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恋愛小説『Lover's key』

#24-2 涙(yua's side)





たかが、着信履歴。されど、着信履歴───。


電車に乗ってからも、携帯電話を握り締めて液晶画面を見つめていた。


ずっと見つめてると画面のバックライトが暗くなる。その度にボタンを押して画面を照らし、1番上の履歴だけを見つめていた。


テルくんからの着信時間は14時53分になっていて、それ1度きり。


「どうしたの?久しぶり!」って。気軽にかけ直せるような仲じゃない。


あの時、「もう連絡しないから」って。「バイバイ」って言い放たれて終わってしまっている仲なのに──。


これほど心揺さぶられる着信は、後にも先にもテルくんしかいないんじゃないかってくらい動揺している。


どうしよう……。


あ!もしかしたら、間違ってかけちゃったのかな?本当は野本さんにかけるつもりがうっかり隣の行の野崎さんにかけちゃったとか…。


そんな風にポジティブ思考で勝手に解釈してみても、気になる気持ちはおさまらない。


そういえば、今日は土曜日だ…。


進一が家庭教師としてテルくんのお家にお邪魔してる頃じゃないのかな?


もしかして進一に何かあったとか…?


ううん。それだったら、留守電に何かメッセージを残すよね?


着信だけだったみたいだから、特に緊急じゃないってことだ。じゃぁ、やっぱりテルくんが単純に掛け間違えたのかも…。


私の頭の中はこのとおり、独り言のオンパレードだ。


次から次へと疑問が湧いては、それを打ち消す答えを探している。


時間が経てば経つほど、かけ直しづらくなるのに。どうしても、勇気が出ない。




───結局。


考え込んでいるうちに待ち合わせ場所に到着してしまい、間もなく香帆とも合流した。その時に携帯はコートのポケットに仕舞ったので、私からすぐにかけ直すことは無かった。


「由愛、超カワイイじゃん!すっごい似合ってるよその髪形♪」


香帆は会ってすぐにそんな風に言ってくれて。イメチェンしてみて良かったなって少し自分に自信が持てた。


「これなら明日進一のご両親に会っても大丈夫かなぁ??」


「うん。ダイジョブダイジョブ!絶対気に入ってもらえるよ!」


友達にまでこんな風に励ましてもらうと、本当に嬉しい。


テルくんのことはすごく気になったけれど、考えてばかりで上の空になってたら、私の為にせっかくの時間を割いてくれた香帆に申し訳ない。


なるべく気持ちを切り替えて。気にしないようにして、勤めて明るく振舞った。



*******



香帆のオススメの和菓子屋さんはデパ地下にあって。お喋りしながら歩き始めると、早速店に入ってエスカレーターに乗った。


デパ地下は目移りするくらい沢山のお店があって、行くといつもワクワクする。


香帆も同じみたいで、和菓子屋さんに到達するまでに色んなお店をチェックしてしまった。


“今度はここで買おう”とか、“あのケーキ美味しそう”とか。


買いもしないのにキャーキャー言って吟味しながらディスプレイを眺め歩く。


そして、お目当ての和菓子屋さんに到着すると、それこそ食い入るようにディスプレイを眺めてしまった。


「どれにしよう…」


どれも美味しそうで、本当に悩む。ここのお店の母体は滋賀にあるそうで、今かなり人気なんだそうだ。


最中が有名らしいんだけど、どら焼きとかお饅頭も美味しそう…。


散々悩んだ挙句、詰め合わせセットがあったので、結局はそれに決めた。


お店を後にして、再びエスカレーターで1階へ上がる。


「香帆って、まだ時間大丈夫?もし平気なら、少しお茶しない?」


今日付き合ってもらったお礼に何かしたくて、私は香帆をお茶に誘った。


香帆も長居はできないけど少しなら平気だというので、早速外に出てすぐの所にある喫茶店に入った。


ビルの2階にあるこの喫茶店は初めて入ったけど結構穴場かもしれない。わりと静かな雰囲気のお店で、ゆっくりできそう。


席に案内され、上着を脱いで壁に掛ける。席に腰掛けてメニューを見ると、すぐに食べたいものが決まった。


ウェイターを呼び、香帆はカフェラテとレアチーズケーキ、私はアールグレーティと苺のミルフィーユを頼んだ。


「なんか、こうして由愛と一緒にお茶できるのもあと少しだね…そう思うと寂しいよ」


香帆はしみじみとそんなことを漏らした。


