投げ、うつ伏せになってしばらく落ち込んだ。



ダメダメだ、こんなんじゃ…



そう思うのだけど、Mへの気持ちが強すぎて自分じゃコントロールできないのだ。

こんなに好きだけど、彼には彼女がいて、あたしには彼氏がいて、そして彼はあたしのことを出会い系で引っ掛けた、セックスする友達としか見ていない。
自分で巻いた種とはいえ、なんでこんなにつらいんだろう。

あたしは夏に九州で占ってもらった占い師の言葉を思い出していた。






”Mとはだんだんよくなる”









…前向きに、前向きに考えよう。


今だってよくなってる途中なのかもしれない。


だいたい前までだったら「出会い系で知り合ったただの女」だったのに、こうやってMが頼みごとをしてくれるまでになったんだ。

嫌いな女に頼みごとはしない。ましてや「お礼するから」なんて言わない。

Mの頼みを聞いて、あたしもお礼に会ってもらおう。


そうしたら、もっとよくなるはず。



前向きに、前向きに…。










ベットの上で頭をかかえながら、そう何度も心の中で繰り返した。

季節はもうすぐ冬になろうとしていた。

 

3の数字に願わくば

3の数字




Mに会いたいという気持ちを抑えきれなかったあたしは、結婚式を口実に美容室に行こうとMにメールした。

このメールも実は少し怖かった。




「もう面倒やから店に電話して」




っていつか言われそうで。

実際Mはかなり人気の美容師だし、いちいちあたしとメールをやりとりして、Mが自ら予約状況を確認して返事しなきゃいけない。

かなり面倒くさそう‥。


あたしはMにとって仲の良い友達でも、昔の彼女でも、なんでもなかったし‥。「出会い系で知り合って何回かエッチしただけの女」なんだから、普通にお店に電話してくれって言われても、何も言い返せない。


