[恋愛小説] ブログ村キーワード

※初めての方は、プロローグ からお読みください。TOP《目次》はコチラ です。




恋愛小説『Lover's key』

#29-3 清算と罰(shinichi's side)





 「実は、こういう話の後で少し言い出し難いんですが…僕、来年結婚することになっているんです。今日はそのこともここで報告しなければと思っていまして…」


 話を出すタイミングが早すぎたかなと思ったけれど、2人からは即座に「おめでとう」と歓喜の声が飛んできて、俺はほっと胸を撫で下ろした。


 「そうだったのね…。そんな素敵な報告は大歓迎よ。里香のことで辛かった時期の進一くんを知っているから私たちも心配だったの。でも、もう安心ね」


 里香の母親はそう言いながら感慨深げな表情で俺を見ていて。父親のほうも、「いいご縁は大事にしてほしい」とニッコリ笑って俺に伝えてくれた。


 そんな2人の温かい気持ちに触れたら急に胸が熱くなって、まさか自分でも話すつもりはなかった思いが自然に口を衝いて出た。


 「…あの頃の僕は正直なところ、里香さんを失ってはこの先何があっても楽しくは生きられないだろうと思っていたんです。それくらいショックな出来事で、立ち直るのにもすごく時間がかかりました。だけど…、今の彼女に3年程前に出会ってから徐々に気持ちの変化が現れたんです。それは僕にとって希望の光みたいな感じで、この先も大事にしていきたいと思ったんで結婚という道を選びました…」


 今まで抱えてきた胸の内を正直に吐き出したからだろうか。俺の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 自分でも説明できないくらい複雑な感情が入り混じって。由愛のおかげで辛かった過去から立ち直れたことに安堵する反面、里香に対して申し訳ない気持ちと。それでもこうして俺を気遣って結婚を応援してくれる里香のご両親の優しさにも触れて、どこか気持ちが緩んだのかもしれない。


 涙を零すのだけは堪えなければと、目を2、3度瞬いて眼鏡の隙間から指で目頭を拭った。


 「進一くんには、里香にいい思い出を沢山与えてくれたことに感謝しているくらいなんだ。それなのに色々苦しめる結果になってしまって…。でももうそれから完全に開放されてもいいんだぞ。私たちに遠慮する必要もない。見つけた幸せはしっかり掴んで、ずっと離さないでいてほしい」


 「そうよ。里香も、天(そら)から進一くんの結婚を祝福しているはずよ。大丈夫だから、何も心配せずに結婚の段取りを進めてちょうだいね。私たちにも出来ることがあったら応援するわ」


 2人の微笑みが春の日差しのように暖かく、まるで日向の中で護られて立っているような。そんな感覚が俺を包む。


 今日、ここへは殴られるのを覚悟で来たのに──。


 まったく逆の反応で、優しく迎え入れてくれたことに感謝しなければならない。


 俺は「ありがとうございます」と、何度もお礼を言った。それ以外の上手い言葉は何も思いつかず、ただただ深々と頭を下げるしか方法がなくて。


 自分のこの感謝の気持ちが全身全霊から伝わればと思ったら、とうとう堪えきれなくなった涙たちが目から溢れ出した。


 「す…すみません…。男のくせに情けなく泣くなんて…」


 俺がそう言ったら、里香の父親が「男だって泣きたいときはあるよ。ここでいっぱい泣いていきなさい」とテイッシュ箱を渡してくれて。


 そんな里香の父親の顔を見たら、俺よりももっと泣いていて少し驚いた。


 傍で見ている里香の母親も「やだお父さんったら、もらい泣きにしては泣きすぎよ!」と、笑いながらも泣いていて。


 最後は皆で鼻をかみながら笑いあうというなんとも可笑しな光景だったけど、それで場が和んだから案外よかったのかもしれない。


 里香の両親は大好きだ。昔から、変わらずいい人たちで。


 今日は覚悟を決めて、ここへ来てよかったと本気で思った。



*******



 その後20分程してから里香の家をあとにした。大通りに出てタクシーを拾い一人で乗り込む。


 里香のご両親には、今日は仏壇に手をあわせてくれたからまた今度でもいいと言われたけど、なんとなくそれでは俺の気持ちがおさまらない。


 運転手に「隣町にある聖地霊苑までお願いします」と伝えると、ドアが閉まり目的地まで乗せてくれた。


 霊苑に着くと、事務所のような場所でペットボトルのお茶と線香、花一対を買ってから、手桶に水を汲んで里香が永眠しているお墓の前まで足を運んだ。


 「随分と久しぶりの墓参りになってごめんな…」


 そんな言葉をかけながら花立に柄杓で水を汲んで、花を供える。ペットボトルのお茶のキャップも開けると、水鉢の上に置いた。


 「お供え、お茶だけでごめん」


 かなりの略儀作法で申し訳なく思いながらしゃがみ込んで線香に火をつけ線香皿へ寝かせて置き軽く手を合わせると。


 俺は顔を上げ、さっき仏壇の前では声に出して言えなかったことを話し始めた。


 「何から話したらいいかな…。まず…、俺たちの間に子供がいたこと…。最近まで全然知らなくてすごく驚いたんだ。今、里香のご両親にも謝ってきた。実際だったら殴られてもいいくらいのことなのに、子供見たかったって里香のお母さん泣いてたよ。俺もすごく見たかった…できれば一緒に育てたかった。それが出来ないのは残念で仕方ないよ…。あのとき何も気づかなくて本当にごめんな…」


 「それから、どこかで見ててくれててもう知ってるかもしれないけど、俺、来年結婚することに決めたんだ。里香にこんな報告をするのはすごく酷かもしれないと思っていたけど、いつまでも里香を引きずってる俺じゃ今の彼女にもすごく悪い気がしてて。もう前を向いて歩き出してもいいよな?もちろん、里香を忘れるってわけじゃないんだ。大事に思う気持ちのベクトルを今の彼女に精一杯向けてあげたくて…」


 「大事な人はもう誰も失いたくない。里香の件で苦しさを知っちゃった以上、もう辛い思いはしたくないんだ…」


 ポツリポツリと、思ったことを少しずつ吐き出していく。


 もちろん、目の前に里香は居ない。だけど、まるで里香がその場にいるかのように俺は普通に声に出して話していた。





←#29-2 に戻る   /  #29-4 へ続く→