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恋愛小説『Lover's key』 #32-1 理想と現実(yua's side)






 寒さが響く寂びた心。私はそれを隠しながら電車を降り改札を出た。下を向いて一歩一歩足を進めていると、たまに北風に煽られる。普段なら気にせず歩ききってしまう程の風速なのに、今日はその都度歩みを止めなければならない程心身共に脱力していた。


 さっき初めて知った進一の過去。それは私のすべてを否定された気がして酷く落ち込んだ。


 ───元カノの代理。


 そんな気がして仕方なかったから…。ずっとずっとそんな目で見られていたのかと思うと、今までの関係に疑念を抱いてしまう。


 愛して愛される順風満帆な恋愛を望んでいただけなのに、どうして理想とは違う恋をしてしまっていたんだろう…。


 私にとって進一は初めての恋人。だから誰とも比べようがないけど、周りの友人の話を聴いて自分たちを冷静に見つめてみると、恋人同士ってこういうものなのかな?と疑問に思ったことはよくあった。


 私は進一に“合わせる”ことばかりに気を取られていたような感じもする。決して自分の意思を優先しない。でも、好きならそれが当たり前だとなんとなく自分の中で納得してしまっていた。


 私から甘えることなんてできない…。そして進一も甘えることがない性格。傍から見たら友人のような恋人同士だったと思う。


 クールで感情をあまり外に出さない進一にはいつも言い知れぬ不安があった。だけれど、静かな炎が突然激しくなることもあって。ぎゅっときつく抱きしめられてるときは気持ちをぶつけてくれているみたいで本当に嬉しかったの。


 それなのに…。


 「……っ」


 思い返せばまた涙が出る。電車の中でもこんなことの繰り返しだった。私はどうしたらいいんだろう…。


 元カノとの間に赤ちゃん、そして死別。


 進一の隠していたことはとても重大で。しかも結婚を決意した上で偶然に知ってしまったから余計に辛い。口論の後ホテルから出て行ったのは、私なりの抵抗。今日ばかりは進一に“合わせる”ことが出来なかった。


 これからの私たちはどうしたらいいんだろう…。どうすればお互いが納得できるのかな…。





 あれこれと考え事は尽きなくて、ふらふらとした足取りのままやっと大通りに出る。あともう少しだと奮起して何度か行ったことのあるネカフェに辿り着くと、まずは腕時計を見た。


 (9時までもう少し時間があるけど中で待たせてもらえるのかな…)


 私はネカフェで寝泊りするのが初めてで。空覚えだけど、確か9時からナイトパックの利用が出来たはず。


 (店員さんに聞いてみようかな…。個室が空いてるといいんだけど…)


 そんなことを思いながら、2階の受付まで足を進めた。


 入店すると、まずはダーツ部屋になっていていつも以上の賑わいを見せていた。


 そんな様子を横目で見ながら、左へ曲がる。受付前にはお客さんが4人居て2人の店員が対応していた。


 (もしかして、席空いてないのかな……)


 ダーツでの賑わいっぷりも目に入ってしまったし、難なく泊まれると思っていた自分は考えが甘かったかなと肩を落とす。


 それでも望みを捨てずに順番を待っていると、突然左肩を叩かれた。私は反射的に振り返る。


 すると。


 その後は手にしていた大きな鞄を落としてしまうほどの衝撃が待っていた。


 「テル……くん…っ?」


 目の前に居るのが信じられなくて、一気に心臓の動きが激化する。さっき進一と喧嘩したときとは全く違う種類の動悸だということは自分でも痛感していた。


 (何で…ここにいるの…?)


 動揺が身体中を支配して、私は完全に硬直してしまっていた。そんな中、瞬時に先日の電話での出来事が脳裏を過ぎった。


 (私はテルくんに酷いことをしたのに……。合わす顔がないよ……)


 話しかけることすらも儘ならない自分に戸惑っていると、テルくんが心配した面持ちで声をかけてくれた。


 「あ…ごめんな……。下で見かけたんだけどさ、なんか様子が気になってここまで追いかけてきちゃったんだ……」


 そんなテルくんの発言に目を見張る。ここに来るまでテルくんの存在は全く気づいていなかった。というより、周りを見ている余裕が無かったと言ったほうが正しい。


 「………」


 沈黙の中、テルくんの瞳が私を直視する。その表情の硬さから、私が泣いていたということは完全に見破られてしまったと感じた。スッピンだから、目も鼻も赤いのが余計に目立つし…。


 それでも何とかマイナス部分を隠そうと、咄嗟に自分の鼻と口を片手で覆って俯く。それがこの場で出来る私の精一杯の行動だった。テルくんに心配かけないようにしたいのに、如何せん上手く言葉が出ない。





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