あたしはそんな不安を抱えながら、Mに




「いついつの10時から髪切りに行っていい?カットとカラーで」




と、予約のためにメールした。
Mはごく普通の返事を返してきた。



「10時からでカットとカラーね。了解です。よろしくー」




と、それだけ。

それでもあたしは返事が来た事が嬉しかったし、これで本当にM会えるんだという楽しみができた。

その日からあたしは、当日を一日千秋の思いで待った。












そして当日。


あたしは式からの出席なので、はりきったドレスを着て行った。

Mが「背の高い子が好きだ」と言っていたのを思い出して、なるべく高めのヒールを履いた。
メイクもケバケバしくならないような程度に、念入りにして行った。

髪の毛もどうせ切ってもらうというのに、丁寧にといで行った。

色っぽい香水も振りまいた。


すべては半年ぶりくらいに対面する、Mのため。



でもどれだけキレイに着飾っても、ヤツの前ではただの恋してる女の子になりそうで、ちょっと怖かった。


不安と喜びと、ドキドキした感情が入り交じったまま、あたしは予約の時間5分前に美容室の扉を開けた。
あたしの目の前にワッと広がるきらびやかな世界。

そのどこかにMがいるのかと思うと、胸が鳴った。


あたしは入口で荷物を預け、待ち合い室に座った。





「ひっさし振りやな」




雑誌をパラ見しながら待っていると、頭上から懐かしい声が聞こえた。
顔を上げるとMが相変わらずの不敵な笑顔で立っていた。




「久し振り^^」




あたしは普通に笑顔で返した。
Mはあたしをソファから店内に促しながら、話しかけた。



「今日はカットとカラー?」




「うん。あと今日結婚式やねん」



Mはびっくりして振り向き、立ち止まってあたしを見た。



「ええ!?聞いてないで!?」



「言ってないもん」




あたしはしれっと答えた。



「何時から?」



「14時から」



「間に合うん?」



「間に合わせて^^」



淡々と会話しながら、あたしはシャンプー台にうながされた。


かなり平静を装っていたけれど、頭の中は緊張で真っ白だったし、Mと目を合わせるだけでも胸がドキドキして大変だった。

しかもツイてるのかツイてなのか、こんな時に限ってMがシャンプーしてくれるみたいだった。


Mはこの店でかなり上の方の地位なのだけど、ごくたまに手が空いてる時はシャンプーすることがあるのだ。

アシスタントも別に手が空いてるので、アシスタントにやらせてもいいのだけど、Mは自分のお客だからと言って、やれる時は自らシャンプーすると言っていた。

あたしはそういうMの真面目な姿勢も好きだった。


シャンプーしてくれながら、Mが「最近どうなん?彼氏とうまくいってんの?」みたいなことを話し掛けてくる。
あたしはドキドキしっぱなしだったけど、とりあえず普通に話していた。

でも顔にタオルが敷かれてるからモゴモゴしてとっても邪魔。




でもやっとシャンプーも終わって鏡の前で2人っきりになれた時、あたしはいろんなことを話した。


趣味の話は相変わらず合ったし、仕事の話やお互いの近況、それ以外でもあたしが九州に一人旅したことをMに話したりした。


Mはあたしの一人旅の話に驚いて、




「なんか自分攻めてんなあ」




と言った。

どういう意味か解らず「?」という顔をしていると、




「人生攻めてるってこと」




って言われた。

あたしはMのその言葉が、少し誇らしく思えた。


彼女のことも頑張って聞いた。

前言われた「どっぷり」って言葉が頭をよぎったけど、聞かずにはいれなかった。


そしたらMの反応は前とは違った。

少し落ち着いたというか‥。

前はもう「幸せでーす」全開オーラが出ていたのに、それが弱くなったというか‥。


例えばMが仕事が忙しくて全然休みが無いって話をしていたので、




「そんなに忙しかったら、彼女カワイソウやな」




とあたしが言ったら、




「別に‥ええやろ」




と面倒くさそうに言ってたし。

美容師仲間でやってるサッカーだけは、どんなに忙しくてもやってるって話をしてると、




「そんな忙しいのにサッカーなんてよくやれるな」



とあたしが言うと、




「じゃYないと何も楽しみ無いからな。こんな仕事詰めやと」




と言っていた。

あたしは(え?彼女は楽しみの一つでは無いのか?)と少し疑問を感じた。


何にせよ、Mの彼女へのお熱も少し落ち着いたのかもしれない‥。


あたしは一抹の期待を覚えたというか‥、正直少しホッとしてしまった。








その後カットしてカラーに移ってる内に、どんどん店が込み合って来た。

店内の美容師はみんな忙しそうに手を動かし、アシスタントは駆け足でその辺をバタバタ走り回り、鏡と椅子はお客さんでいっぱいになった。


Mはあたしを入れて、3人のお客さんをいっぺんにまわしていた。


それなのに、




「せっかくキレイな格好してるんやから、アップしたるわ」




と言って、あたしの髪をセットしようとしてくれた。

あたしは鏡越しにぶんぶん首を振った。




「いいよいいよ、そんなん。忙しそうやん」



とあたしが断っても、



「ぜーんぜんダイジョウブ」



と言ってあたしの頭を巻いて綺麗にアップにしてくれた。
Mの額にはうっすら汗がにじんでいた。

全部終わって会計する時、Mは「セット代はいいから」と言ってくれ、プラス友達割り引きもつけてくれて、かなり安くしてくれた。




「え?ほんまにいいの?セットただで」




とあたしが言っても、




「いいからいいから。ゴメンな。バタバタして」




と言うばかりだった。
あたしは素直に嬉しかった。

「ありがとう」と手を振って美容室を出た。


あたしはMに会えたことや、忙しくてあまり話せなかったけど、それでもMと言葉を交わせたこと、セットや割り引きで良くしてもらったことなどで、背中から翼がはえたような気分だった。


足取りも軽く結婚式へ向かった。
結婚式の間はずっとMのことを考えていた。(先輩ごめんなさい)


