2016.9.11
朝日新聞
内藤正典『となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』(ミシマ社)
共生への知恵を示す入門書
斎藤美奈子
たぶん、これまででもっともわかりやすく、実践的で、役に立つイスラムの入門書だと思う。遠くて不可解なイスラムではなく「となりのイスラム」。
世界中に15億~16億人。いまや人口の4人に1人(将来的には3人に1人)を占めるイスラム教徒。「イスラム過激派によるテロ事件」みたいな文脈で語られることの多いイスラムだけど、著者の内藤さんはいうのである。〈いまの報道では暴力に関するものばかりですが、暴力に吸い寄せる宗教が一五億も一六億もの人を惹(ひ)きつけることなどありえません〉〈イスラム世界とヨーロッパとの決定的な違いは、「人が人に対して敵対しない」ということではないでしょうか〉
えっ、そうなの?
と思ったあなたは(私もでした)、本書を介して彼らをぐっと身近に感じ、異文化と共生する知恵と希望を手に入れるだろう。
たとえば、イスラム教徒を食事に招待するときはどうするか。食肉についてのイスラムの厳しい掟(おきて)をクリアしたと称する「ハラール認証」マークのある店じゃないとダメなのか。いえいえ。和食なら豚肉を使うことは少ないだろうし、最終的には〈それを食べるか食べないかはイスラム教徒に委ねればいい〉。
イスラム圏の人を受け入れる大学や職場に礼拝の場は必要か。それはあんまり必要ないけど、多目的トイレに足を洗うシンクがあるといいかも。お祈りの前に手足を清めるための。
思えば『アラビアのロレンス』から『文明の衝突』にいたるまで、私たちは常に欧米経由の価値観でイスラムをとらえ、ときに差別し恐れてきた。その色眼鏡を外さないと、先には進めず争いも終わらない。
ヨーロッパ各国で吹き荒れる排外主義の背景や、イスラム国の暴力がなぜ起きたかにも言及。誤解されがちな宗教体系から複雑な国際関係まで、これなら中学生にも理解できます。その解説力もスゴイです。
評・斎藤美奈子(文芸評論家)
*
『となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』 内藤正典〈著〉 ミシマ社 1728円
*
ないとう・まさのり 56年生まれ。同志社大大学院教授(現代イスラム地域研究)。『イスラム――癒しの知恵』
(朝日新聞)
●
(本書まえがきより)
↓
この本では、イスラム教徒ではない私の眼からみたイスラム教徒の人間像と、イスラム教徒の社会について、書いていこうと思います。
もちろん、その狙いは、理由もなく毛嫌いして、15、6億の人たちとの関係をこれ以上とげとげしいものにしないことにあります。
現実的に、仲良くしていく方法を探るほうがいいのではないかということです。
安全保障や治安の観点、もっとひろげて平和のためにも、イスラムと「戦う」という選択肢より「共存を図る」ほうが、人類史のレベルにおいて、はるかに大きな恩恵が生まれるにちがいありません。
そのためには、私たちの価値観とは何が共通していて、何が根本的に異なるのかを知ることが、なにより大切です。なんとなくわかり合えるというのは、幻想にすぎません。
イスラムの場合、…根本的に私たち、あるいは近代以降の西欧世界で生まれた価値観とは相入れないところがあります。そこばかりに注目するなら、イスラム世界と西欧世界は、対立し、衝突し、暴力の応酬におちいってしまいます。…イスラム世界と西欧世界とが、水と油であることを前提として、しかし、そのうえで、暴力によって人の命をこれ以上奪うことを互いにやめる。そのために、どのような知恵が必要なのかを考えなければなりません。
そういう願いを本書に込めました。
Android携帯からの投稿
朝日新聞
内藤正典『となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』(ミシマ社)
共生への知恵を示す入門書
斎藤美奈子
たぶん、これまででもっともわかりやすく、実践的で、役に立つイスラムの入門書だと思う。遠くて不可解なイスラムではなく「となりのイスラム」。
世界中に15億~16億人。いまや人口の4人に1人(将来的には3人に1人)を占めるイスラム教徒。「イスラム過激派によるテロ事件」みたいな文脈で語られることの多いイスラムだけど、著者の内藤さんはいうのである。〈いまの報道では暴力に関するものばかりですが、暴力に吸い寄せる宗教が一五億も一六億もの人を惹(ひ)きつけることなどありえません〉〈イスラム世界とヨーロッパとの決定的な違いは、「人が人に対して敵対しない」ということではないでしょうか〉
えっ、そうなの?
と思ったあなたは(私もでした)、本書を介して彼らをぐっと身近に感じ、異文化と共生する知恵と希望を手に入れるだろう。
たとえば、イスラム教徒を食事に招待するときはどうするか。食肉についてのイスラムの厳しい掟(おきて)をクリアしたと称する「ハラール認証」マークのある店じゃないとダメなのか。いえいえ。和食なら豚肉を使うことは少ないだろうし、最終的には〈それを食べるか食べないかはイスラム教徒に委ねればいい〉。
イスラム圏の人を受け入れる大学や職場に礼拝の場は必要か。それはあんまり必要ないけど、多目的トイレに足を洗うシンクがあるといいかも。お祈りの前に手足を清めるための。
思えば『アラビアのロレンス』から『文明の衝突』にいたるまで、私たちは常に欧米経由の価値観でイスラムをとらえ、ときに差別し恐れてきた。その色眼鏡を外さないと、先には進めず争いも終わらない。
ヨーロッパ各国で吹き荒れる排外主義の背景や、イスラム国の暴力がなぜ起きたかにも言及。誤解されがちな宗教体系から複雑な国際関係まで、これなら中学生にも理解できます。その解説力もスゴイです。
評・斎藤美奈子(文芸評論家)
*
『となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』 内藤正典〈著〉 ミシマ社 1728円
*
ないとう・まさのり 56年生まれ。同志社大大学院教授(現代イスラム地域研究)。『イスラム――癒しの知恵』
(朝日新聞)
●
(本書まえがきより)
↓
この本では、イスラム教徒ではない私の眼からみたイスラム教徒の人間像と、イスラム教徒の社会について、書いていこうと思います。
もちろん、その狙いは、理由もなく毛嫌いして、15、6億の人たちとの関係をこれ以上とげとげしいものにしないことにあります。
現実的に、仲良くしていく方法を探るほうがいいのではないかということです。
安全保障や治安の観点、もっとひろげて平和のためにも、イスラムと「戦う」という選択肢より「共存を図る」ほうが、人類史のレベルにおいて、はるかに大きな恩恵が生まれるにちがいありません。
そのためには、私たちの価値観とは何が共通していて、何が根本的に異なるのかを知ることが、なにより大切です。なんとなくわかり合えるというのは、幻想にすぎません。
イスラムの場合、…根本的に私たち、あるいは近代以降の西欧世界で生まれた価値観とは相入れないところがあります。そこばかりに注目するなら、イスラム世界と西欧世界は、対立し、衝突し、暴力の応酬におちいってしまいます。…イスラム世界と西欧世界とが、水と油であることを前提として、しかし、そのうえで、暴力によって人の命をこれ以上奪うことを互いにやめる。そのために、どのような知恵が必要なのかを考えなければなりません。
そういう願いを本書に込めました。
Android携帯からの投稿