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恋愛小説『Lover's key』 #35-3 聖夜<3>(shinichi's side)
───1時間程経過しただろうか。
「ラストオーダーになりますが、いかがなさいますか?」
ウェイターに訊ねられてハっとなる。瞬と香帆ちゃんは顔を見合わせた。元々ここは俺が奢ろうと思っていたから、時間が許すならもう一杯ずつ飲むように勧める。
じゃあ、と。2人はさっきとは違うカクテルをオーダーした。俺はさっきのウーロン茶がまだ残っていたからいらないと伝えると、「かしこまりました」と言って下がっていった。
「ここ、24時半までみたいだな…」
「ああ。でもさ、俺らも電車無くなるし24時にはここ出ないと。終電間に合わなくなるから…」
瞬にそう言われて、申し訳ない気持ちになる。
「部屋取ってやりたいんだけど、もう満室でさ…。俺の部屋にゲストは入れらんないし困ったよ」
「いえ、大丈夫ですから。帰れない距離じゃないですし、気にしないでください」
「そうだよ。少しでもシンの支えになれればと思って、勝手に来ちゃっただけだからさ」
瞬がニカっと笑うと、香帆ちゃんも頷きながら微笑んでいた。
「なんかさ…。香帆ちゃんとはあまりゆっくり話す機会がなかったけど、由愛の話を聞けて、今日は本当に助かったよ」
由愛のことをよく知ってる彼女だからこそ、発言のすべてに重みがあった。
もちろん、瞬の判断がなければ2人がここに来ることはなかったから、やはりどちらも今日の俺には必要だったんだと思う。
せっかくの好意を無駄にしたくない。できたらここで完全に自分を変えたい。そして、由愛に洗いざらい話して、理解を得なければ。
そんな気持ちが強くなった。
もう自分で自分の首は絞めない。弱い自分は少しずつ解放したい───。
「そういや、29日の結婚祝い兼忘年会も迫ってるしさ。由愛ちゃんとしっかり仲直りしろよ?」
瞬に言われて頷く。
「ああ。それまでには必ず。俺もしっかりしなくちゃな」
カクテルが運ばれてきて、飲み終えるまでは他の話題で盛り上がった。笑える内容で、俺も店を出る頃にはすっかり気分は普通に戻っていて、2人も安心したようだ。
別れ際にもう一度しっかり礼を言い、「じゃあまたな」と、それぞれ行くべき道へ足を進める。
俺は振り返って、ふと足を止めた。そして瞬たちの姿が遠くなるまで見送って、ホテルの客室へ戻った。
ドアを閉めた刹那。軽くため息が漏れる。この部屋は一人で使うには広すぎて落ち着かない。
上着を脱いでクローゼットにあるハンガーへ無造作に掛ける。そして、脱力したままソファに向かい、どさりと身体を沈み込ませて今度は深いため息をついた。
(あ、煙草…。)
灰皿に入っている吸殻を見て吸いたくなったけど堪えた。
日記のことも頭に浮かんだけど、既に鞄の中へ仕舞ってある。もう絶対に読むことはない。
今は由愛にただただ会いたくて。日付の変わったデジタル時計をじっと見つめながら早く時が進んでほしいと願っていた。
(今日のチェックアウト前に一度電話してみよう。)
そう決めると、ソファから立ち上がり、着替えをすませてベッドに入った。
由愛は今どんなことを思っているだろうか。俺と同じように悩んでいるんだろうか…。
考えれば考えるほど眠れない。それでも無理矢理目を閉じて、明け方近くになってやっと眠りについた───。
*******
朝8時。セットしておいた目覚ましの音で目が覚める。
ベッドから起き上がるとすぐに携帯を手にした。緊張しながら由愛へ電話をかける。
けれど。まだ電源を落としているのかすぐに留守電に切り替わってしまった。そこで通話を切る。留守電にメッセージを残すことはできるけど、それはあえてしなかった。
(もう少ししたらもう一度電話してみよう。)
そう考え、朝食後の9時、チェックアウト後の10時。一時間おきに連絡をとってみた。
けれど一向に通じない。留守電のガイダンスだけがむなしく耳に入る。
(電源が落とされたままってことはまだ寝ているんだろうか…。)
着信履歴にも残らない為、ここで初めてメッセージを入れた。『昨日はごめん。会ってきちんと謝りたい。話をさせてほしいから連絡待ってる』と。
念のため由愛の自宅にも電話をしてみる。けれどこっちもベルが5度ほど鳴った後留守電に切り替わってしまった。
心配で気が気じゃなくて。ホテルから直行して由愛の家へ向かう。到着後、すぐにエントランスのインターホンから部屋番号と呼び出しボタンを押してみた。
それでも応答が無い。
もう一度由愛の携帯に連絡を入れる。また留守電だ。
(…どこに居るんだよ……。)
じっとしてはいられなくて。近所も探し回って、焦りもピークに達した頃。
俺の携帯が鳴った。画面を見ると由愛の文字。慌てて通話ボタンを押す。
「由愛!ああ…よかった…。繋がった……」
自然と安堵の声が漏れる。
「今、どこにいるんだ?俺、由愛ん家まで来てて近所も探したんだけど見つからなくて…」
『ごめんなさい……。私、昨日家に戻ってないの…』
「あ、そうか…。友達の家?」
そこまでの会話はよかったんだ。でもその先が最悪だった。
『ううん。……テルくんの…家に居たの……』
全く思い描けないその状況は、脅威で。腹の底から湧き上がるような震えを覚えた。何故輝の家に居たのか気になるくせに、その先を聞くのは途轍もなく怖い。
「や…めろ…。やめてくれ…」
唇さえも震えている気がする。
「マンション前で待ってるから早く…。今すぐ帰ってこいっ」
俺の荒げた命令的な口調に驚いたのか、由愛はたじろいだ様子で。「……わかった…」と言って電話を切った。
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