Mとした会話の中で、とくに心に残ったのはやはり、最初のラブラブだった頃より、Mが彼女に対して執着してないような感じだったことだ。

それがどんなことよりも嬉しかった。




男女の関係は3のつく数字に転機があるらしい。




3日後、3週間後、3カ月後、もしくは倍数の6ヵ月後、9カ月後、そして3年後…。
Mが彼女と付き合って今ちょうど6カ月。






次は9カ月後に会ったら、何か変化があるのかな。






披露宴の席であたしはそんな事を思いながら、先輩の幸せそうなウェディングドレス姿を眺めていた。

振り回される喜び

ふりまわされ





しばらくして、あたしはアパレルから転職をはかった。
前々から興味があって勉強していた分野の仕事だ。
アパレルの仕事なんてどうせ将来しれている。
あたしは20代最後にもっと大きな仕事をして、お金を儲けて、バリバリ仕事をする30代になりたかった。

前々からネットではチェックしていたんだけど、なかなかいいのが見つからず‥。

まだアパレルもしてたので放置していた。


ところが一個いい物件が見つかった。

最初はバイトからだけど、立地がいい。


なんと、Mの美容室から歩いて10分もかからない場所。

おしゃれな職場だった。

あたしは自分で言うのもなんだけど、今までいろいろ職場を転々としてきたが、面接で落ちたことは一度も無いのが自慢。

今男運無いし、仕事運ならあるかも‥、と駄目もとで受けてみた。

そしたらなんと面接に行ったその場で受かった。



「決めました。あなたにします。来週から来て下さい。」



と、言われた。

どうもそれまでほぼ確定だった子が、自分から辞退を申し入れたらしかった。

かなりツイていた。



決まったらいいなあ~。Mの職場の近くだし‥。仕事帰りに会う可能性も出てくるし‥。



なんて、軽い気持ちで面接を受けたところが、たまたま受かってしまった。
もちろん仕事が決まった事を一番に報告したのは、彼氏
でも2番目に報告したのはMだった。

メールで、




「あんたの近くに仕事決まったよ!がんばるね」




と、書いて送った。

受かったことは嬉しかったけど、ちょっと複雑な気持ちだった。












その夜Mから返事が来た。



「仕事いつから?最近俺も忙しいねんけど、時間が合えば遊ぼう」



あたしは単純に、やったー!喜んだ。
すごく胸がドキドキした。
Mの方から、「また遊ぼう」なんて言われる日が来るとは思わなかっただけに、喜びもひとしおだった。

何度も信じられなくてそのメールを見直した。

でもその感情をなるべくあたしは押さえて、



「来週から。いいよー、別に」



と返事した。すると、



「仕事って何時くらいに終わるん?俺と会う時前みたいとかあり?



