2017.1.13
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少女像撤去は明言されていなかった。合意のない合意が生じさせた、少女像対立問題

古谷有希子


あけましておめでとうございます。

私は今、韓国に来ています。現在、釜山の日本領事館前に慰安婦少女像が設置されたことで、日韓の間では火花が散っています。今回は、慰安婦問題と日韓合意、そしてその問題点について考えてみたいと思います。

今回の事件は、2015年の日韓合意に反対する韓国の市民団体が昨年12月28日に少女像設置を強行したことで起きました。当初、釜山市東区当局は設置許可を出さず地元警察が強制撤去を行いましたが、市民からの非難が殺到し「自治体の手には負えない」として、30日に設置を容認、市民団体は再度同じ場所に少女像を設置しました。それに対し日本政府は「合意と違う」と韓国政府に対して抗議するとともに、日韓通貨スワップ協議の中止、駐韓大使の帰国などの報復措置を取りました。

今回の問題の原因は、日韓合意が「何にも合意していないこと」にあるでしょう。日本では「慰安婦像撤去に合意した」と解釈されている日韓合意ですが、その内容を見ると、どこにも慰安婦像撤去は明言されていません。

外務省のWebページで公表されている合意内容によれば「韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する」となっています。つまり、韓国側は一言も「少女像の撤去が解決策であると考えている」とは言っていないのです。(出典:http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

韓国政府による慰安婦像の撤去は努力義務です。一方で、日本政府が「日本政府の予算により(中略)全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行うこと」は、韓国政府が「日本政府と共に,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は,日本政府の実施する措置に協力する」「今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える」ことの前提です。つまり、日本政府の「10億を支払ったのに合意が履行されていない」などという主張がそもそもおかしな話で、「元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の癒しのための事業」がなされて初めて、韓国側の努力義務が発生するのです。

こうした、日韓合意の「何も合意していない」問題は、安倍政権と朴政権がともにアメリカからの圧力を受け、表面的な合意を急いだせいで起こったことです。

もともと2014年4月に慰安婦被害問題の解決に向けた韓日間局長級協議が始まるまで、慰安婦少女像は議題になっていませんでした。その後、日本側が少女像問題を取り上げるようになり、韓国政府は「少女像は交渉と結びつけるものではない」としていました。そもそも市民団体が行なっている活動、それもヘイトクライムや破壊活動でもないものに対して、外国政府に問題視されたからといって政府が介入することは、民主主義国家では容認されません。

一連の協議と合意に関するメディアの位置付けにも、韓国と日本の間に大きな見解の相違がありました。韓国側では、この合意は「慰安婦問題解決のため」の枠組みとして報じられていましたが、日本側では「日韓関係の改善のため」のものとして報じられていました。 このような日韓の認識のズレが政治でもメディアでも起こったのは、日本側が慰安婦問題を自分たちに都合の良い形でしか認識してこなかったせいです。

日本では「慰安婦問題自体存在しない」「慰安婦は強制連行されていない」というデマが横行していますが、多くの歴史研究が証明してきたように、慰安婦の存在、彼女たちの経験した多様な強制性や暴力は否定しようのない事実です(参考:http://www.torekiken.org/trk/blog/oshirase/20150525.html)。

適切な研究手続きを踏んだ歴史研究の成果は、日本政府・日本軍が軍の施設として慰安所を立案・設置・管理・統制していたこと、慰安婦制度の本質が性奴隷制度であったこと、当時の国内法・国際法にも違反していたことを明らかにしてきました。

2007年3月31日に慰安婦女性の救済を目的としていた「女性のためのアジア平和国民基金」は解散しましたが、基金の解散直前の参議院予算委員会において安倍晋三首相が「官憲が家に押し入って人さらいのごとく連れて行くという強制性、狭義の強制性を裏付ける証言はなかった」等と答弁しました。しかし、そもそも 「日本軍が強制的に連行したかどうか」は問題の本質ではなく、日本軍によって肉体の自由を奪われ、日常的なレイプと暴力にさらされ、人権を蹂躙され、人としての尊厳を奪われていたということこそが、問題の本質なのです。

日韓合意はそうした問題の本質や歴史研究の成果を十分に踏まえていないどころか、今後どのような新しい事実が研究によって証明されようとも、それが慰安婦問題の本質的解決のために利用される可能性まで剥奪するようなものでした。実際、日本では歴史教科書から「慰安婦」問題に関する叙述が削られるなど、「自分たちの罪」から目を背けるような事態が政治主導で進行しています。だからこそ、韓国の人々はこの合意の無効を訴え続けているのです。

従軍慰安婦の数は5万から30万とされており、その実態の全てが明らかになっているとはとても言えません。多くの元従軍慰安婦の女性たちが、口をつぐんだまま亡くなっていったからです。

一方、元従軍慰安婦の女性たちの証言がオリジナルではない形で、恣意的な解釈によって変化してきたという点は、「証言が変化しているから嘘つきだ」「挺身隊と慰安婦を混同している」などという「検証」の隙を与え、慰安婦問題の論点を「狭義の強制性」などに矮小化する一因となってきました。そうした恣意的な解釈の変更によらない正当な歴史研究の成果をふまえて、韓国と日本が問題の本質的解決をする以外に、慰安婦問題の解決方法などありません。

今回の慰安婦少女像の設置容認は、韓国で政治が市民の力に負けたということです。それに対して日本政府はまだ政治の力に訴えようとしているようです。しかし、民主主義社会における政治というのは行政であれ立法であれ、市民のための存在であり、その行動の正当性は市民の合意があってはじめて担保されるものです。慰安婦問題の解決なくして日韓関係が改善されない中で関係改善を望むなら、日本政府も政治の力を振りかざすのではなく、韓国の人々が納得できる解決法方を韓国政府と協力して探っていくべきです。もっとも、日韓の関係改善は不可能であるとの前提に立つというのなら、別の方法を考えるしか無いのかもしれませんが。


古谷有希子(ふるや・ゆきこ)
ジョージメイソン大学社会学研究科 博士課程。東京大学社会科学研究所 客員研究員。大学院修了後、ビジネスコーチとして日本でマネジメントコンサルティングに従事したのち、渡米。公共政策大学院、シンクタンクでのインターンなどを経て、現在は日本・アメリカで高校生・若者の就職問題の研究に従事する傍ら、NPOへのアドバイザリーも行う。社会政策、教育政策、教育のグローバリゼーションを専門とする。





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