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恋愛小説『Lover's key』 #35-2 聖夜<3>(shinichi's side)
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22時半を回った頃、約束通り瞬から電話があった。客室に呼びたかったけど、ゲストを招き入れるのは禁止されている。
呼吸も整ってきたし若干のだるさくらいで身体も元通りになっていたから、道を説明をしてホテルの地下にあるBARで待ち合わせすることにした。
先に着いた俺は、店に入ると人数を伝える。席に空きもあったからすぐに通してもらった。
「おっす」
後から来た瞬は俺を見つけるなり、様子を伺うような表情で声を掛けてきた。後ろには香帆ちゃんも居た。
「悪いな。こっちまで来てもらっちゃって…」
2人にそう言うと、香帆ちゃんも心配そうな表情で。
「いえ、そんなの気にしないでください。それより身体は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。2人のお陰かな」
そう言って笑うと、瞬も香帆ちゃんも笑顔を見せた。
「このBARって個室もあんのな。隠れ家みたいで結構いい感じ」
瞬はぐるりと部屋を見回す。
「たまたま個室が空いてて良かったよ。皆ホテルに流れ込む時間だろうし」
そんな話をしながら着席して軽くメニューを選んでもらう。そして、オーダーし終えたところで本題に入った。
「香帆も連れてきちゃったけどさ、平気?実はこいつ、大体のことはもう知ってるんだ」
「ああ…構わない。というか、女性目線からも意見ほしいし」
「あの…。余計なことかと思ったんですけど、さっき由愛の携帯に電話してみたんです。でも電源切ってるのか繋がらなくて…」
それを聞いてやはり、と思った。
「ありがとう。とりあえず明日まではそっとしておこうと思ってる」
「シン、お前それでいいのかよ?」
「…いや、よくない。本当は今すぐにでも由愛の家に行って話をしたいところなんだ。けど、それは俺の気持ちを押し付けてるだけだろ?由愛が話したくなるまで待ちたいんだ」
「お人好し過ぎだろそれじゃ…」
「いいんだ、それでも。由愛に納得してもらわなきゃ意味無いから。今回に関しては俺が全面的に悪いし…」
「そういや日記の話で気になったんだけどさ、何でお前それ持ってたの?」
「……」
そうだ。まだ瞬にも話をしていない。里香の妊娠のことも。今日里香の両親に日記を手渡されたことも。
ふぅ、と軽く息を吐く。そして意を決した。
「さっき電話では軽く話しただけだけどさ。本当はここんとこ自分でも驚くくらい色んなことがあって…」
瞬にだから話せる。そう思って。正直に最近の出来事と今日の話を織り交ぜてわかりやすく説明した。
「………」
話終えた後、瞬は黙り込んでしまった。内容が重くて驚いたんだろう。香帆ちゃんも同じ、かと思ったけど。思わぬ発言で目を見張った。
「妊娠して死別…。それはとても辛いことだと思います。だけど、もう日記は読まないでいいんじゃないでしょうか?きっと日記を読んだら櫻井さんがもっと辛くなると思います」
女性だからだろうか、男の慰めとはちょっと視点が違っていた。
「過去はもう水に流してもいいんです。それはもう誰も責めません。亡くなった彼女さんの家に行ってその分の誠意まで見せてるじゃないですか。だから、もうここまでにしましょうよ。今から新たなスタートラインを引いたっていいんです。由愛にそのことをしっかり伝えてあげてはもらえませんか?」
「ちょっ…香帆、お前ズケズケ言い過ぎ…」
瞬の発言に、首を横に振って遮る。と同時にオーダーしたカクテル2つとウーロン茶が運ばれてきた。暗黙の了解のように3人とも話しを中断する。
それぞれに配り終えるとウェイターは「ごゆっくりどうぞ」と言いながら下がった。俺は目の前に置かれたウーロン茶を手にとり、2人にもカクテルをそれぞれ手に取ってもらって軽く乾杯した。喉を潤したあと、話に戻る。