と、Mから返ってきた。

あたしはやっぱりそうきたか、と思った。







-------- 「前みたい 」= 「エッチする」






で、ある。


当然だ。
エッチ無しで会ってくれる相手じゃない。

あたしは考えた末、




「いいよ。そのかわりお酒も少し付き合ってな」




とメールを返した。


一瞬「ラブホ前集合ラブホ前解散」の記憶がよみがえったのだ。

あの時のような惨めな思いはもうイヤだと思った。


しかも前とはまた状況が違う。

あたしはMのことが好きになってしまっていて、Mには愛すべき彼女ができている。

エッチさえしてしまったら、Mの心は彼女のもとに帰り、あたしはまたすごくあっさりと帰されるだろう。

そんなのは、もうイヤ‥。

しかしMはあたしのそんな気持ちなど知る由も無く、こんな返事が返ってきた。



「最近はどう?彼氏以外の男と遊んだりしてる?」



あたしが他の男と遊んでる方が、安心して近寄ってくるかな。

と思ったが、Mにもう「節操の無い女」だとか思われるのが苦痛だと思ったあたしは、あえて嘘をついた。



「してないよ。Mは?彼女とうまくいってるんじゃないの?」



と、聞いてみた。

でもMはそれ以上あたしに返事を返すことは無かった。

いつもそうだ。

Mはあたしが核心をつく質問をすると、返事をくれなくなる。


あたしはため息をついて携帯を閉じた。











しかし次の日、あたしはもう一度Mにメールをした。

なんとかMの気を引きたかったんだと思う。

だって久々の連絡だったから。


なんとか今Mがあたしに少しでも興味を持ってくれてる内に、もっともっと興味を引いて「会いたいな」って思わせたかった。



「あたし仕事が軌道に乗ったら、職場の近くで一人暮らしするつもりやねん」



そうメールしてみた。


あたしの職場の近くってことは、Mの職場の近くでもあるわけで。

遅くまで仕事した時とか、泊まりにきてくれないかなあなんて考えたのだ。

彼氏ともうまくいってなかったし、また一人暮らしがしたかったのもあるから。


でもMの気を引くための、ほぼ即興の思いつきだった。



「絶対遊びに行きます。別れるわけじゃないの?」




と、Mから返事がきてうまいこと食いついてきたみたいだった。

あたしはちょっと考えて、




「どうだろう。でもそうなってみないとわかんないけど‥」




と、曖昧に答えを送った。

しかしMのメールはそこで途絶えた。


あんまり成果は無かったかもしれないが、こんなにMとメールするのは半年ぶりくらいのことだった。
だからなんだか携帯の受信フォルダにMの名前が並ぶのが、すごく不思議な気がした。
それから何日か、あたしはそのメールを何回も見ながら過ごした。

でもだんだんそれだけじゃ飽き足りなくなって、強烈にMに会いたくなった。

ちょうどもうすぐ先輩の結婚式だった。
カットとカラーとセットを兼ねてMに会いに行こうとあたしは考えだした。



思いがけないコンタクト。

思い掛けない




あの日は忘れもしない、彼氏の誕生日。

朝、「目覚ましテレビ」の占いカウントダウンを見ると、



「思いがけない人物から連絡があって、嬉しくなる日」



と、書いてあった。

別にそれを信じて街に出たわけじゃなかったけど‥。


あたしは仕事を休んで誕生日のプレゼントや、料理の食材を買いに梅田に出て来ていた。

ケーキを買おうと思ってデパ地下の某ケーキ屋さんで財布を出した時、携帯に「メール受信」の文字。






Mからだった。






あたしはそれを確認した瞬間、ケーキなんて放り出しそうなくらい驚いた。


見間違いかもと思ってとりあえず会計を済ませ、急いで百貨店を出た。

人通りの多い地下街で、1人壁際にしゃがみこんでおそるおそる携帯を開けた。



やっぱりMからだった。



嬉しさよりも驚きでいっぱいだった。

内容は、Mが個人的にあるアートのイベントに参加してるってお知らせ。

たぶん同じメールをお客さん全員に送ってるんだろう。


それでも嬉しかった。


何人も送った同じメールの1通でもあたしに届いたことが。


だってあたし達の出会いは、出会い系。しかもその後何度かエッチしただけって仲。

美容院にだってそんなに足を運んでないし、彼はあたしなんかの指名が無くても充分なくらい人気の美容師だったから。


いつか向こうが断りも無くメルアドを変えてたら、何にも言えないな。って思ってたから。


返事は無いだろうなと思いながら、夜メールを返した。




"久しぶりです。すごいやん!おめでとう!尊敬します。"



素直な自分の気持ちだった。

実際Mの仕事に関しては尊敬していた。


彼はホストっぽい美容師では無く、職人ぽい美容師だった。

仕事に対する真面目さも、仕事が好きなことも、あたしは好きだった。



でも意地を張って、Mの仕事の事を素直に誉めることができなかった。

それが今、なんだか素直に言葉にすることができた。
それだけで充分だと思った。











絶対返事は無いとタカをくくっていたのに、Mからの返事は次の朝早々に届いた。




「イベントはまあ時間があったら見てな。それより最近どう?彼氏とはうまくいってる?」




朝っぱらからMからのそんなメールを見て、「????」となったあたしだったが、一抹の希望が出てきたのかのかな?と少し胸を踊らせてしまった。




せっっかくあきらめかけてきたのに…。





という思いと、




もしかしたらまた会えるかもしれない。




という真逆の想いが、頭の中で同時進行していた。


あたしはその時彼氏とは本当にうまくいってなかったのだが、そこで「うまくいってないよー」なんてあっさり返事すると、Mのことだから事態がどっちに転ぶか解らない。


ようするに、




うまくいってないんだったら、また遊びたい!




