『ロング・グッドバイ』 ~負け犬の一撃~ | ありがとうございました

ありがとうございました

 すべては、無。 
 



 今回は私の一番好きな作品です。しかもアカデミー賞やカンヌ映画祭等の評価があるわけでもなく、映画史に残るようなご立派な作品でもありません。過去に見た人もあまり記憶に残っていないかもしれない映画です。しかし、調べてみると意外と高評価のブロガーさんの多い作品でもあります。

 原作はハードボイルド小説の巨匠、レイモンド・チャンドラー。中学生のころ夢中になって読みました~。監督はハリウッド嫌いの名監督ロバート・アルトマン、昨年でしたか? お亡くなりになりました。合掌。主演はエリオット・グールド。『オーシャンズ13』なんかに何気に出演してるんですね。


 <ここからネタバレ注意>

 ロスの私立探偵フィリップ・マーロウは、親友のテリーから“妻と喧嘩したから頭を冷やしにメキシコへ行くので、国境まで車で乗せてってくれないか?” と頼まれる。マーロウは言われるがままにテリーを送り届け、またペントハウスまで帰ってくるが、なぜか警察が待っている。「テリーが妻を殺害して逃亡している」というのだ。もちろんマーロウは口を割らず、そのまま連行されてしまう。一端は留置所に入れられるが、すぐに出されるマーロウ、わけのわからない展開に刑事に詰め寄ると、「テリーがメキシコで自殺した…」と告げられる。

 府に落ちないマーロウ… その後マーロウの元に人探しの依頼が入る。テリーと同じ高級住宅地に住む、大作家ロジャー・ウェイドの妻、アイリーンから夫が行方不明になったので探して欲しいとのこと。ロジャーは小説が書けなくなり、アルコールに溺れ、失踪を繰り返していたらしい。引き受けたマーロウはすぐに怪し~い精神科医の所にいたロジャーを見つけ、アイリーンの元へ連れ戻す。このへんはなかなか名探偵です。同じころにマーロウの元におしゃべりで神経質なマフィアの集団がおしかけ、テリーが持ち逃げした35万ドルを返せ! と脅迫してくる。これにはさっぱりお手上げのマーロウ。そんな中、ロジャーが入水自殺をし、アイリーンの口から“ロジャーはテリーの妻と関係を持っていた…”という真相を聞きだす。

 テリーはやはり無実なのでは? と感じるマーロウ。その夜、再びマフィアに呼び出され、「35万ドルどうすんだ!?」とどやされる。困りきっているところになぜかマフィアの事務所に35万ドルが届けられる… 「すまなかったな、マーロウ…」おかしなマフィアの親分はケロリとしてマーロウを帰す。マフィアの事務所から出たところで駐車場から一台の高級車が出てくる、運転しているのはアイリーン… マーロウが必死に追いかけるがもちろん追いつかない。それきりアイリーンの行方は知れず。

 数日後、マーロウ宛てにテリーから御礼の手紙と5000ドル紙幣が届く… すべてを理解したマーロウは一路メキシコへ。地元の検死官に真相を聞きだす。テリーは生きていた、検視官に金を握らせて替え玉を使って自殺の偽装工作をしていたのだ。そしてロジャーの莫大な財産を相続したアイリーンと二人で暮らしていた。

 ハンモックでゆったり揺られているテリーの元へマーロウが近づく。

 「もう見つけたか、意外と早かったな…」(テリー)

 「…友達を利用したのか?」(マーロウ)

 「35万ドルは戻したし、お前は無事だったからよかったじゃないか。負け犬のお前にはお似合いの仕事だったろう?」

 「そうだな…」

 銃口をテリーに向けるマーロウ。数発の銃声とともにハンモックから池に崩れ落ちるテリー…。

 帰り道、アイリーンが運転する車とすれ違うマーロウ。アイリーンは気づくがマーロウは見向きもせず、そのまま行過ぎる…。すべては終わったのだ。



 この作品は松田優作の『探偵物語』の元ネタとして最近では有名です。当時よりも今のほうが評価は高いのではないでしょうか。

 というのも公開当初は原作のファンからかなり酷評され、我らがアメリカの良心、探偵マーロウはもっとタフで、誇り高く、スーツをビシッと着こなしているはずだ~! と非難轟々。この映画のマーロウはよれよれの黒いスーツ姿で、常に煙草を吸い、「ま、いいか…」が口癖で一人でぼやいてばかり。原作のマーロウとは似ても似つかないらしいです。しかし私はちょっとトホホなこのけしてスーパーマンではないマーロウが大好きで、あまりかっこよくないところがかなり気に入っているのです。

 この映画はサスペンスやハードボイルドなどに分類されたりするのですが、あまり物語に起伏がないように思えます。唯一、視聴者がハッとさせられる場面はやはりラスト近くのマーロウが銃をかまえるシーンでしょうか。マーロウは自分が成功者ではないことを知っていて(そういうところが妙にニューシネマっぽい)、大金持ちで自分を利用した旧友を最後は許さず、射殺します。“負け犬の意地”です。このへんがいい感じでニューシネマしてるのです。

 この作品は変わったキャラがたくさん出てきます、マーロウの隣人の裸で踊ったり、ヨガやってる奇妙な女の子たち。やたらTVドラマのモノマネが好きな駐車場の係員、例の怪し~い精神科医、おしゃべりで神経質で、なに考えてるんだかわからないマフィアの親分とドジなその子分… あ、子分と言えば、マフィアの用心棒なのか、子分役に若き日のカリフォルニア州知事が出ています(笑) そしてそのマフィアの親分役はマーク・ライデルという『シンデレラ・リバティー』や『ローズ』といったニューシネマの佳作を監督した人が扮しています。わけわかりません。そのわけわからないキャラがカリフォルニアの病的に明るい空の下で物語を展開していくのです。

 そんな全編コメディタッチのこの作品も、最後の最後でマーロウが見せる哀しげな表情で、ガラリと雰囲気が変わります。マーロウは真相に近づくに連れて信じていた親友に裏切られていたことを知り、複雑な気分になっていく。そして銃口を親友に向ける…。負け犬でもやるときはやる…。唯一ハードボイルドなシーンでこの映画は締めくくられます。E・グールドも、R・アルトマンも、このへんはやたら上手い。

 ラストは一人寂しく歩くマーロウの姿に「ハリウッド万歳!」と音楽が流れます。そんな明るい曲がより一層、物語の哀しさを誘う。ただでは転ばない、負け犬最後の一撃も、どこか物悲しいわけです。