2016.8.23
朝日新聞


「天皇と戦争」どう考える


 退位の意向をにじませるお気持ちを表明した天皇陛下はこれまで、国内外で戦死者の慰霊を重ね、反省の念を示してきた。その足跡からは戦争に向き合ってきた姿勢が浮かぶ。天皇と「戦争の歴史」の関係を、私たちは主権者としてどう考えればいいのか。昭和、平成、そして次世代について、識者と考えた。


 昭和天皇が戦後、訪問を果たせなかった沖縄を、天皇陛下は皇太子時代から計10回訪ね、国内最大の地上戦の犠牲者らを慰霊してきた。

 先の戦争について、1990年の韓国・盧泰愚(ノテウ)大統領の来日時には「痛惜の念」と語り、92年に歴代天皇として初めて訪中した際は、日本国民は戦後「深い反省」にたったと述べた。昨年、そして今年の全国戦没者追悼式のおことばでも、「深い反省」と表現。2005年にサイパン、昨年はパラオ、そして今年はフィリピンを訪れ、日本兵だけでなく米兵や現地の犠牲者を悼んだ。


昭和天皇、外国へ一歩引いた発言


 父の昭和天皇は戦後、戦争にどう向き合ったのか。

 河西秀哉・神戸女学院大准教授(日本近現代史)は「昭和天皇は、自分が戦争を進めたという意識が薄かったのではないか。外国に向けても一歩引いた発言をしていた」と語る。

 昭和天皇は戦後、国内各地を訪ねて戦死者の遺族とも対面したが、今の天皇陛下のように国民とひざをつき合わせたり、踏み込んだおことばを述べたりすることはなかった。71年の訪英時の晩餐(ばんさん)会で戦争に言及しなかったことが現地で批判され、75年の訪米時には「私が深く悲しみとするあの不幸な戦争」という表現を使った。しかし帰国後の記者会見で戦争責任を問われた際は、正面からの答えを避けた。

 戦後の東京裁判では、冷戦下で日本を安定統治するため天皇制を利用したい米国の意向などで、昭和天皇の戦争責任は問われなかった。だが終戦直後や52年のサンフランシスコ講和条約発効前後には政治家や法学者らによって天皇の戦争責任が議論され、退位の可能性も取りざたされた。当時は、法的・政治的な責任でなく道義的責任が中心だった。新資料が表に出た60年代や逝去後の90年代にも、戦争責任論が持ち上がった。


現天皇、あいまいな責任問題を「相続」


 昭和天皇に戦争責任はあったのか。

 吉田裕・一橋大教授(日本近現代史)は「戦争当時、昭和天皇は常に沈黙を守ったわけではなく、様々な場で政治的意思を表明していた。天皇の決断なしには開戦はあり得ず、責任は否定できないと思います」と話す。

 ただ、明治憲法下の天皇の「統治権」は国務大臣の補佐に基づき行使されるため、法的な責任は国務大臣が負い、天皇は責任を負わないという考え方もある。議論は今なお分かれる。

 一方、50年代から皇太子として外遊し、当時の欧米の対日感情を肌で感じた天皇陛下は、昭和天皇の責任を肩代わりするように戦争に向き合ってきたという見方もある。

 吉田教授は「冷戦で日本の戦後処理があいまいになり、決着がついていなかった責任問題を、いわば父からの遺産として相続せざるをえなかった」とみる。日本国憲法は「天皇は国政に関する権能を有しない」と規定する。天皇の政治的な発言や行為を認めていない。だが、外遊に出れば、先の戦争に関して何らかの発言を期待されることもある。今も被侵略国の人々から「天皇に謝って欲しい」という声が出るのは、「国の代表と見られている」(吉田教授)からだ。


「戦後責任」継ぐのは主権者の国民


 天皇陛下が、やり残していることは何か。

 河西准教授は「戦争で犠牲になった人々全体を悼み、苦しみを分かち合う姿勢は海外でも受け入れられている半面、日本の責任が見えにくくなるところがある。また、韓国訪問はまだ果たせず、植民地支配の問題までは踏み込めていない」。

 政治的な意味合いを帯びかねない天皇の海外慰霊は、そもそも憲法が想定していないとも指摘。「こうした公的行為の拡大は、天皇の権威性を高めることになり問題だ」とするが、慰霊は今や象徴天皇の仕事の軸になっており、陛下の退位後も次の天皇となる皇太子さまも続けるとみる。「戦争を経験していない世代になり、形式的にならないためには、自分なりの慰霊のあり方を生み出す必要がある。海外での慰霊は、相手国も世代交代するので、反省を示すよりも、経験を引き継ぎましょうという意味合いに変化していくのでは」

 文芸評論家の加藤典洋さんは99年、昭和天皇の戦争責任をめぐって社会学者の橋爪大三郎さんと論争をした。加藤さんは、昭和天皇には道義的な戦争責任はあり、その死後も被侵略国への責任は消えないという立場だ。ただし、それを果たすべき責任の担い手は日本の国民だという。

 年々戦争体験者が減る中、いわば開戦責任としての「戦争責任」よりも「戦後責任」が問われていると加藤さんはいう。すなわち、被侵略国の人々に対して自分たちの非を認め、今後繰り返さないと謝罪することが大事だというのだ。

 「戦後、主権者は天皇から国民に代わっており、昭和天皇の死後、対外的な責任を継ぐのは私たち国民だ。それを現在の天皇に頼んだら、国民の責任放棄になってしまう」。具体的には、政府がアジア諸国への侵略を謝罪するよう、国民が促すべきだという。

 戦争に向き合い、憲法に基づく象徴天皇の姿を追い求めてきた現天皇を、改憲を目指す安倍政権に反撃する後ろ盾と捉えることにも警鐘をならす。

 「天皇の政治的な関与を認め、戦前とはまた別のやり方で天皇に依存するようになる可能性に注意すべきだ。それは国民主権の自己否定につながる」

(高重治香)



Android携帯からの投稿