って思うか、




うまくいってないんだったらややこしそうだから、手は出さないでおこう。




って思うか、Mの場合どっちに転ぶかよめなかったのだ。

Yなら簡単によめちゃうんだけど。


だからあたしは自分のことは「ぼちぼちやけど」と適当に答え、Mのことを聞き出したいと思った。




「なんでそんな事聞くの?」




と返した。


するとMからの返事は無くなった。




なんだ‥。ただのひやかしか‥。
ドキドキして損した。




と、あたしは落胆してうなだれた。


でも何ヶ月か振りのMから来たメールが愛しくて、何度も受信メールフォルダを開いては、一人でニヤニヤしていた。




現実逃避に走れ

現実逃避に



Mからの核爆メールがトドメだった気がする。

この一年いろんな事があったけど、これだけどん底に突き落とされたのは、このことがナンバー1だろう。






あたしはこの地に何の未練も無くなり、彼氏もYも置いて一人九州に旅に出た。


現地では結婚して子供がいるイトコが、衣食住を提供してくれた。

ただ飯は悪いので、あたしは人生初の水商売なんかもトライしてみたりした。


一人離れた土地で、初めての仕事。

しかも水商売。


あたしは不安と緊張に押しつぶされそうになりながら、またまたよせばいいのにMにメールしてしまった。




「今九州に旅行にきてます♪海で髪の毛が痛みまくりだから、帰ったらトリートメントしに行きます」




そんな内容だったと思う。

それでも何度も何度も書いたり消したり、継ぎ足したりした文章だった。


その返事は派遣先のスナックから帰ると届いていて、




「今日は酔ってる!また明日メールします!」




だった。



あたしはその日から犬みたいにMからのメールを待っていた。

イトコとマリンスポーツに出かけたり、クラブにつれってってもらいながらも、心の片隅ではどこかでMからのメール着信を待っていた。


でも返事は永久にこなかった。











もう穴があったら入りたい心境だった。

なんでメールしてしまったんだと後悔した。


元気の無いあたしを見かねてか、イトコが田舎で普通に主婦やってるけど、よく当たると評判の占い師の所へ連れて行ってくれたりもした。



占い師のおばさんは、Mとあたしのことをこう占った。


その結果は次のようなこと。






Mとは結ばれない。

  

その代わりだんだん仲良くなってくる。ゆるやかな斜面のように。

  

そしてあなたはMのことが好きでなくなってくる。飽きる。

  

あなたにもっと素敵な人が現れる。

  

その人とは少なくとも付き合うことにはなる。

  

でもあなたは「こんな人があたしと付き合ってくれるなんて」って謙遜してる。





と。


あたしはこの時あまりこの占い結果がピンとこなかった。

だってどん底だったから。


でもMとも仲良くなれて新しい彼氏ができるのだったら最高の占い結果だ。


本当にそうなればいい。

Mのことを忘れさせてくれる男性に会えるなら、今すぐにでも会いたいのに。











結局ほぼ1ヵ月イトコの家で暮らした。


占い師に「Mとは結ばれない」とはっきり言われて、なんだか心も少しは落ち着いた。




最後にマリンスポーツでお世話になった人たちがやるイベントみたいなのに参加した。
あたしのマリンスポーツの師匠とも言えるTさん。

あたしが海に出るといつも雨が降った。
雷が鳴って船を港に避難させた時もあった。
でも晴れてきたと思ってまた船を出すと、あたしが波に乗ろうとすると雨が降った。

もうあたしは開き直って、雨が降ってても雷が来ない限り海に出ていた。
でもだんだんあたしのせいなんじゃないかと思って、船を運転してたTさんに申し訳なくなったりした。

でもTさんは、



「みかちゃんは雨が降った方が、ノッテるよ。水を得た魚みたいだもん^^」



と言って笑顔で励ましてくれた。
その言葉が今も忘れられない。

どんな逆境でも自分の力で笑って乗り切ること。

それをこの夏、この地の海で覚えた気がした。

ちょっと大げさかな?