「いや、いいんだ。こういう意見は参考になる。俺はさ、里香の日記を“量り”のように思ってたんだ。読んで辛くならないくらいになったら自分の中でしっかり消化できた証なんだ…って」
そう。そのつもりで里香の両親から日記を受け取った。でも香帆ちゃんに“読まなくてもいい”と強く意見されるとそれも尤もだと思う。
「これを切っ掛けにどこかで無理して、今日みたいに昔の症状が今後何度も出るのはマズイんだ。由愛にも心配かけるし、仕事にも影響する。だったら香帆ちゃんの言うとおり読まないほうがいいのかもしれない。読んだら多少なりとも気にするのは目に見えてるし…」
「……実は…。由愛、櫻井さんに愛されているかわからないって前に私に話してくれたことがあったんです。それは女の勘…というか、櫻井さんの持つ見えない“柵(しがらみ)”に薄々気づいてたからだと思うんですよね…。日記だって同じです。それを完全に吹っ切って真正面から向き合ってあげないと、あの子きっとダメだと思うんです」
由愛は友達同士の中でも甘えるのは下手。意思も上手く伝えられなくてどこかで我慢をしている。だからそれに気づいてやってほしいと香帆ちゃんは言う。
「私…、櫻井さんの過去を知ったのは瞬と付き合い始めた頃だったから結構前なんです。それを由愛に告げ口しなかったのは、とても重い内容だったから…。櫻井さんの口から言えるまで私も待たなきゃって。そう思っていたんです」
ややあって再び香帆ちゃんが口を開く。
「なので…正直、今回のような結果で由愛の耳に入るというのは予想外でした。できたら櫻井さんから伝えてあげてほしかった…。なんて、ごめんなさいこんなこと言って…」
香帆ちゃんはまるで由愛の気持ちを代弁してくれているかのようで。一言一言心に響く。俺の弱さが仇となって言い出せなかった過去。こんなことがあってから目が覚めるなんて遅い。
「シンごめん。香帆に悪気は無いんだ…。今こんな話はやっぱキツイよな…?」
瞬は腫れ物にでもさわるかのように俺を気遣う。でも首を横に振った。
「由愛の友達だからこそ、っていうのかな。香帆ちゃんの話は興味深いし、今の俺にとってはすごく重要な気がするんだ。だからもっと色々教えてほしい」
俺が不甲斐ないばかりに、どうしても由愛を不安にさせてしまう。根本を完全に断ちたくてもそれにはすごく時間がかって。
愛する人を失うというトラウマは、愛する人を再び失わないという方法でしか埋め合わせができない気がするんだ。
由愛との幸せな時間を重ねて、穏やかな時間を築いていくことが何よりの治療法になる。それしか最善の方法が見当たらない。
そんな俺は間違っているだろうか───。
ぽつりと本音を吐き出した後、2人に問うたら。瞬はこう答えた。
「シンがそう思うんなら、きっとシンに一番合っている方法なんだと思う。答えは様々だと思うけど、一番安定する方法を見つけるのはやっぱり自分自身だと思うしさ」
香帆ちゃんはというと。
「瞬の言うことに同意はできますけど、補足するなら、それには相手の協力があってこそだと思うんです。相手が何も知らないままでは協力もできません。やはり由愛にしっかり過去と現状と今後についてしっかりと話をすべきだと思います。夫婦になるならなおさら……」
今まで、自分のことは自分で処理しなければならないと思う気持ちが強かった。過去の話を由愛に伝えられなかったのは、そういう性格のせいもある。知らせなくても大丈夫だろうと、勝手に決め付けていた部分があったのは大いに認める。
でも、こうして誰かに不安な胸の内を話して聞いてもらうことは自分には本当は大切なんだ。今はまだこうして友達に聞いてもらうことができる。けれど、結婚して夫婦になった場合、万が一また発作が出てから由愛が真実を知るには遅すぎる。
───心の病を甘く捉えてた自分が情けない。
ウーロン茶の氷が溶けてコップの中でカランと鳴る。この氷のように、心の中で燻ってる塊が全て溶けるまで俺はまだ完治していない。
それを今日まざまざと実感したから。大事な由愛だからこそ誤解されないためにも話さなければならない。
オーダーした軽いつまみも少し前に運ばれてきたのに。全く手付かずのまま、その後も俺の話に2人とも真剣に耳を傾けてくれていた。