振り回される喜び
しばらくして、あたしはアパレルから転職をはかった。
前々から興味があって勉強していた分野の仕事だ。
アパレルの仕事なんてどうせ将来しれている。
あたしは20代最後にもっと大きな仕事をして、お金を儲けて、バリバリ仕事をする30代になりたかった。
前々からネットではチェックしていたんだけど、なかなかいいのが見つからず‥。
まだアパレルもしてたので放置していた。
ところが一個いい物件が見つかった。
最初はバイトからだけど、立地がいい。
なんと、Mの美容室から歩いて10分もかからない場所。
おしゃれな職場だった。
あたしは自分で言うのもなんだけど、今までいろいろ職場を転々としてきたが、面接で落ちたことは一度も無いのが自慢。
今男運無いし、仕事運ならあるかも‥、と駄目もとで受けてみた。
そしたらなんと面接に行ったその場で受かった。
「決めました。あなたにします。来週から来て下さい。」
と、言われた。
どうもそれまでほぼ確定だった子が、自分から辞退を申し入れたらしかった。
かなりツイていた。
決まったらいいなあ~。Mの職場の近くだし‥。仕事帰りに会う可能性も出てくるし‥。
なんて、軽い気持ちで面接を受けたところが、たまたま受かってしまった。
もちろん仕事が決まった事を一番に報告したのは、彼氏。
でも2番目に報告したのはMだった。
メールで、
「あんたの近くに仕事決まったよ!がんばるね」
と、書いて送った。
受かったことは嬉しかったけど、ちょっと複雑な気持ちだった。
その夜Mから返事が来た。
「仕事いつから?最近俺も忙しいねんけど、時間が合えば遊ぼう」
あたしは単純に、やったー!喜んだ。
すごく胸がドキドキした。
Mの方から、「また遊ぼう」なんて言われる日が来るとは思わなかっただけに、喜びもひとしおだった。
何度も信じられなくてそのメールを見直した。
でもその感情をなるべくあたしは押さえて、
「来週から。いいよー、別に」
と返事した。すると、
「仕事って何時くらいに終わるん?俺と会う時前みたいとかあり?」
と、Mから返ってきた。
あたしはやっぱりそうきたか、と思った。
-------- 「前みたい 」= 「エッチする」
で、ある。
当然だ。
エッチ無しで会ってくれる相手じゃない。
あたしは考えた末、
「いいよ。そのかわりお酒も少し付き合ってな」
とメールを返した。
一瞬「ラブホ前集合ラブホ前解散」の記憶がよみがえったのだ。
あの時のような惨めな思いはもうイヤだと思った。
しかも前とはまた状況が違う。
あたしはMのことが好きになってしまっていて、Mには愛すべき彼女ができている。
エッチさえしてしまったら、Mの心は彼女のもとに帰り、あたしはまたすごくあっさりと帰されるだろう。
そんなのは、もうイヤ‥。
しかしMはあたしのそんな気持ちなど知る由も無く、こんな返事が返ってきた。
「最近はどう?彼氏以外の男と遊んだりしてる?」
あたしが他の男と遊んでる方が、安心して近寄ってくるかな。
と思ったが、Mにもう「節操の無い女」だとか思われるのが苦痛だと思ったあたしは、あえて嘘をついた。
「してないよ。Mは?彼女とうまくいってるんじゃないの?」
と、聞いてみた。
でもMはそれ以上あたしに返事を返すことは無かった。
いつもそうだ。
Mはあたしが核心をつく質問をすると、返事をくれなくなる。
あたしはため息をついて携帯を閉じた。
しかし次の日、あたしはもう一度Mにメールをした。
なんとかMの気を引きたかったんだと思う。
だって久々の連絡だったから。
なんとか今Mがあたしに少しでも興味を持ってくれてる内に、もっともっと興味を引いて「会いたいな」って思わせたかった。
「あたし仕事が軌道に乗ったら、職場の近くで一人暮らしするつもりやねん」
そうメールしてみた。
あたしの職場の近くってことは、Mの職場の近くでもあるわけで。
遅くまで仕事した時とか、泊まりにきてくれないかなあなんて考えたのだ。
彼氏ともうまくいってなかったし、また一人暮らしがしたかったのもあるから。
でもMの気を引くための、ほぼ即興の思いつきだった。
「絶対遊びに行きます。別れるわけじゃないの?」
と、Mから返事がきてうまいこと食いついてきたみたいだった。
あたしはちょっと考えて、
「どうだろう。でもそうなってみないとわかんないけど‥」
と、曖昧に答えを送った。
しかしMのメールはそこで途絶えた。
あんまり成果は無かったかもしれないが、こんなにMとメールするのは半年ぶりくらいのことだった。
だからなんだか携帯の受信フォルダにMの名前が並ぶのが、すごく不思議な気がした。
それから何日か、あたしはそのメールを何回も見ながら過ごした。
でもだんだんそれだけじゃ飽き足りなくなって、強烈にMに会いたくなった。
ちょうどもうすぐ先輩の結婚式だった。
カットとカラーとセットを兼ねてMに会いに行こうとあたしは考えだした。