帰って来るともう10月になるところだった。

夏物着て帰ったらすごく恥ずかしかった。

でも秋物を買おうにもお金は底をついていた。


あたしはまた知り合いの紹介で百貨店のショップで働き始めた。




のことはだんだん薄れそうな気がしていた。


仕事の忙しさと、旅で得た1人の時間があたしをMから遠ざけてくれていた気がする。

それにもうあたしからはどうする事もできないのだ。

追い討ちをかけるようにメールを打って、Mにうざがられるのなんてゴメンだし‥。

美容室に行けば会えたが、会いに行く勇気も無かった。




こうやって1日1日時が経って、だんだん忘れていくのかな‥。




そんなことを思いながら日々が過ぎた。


聞きたくなかった。


16聞きたく無かった


Mの美容室に行って、「またね」という言葉を聞いたのが7月で。

それからなんと11月の終わりまで、あたしはMと会うことは無かった。


約半年、顔を合わさなかったことになる。






でもその間のあたしの頭の中はというと、ずっとMのことでいっぱいだった。



Mはどうしてるだろう。

また忙しすぎて熱出してないかな。

彼女とはうまくいってるのかな。

あたしのこと思い出したりしてないかな。

そうだ、メールしてみようかな。

やぱっりやめよう‥。




延々‥そんな調子。


1人ベランダに出てよくタバコを吸った。

2人で生活しているあたしにとって、家は彼氏とあたしの共通のテリトリー。

でもベランダだけはあたしだけの場所のような気がした。

彼氏が部屋で何かしてる時も、ふとMのことを考え出しそうになったら、タバコをくわえてベランダに出た。





夏はなぜか、浜崎あゆみの「HANABI」という曲が胸に染みた。





君の事思い出す日

なんて無いのは

君の事忘れた

時がないから

会いたいよねえ会いたいよ

記憶の中の

笑顔だけ優しすぎて

もうどうしようもない






あたしは邦楽はほとんど興味が無いし、浜崎あゆみなんて音楽も大嫌い。

それなのに何回もこのフレーズがつきまとった。


散々ヒドイ扱いを受けてきたのに、あたしが思い出すのはちょっとした時にMが見せた、彼の優しい顔や笑顔ばかりだった。






会ったばかりの頃、あたしが酔っ払って遊び先から「今から会われへん?」ってメールしたら、何故か心配して「今、電話していい?」って返事がきた。


電話がきて出たら、Mは夜に美容室のメンバーでやってるサッカーの真っ最中で、それなのにハーフタイムに電話をくれたようだった。




「なんかあったん?」




と、心配げに言われて特になにも無かったけど、それだとなんか悪いから、




「ううん、別に。大丈夫」




ってあたしが答えたら、




「ほんまに大丈夫?まあ何かあったら、いつでも電話してきてくれていいから」




って言ってくれた。

付き合って無くて体だけ許した男の人に、そんなこと言われた事が無かったから、あたしは単純に嬉しかった。

いい人だなあって思ってしまった。


今考えたら、Mは単純に自分と浮気したことが彼氏にバレたんじゃないかと思って、心配したのかもしれないけど。






とにかくあたしに興味を持ってくれたころの、Mが懐かしかった。


メールでやり取りしてた頃、



たぶんこんなにチヤホヤしてくれるのも、最初のうちなんだから、今が一番楽しい時期なんだろうな。

楽しめるだけ楽しまなきゃな。



と思いながらあたしはMに少し優越感を抱いていた。

でもその頃はあたしの中には、全然メールをくれなくなったYへの気持ちがあって‥。




なんであの時もっとこうしなかったんだろう。

素直になれなかったんだろう。

明るく振舞えなかったんだろう。

