2016.6.28
朝日新聞


 団塊の世代がすべて75歳以上になる2025年まで10年を切った。社会保障を必要とする高齢者が急激に増える局面で、不安がこの国を覆っている。

 認知症となった妻が入る施設探しに奔走する79歳の男性を取材したとき、大事に保存していた週刊誌の「老後破産」の特集記事を見せてもらった。蛍光ペンでなぞり、赤いペンで囲っていたのは「長生きしないこと」という一文。自己防衛策はそれしかない、という結びだった。長生きするほど老後の暮らしの負担は増える。そんな見通しから悲観的になっていた。

 社会保障制度を持続させるため、医療や介護は負担が増え、年金は今後、目減りする。「痛みの分配」を繰り返した先の暮らしはどうなるのか。将来への不安は現役世代にものしかかる。

 「社会保障はどうなっちゃうの?」。有権者の切実な疑問に対する答えは、選挙戦で示されていない。

 安倍政権は「希望出生率1・8」「介護離職ゼロ」といった目標を掲げる。それでも安心感が乏しいのは逆行するような制度見直しを同時に進めているからだ。

 例えば介護保険では、軽度者向けサービスの一部を保険対象から外す検討が本格化する。実現すれば、働きながら親を介護する現役世代にとって打撃となる。

 負担増と向き合う時代だからこそ、負担に納得できるサービスの確保が求められる。生活保護などの安全網は強化し、最低限度の暮らしを守る必要がある。若者や子育て世代には家賃補助などで生活の負担を軽減し、貧困や格差の広がりを防がなければならない。

 こうした取り組みができなければ社会保障の効能を感じる人は減り、負担への拒否感が強まって支え合いの仕組みは崩れる。それが財源不足をもたらし、さらにサービス抑制という「負の連鎖」に陥りかねない。

 安倍晋三首相が表明した消費増税再延期の方針には、公明党や民進党も同じ立場だ。少子高齢化の中で社会保障制度を安定させるため、旧民主、自民、公明の3党が与野党を超えて合意した「税と社会保障の一体改革」の枠組みは事実上、崩れた。

 与野党の論戦では、消費増税と同時に実施予定だった社会保障の充実策に焦点が集まる。だが一体改革に代わる未来図は見えないままだ。負の連鎖による社会保障不信に歯止めをかけるには10年先、20年先を見すえた議論が欠かせない。

 有権者は気づいている。財源の裏づけがない議論に意味はないことに。

 低所得者の負担が重い消費税頼みには異論が根強い。増税を先送りした安倍首相が「新しい判断」と言うなら、法人税や富裕層に対する所得税、相続税などの課税強化、税金逃れの温床となるタックスヘイブン対策などの選択肢もテーブルに載せて論じるべきだ。

 社会保障を絵に描いた餅にして次世代に引き継ぐわけにはいかない。
 
(編集委員・清川卓史)



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