笑顔でいれなかったんだろう。

優しい気持ちでいれなかったんだろう。






たくさんの後悔がMのことを思い出すたびに、こみ上げた。


Mと会っていた時のあたしは、いつもひねくれた女でしかいれなかった。

相手の様子を伺ったり、Mの本意を見極めようとして、逆に疑ってしまったり。

自然体でいれなかった。


そのことを、何度も悔やんだ。

本当はもっと仲良くできたかもしれないのにと。













そんな中、あたしは8月頃にメールアドレスを変えた。

出会い系で知り合った男をみんな切ろうと思ってしたことだ。


その時Mにももちろんメールした。

でもたぶん返事は返ってこないだろうな、と思ったので(この時点ですでにひねくれてるんだけど)メールアドレスと、名前だけ、簡単に書いて送った。


そしたら思いのほかメールが来た。

だけどそれは、メールが来たことに喜んだあたしを一瞬で崖から突き落とすような、つらい内容のメールだった。








「久しぶり!元気ですか?最近どうしてるん?  





俺は彼女にどっぷりです








あたしはそのメールを見てもう笑うしかなかった。


彼女と付き合って3ヶ月くらい。

適当に付き合った相手だったら、そろそろ綻びが出てきてもいいよね、なんて自分勝手な期待を少なからず抱いていたあたしに落ちた、天罰のようなメールだった。




‥どっぷりって。




あたしはその言葉を繰り返し、繰り返し、何度も読んでは、自分の腕を何度もカッターで傷つけるように、自分の心を痛めつけた。


だってそうでもして自分で悟らないと、可能性はゼロだって解らないと、あたしはバカだからまたMにメールして、こうして傷ついてしまいそうだったから。


傷つくためにメールしたんじゃない。


ただMに新しいメールアドレスを教えたかっただけなのに。





「彼女にどっぷり」





だなんて‥、そんなこと、聞きたくなかったのに。









聞きたくなかった。









「またね」

15またね




「お祝いに、今度髪切りにいくわ」



そう言って三日もたたないうちに、あたしはMの働く美容室に行った。

何かに追い立てられるように、急いでMに会いに行った気がする。



「ひっさしぶりやな」



Mの第一声はそれだった。
もう二度と会わないだろうと思った相手と、久しぶり、なんて言葉を交わすのは何だか変な感じがした。



「久しぶり。元気やった?」



とあたしは笑って言った。


Mは仕事だし職場では優しい。
そして仕事に対して真面目で、カラーの事や髪型の事について、一生懸命話す。
それは以前と同じだった。


ただ徹底的に違ったのは、Mの顔つきや表情が以前に比べて格段に柔らかくなっていた。


それは彼女のおかげなんだろうな、とあたしは直観した。

Mの目はでっかいけどキリッとしてて、見る人によってはキツい。典型的なジャニーズ顔だけど。
それがすごく螺旋がゆるんだように、やわらかくてよく動いていた。


カラー中もカット中も、彼女の話は出ない。あたしとMは全然別の話題で盛り上がっていた。
あたしはよせばいいのに、つい聞いてしまった。



「‥彼女とは、どうなん?ラブラブ?」



Mは「ついに聞かれたか~」みたいな顔をして、ちょっと顔を伏せた。



「うん。まあまあ・・。でも俺忙しいからなあ・・」



「ふーん」と相槌をうって、それだけにしとけばいいのに、あたしはまた突っ込んで色々聞いてしまった。



彼女はMのカットモデルになったのがきっかけで、知り合ったらしい。カットモデルになると一日中一緒にいることが多いらしくて、その子とも一日中一緒にいる内に仲良くなって、、、それで付き合ったらしい。




どっちからなんて野暮なことは聞かなかった。
Mからに決まってるから。
Mは自分が気に入ったモノしか、興味を示したりメールしたりしない人だから。

たぶん忙しいけど、猛アピールしたんやろうな。
それが彼女に伝わって、付き合うことになったんやろうな。

あたしはMに髪を切ってもらいながら、ボーッとそんな事を考えてた。
なんだかすごく彼女がうらやましく感じた。



全部終わって帰ろうとした時、あたしはMにちょっとしたモノ、、ていうか、Mの好きな本だけど、

「はい、彼女できたお祝い」

と言ってあげた。
Mは一瞬びっくりしたような顔をして、それでも結構喜んでいた。

あたしは嬉しかった。


これがケジメになるかな、と思って渡したのだ。


でも切ないだけだった。














その夜、Mからメールは無かった。
いつもだったら「今日はありがとうな~」とメールがくるのだ。

あたしは我慢できなくて、



「今日はありがとね。またエッチ無しでいいから、飲みにでもいこうね」



とメールしてしまった。
Mからはだいぶ時間がたってから、返事が来た。



「今日はありがとう。本うれしかったです。 まだ読んでないけど楽しみにしています。またね」








最後の「またね」ってどういう意味なんだろう。



1.また・・があるかな?あったらまたね、という意味。


2.今は彼女に夢中だけど、彼女と落ち着いたらまたエッチするかも?、という意味。


3.これからはお客さんで。また、お店に来てください、という意味。





今になってもわからないけど。

彼女ができたんだって。

14彼女ができた




そしてこの時期、あたしはYとひと悶着起こした。

親友朋ちゃんと、あたしと付き合う前関係があったことが判明したのだ。


あたしは朋ちゃんと直接対決を果たし、Yと別れようとした。

しかしYは予想以上にあたしにハマっていたようで、「別れたくないの」一点張り。


とりあえずYとはラチがあかないから、



「しばらく距離をおこう」



と言った。
もうあたしの中ではYとの事はおしまいにしたかったし、「好きかも」って気持ちもどこかへ消えていた。

Yは女の子に対する感覚がズレてる。
女のあたしが図れるものじゃないし、Yがあたしをどう思ってるのか実際さっぱりわからなかった。



とにかくYとはしばらく離れたかった。



メールも一ヵ月は送ってこないで。
一ヵ月してY君がまだあたしと友達でもいいから、会いたいと思ったらメールして。



そう言った。

Yも了解した。











その日の夜、私は少し楽になった気分だった。
明日からYのメールを待たなくていいと思うと、おかしな話だが何だか解放された気分だった。


そして気になっていたのはだった。


彼とはあのホテルで別れてから、まる二か月何もなかった。
メールも。電話も。
MにはYと違って先天的な魅力があった。
でも近寄れない、彼があまり深い関係を望まない。
突き放されても、結局Mに私はまた会いたくなっていた。



Yとの事もとりあえずカタがついたし、駄目もとで久々にメールしたいな。

そう思った私は



「元気?どうしてる?またお店行ってもいい?」



みたいな軽い内容のメールをMに送ってみた。

かなりドキドキした。
Yにメールを送る時はドキドキなんかしたことなかったのに。。



返事が来なかったら、もうMの事は忘れるしかないな。
それとも美容院に会いに行ってしまおうか。



Yとの立場逆転劇で、少し気が大きくなっていた私は、そんな事まで考えていた。 

そしたらMからメールが返ってきた。


やった!


私は心踊る気持ちでMからの久しぶりのメールを読んだ。
そう、その内容の途中までは。





「おー久しぶり!いそがしかってんやーお店来ていいよ!また来れそうならまた連絡下さい。



そうそう俺にも彼女ができました。

2年ちょいいなかったから変な感じやわ」






こういう事をなんて言うのかな?因果応報

Mとはただの出会い系で知り合ったエッチ友達だ。
でも私はMに魅かれていた。体全体で拒否されたけど。
Mのことを好きになったら、お先真っ暗な未来が待ってるだけ。
それは前回ラブホに行った時、イヤというほど解ったことだ。



私はMに



「おめでとう!よかったね!じゃ今度お祝いに髪切りに行くわ!」



と返事を送った。

祝福の言葉はウソではなかった。



ただ少し胸が痛んだ。