進一にプロポーズされたことは、火曜日に大学で会ったときに直接話した。海外に住むことになるかもしれないという話もしてある。


でも、香帆は既に土曜日に堀井さん経由で知っていたらしく、いつ私から話してくれるのかとヤキモキしていたそうだ。 


「電話ですぐに報告してくれても良かったのに!!」って少し怒られたけど、私としては直接会って話したかったから仕方ない。


注文していた飲み物とケーキが一斉に運ばれてくる。私たちは「美味しそうだねー」って目を輝かせながら、早速フォークを手に取った。


「明日、進一のご両親が認めてくれないと何とも言えないけど…。まだ会ったことなくて、明日初めて会うから…どうなるかな……」


苺のミルフィーユを食べながら、ふとマイナス思考な発言が飛び出すと、香帆が「こらこら」と私を軽く叱った。


「櫻井さんはもう結婚の意志をご両親に話してあるんでしょ?それなら大丈夫だよ!由愛は全然悪い子じゃないもん!私が保証するし!」


進一は私にプロポーズしてくれた次の日の夜、ご両親に「結婚したい女性が居る」と話したそうだ。


たまたま明日の日曜日が進一のご両親も私の母親も家に居る予定だったから、急遽それぞれの家へ挨拶をしに行くことになった。


進一はどこか場所を設けて両家で集まって…なんてことも考えたそうなんだけど。


まだ私が進一のご両親に会ったことがなかったから、まずは順序よく家に連れて行って紹介する方法を選んだそうだ。


明日の段取りは、私の家に進一が先に挨拶に来て、それから進一と一緒に進一の家へ行くことになってる。


「緊張して、震えちゃいそうだよ。頭の中パニックになったらどうしよう……」


初めて会うご両親の前で、“結婚の報告”という、今まで一度も経験したこともないようなことをいっぺんにするから、ホントどうしていいかわかんない。


でも、香帆は「ダイジョブ、ダイジョブ!」って私を励ましてくれる。


「由愛はいつもどおりでいいんだよ。あとは櫻井さんが何とかしてくれるって!!」


香帆はなんでも前向きだし柔軟性があるから、いざって時にすごく機転が利くんだよね…。それがすごく羨ましい。


私は、何でも真面目に捉えちゃうからいけないのかなぁ。。。カッチカチで、応用が利かなくて…ホント困る。


あれや、これや、と色んな話をしていくうちにいつの間にかケーキ皿が綺麗に片付いてしまった。美味しいものは、すぐにお腹の中に納まってしまう。


「そういえば、由愛さ……」


ちょっと様子を伺うように。カフェラテを一口喉に流した後、徐に香帆が口を開いた。


「少し前に色々悩んでたことあったでしょ?あれはもう落ち着いた?ってか、落ち着いたから櫻井さんのプロポーズに応えたんだもんね…。私野暮なこと聞いちゃったね」


テヘヘとバツが悪そうに笑いながら私を見る。


私は心配かけないように「うん」と頷くのがやっとだった。



進一がウチに来たあの日──。



香帆に相談して勇気をもらって、進一に立ち向かってみたけど。やっぱり欲しい反応はもらえなくて。


心の隙間が広がったように思った矢先、突然のプロポーズ。


凄く悩んだけど、私には進一を選ばなきゃいけない“理由”があって…。


結局は、それが一番良い道なのだと。そうしなきゃならないと。


プロポーズを受け入れてしまった。


本当は、心の片隅に潜んでるもう一人の私に『これでいいの?』って常に問いかけられているのに。だけど、それは誰にも話せない奥深い隠し事で。


ひとりで消化しなきゃいけないのはわかってるから……。


「なんか、私の話ばかりでごめんね。それより香帆は最近どうなの?堀井さんとのこと聞かせてよ♪」


私は話題を変えようと、香帆に話を振った。



*******



香帆とお喋りすると、本当に時間を忘れる。女の子のお喋り…いわゆる“ガールズトーク”って、すごく楽しいなって思うんだ。


もちろん、恋愛話だけじゃなくて世間話もするけど…。これがなかったら、私きっと気分が下がりっぱなしになっちゃうかも。


お喋りでストレスやモヤモヤを発散するってやっぱりいいなって思ってると、香帆が腕時計を見るなり「えーー?もうすぐ5時なの???」と、目を丸くした。


「6時から瞬と待ち合わせだから、もう少ししたら帰んなきゃ…」


「あ、、、ごめんね。いいよ、もうお店出ようか??」


私はそう言って席を立とうとすると、香帆に動作を制された。


「あー、いいのいいの。あと15分くらいは平気だから。あんまり早く行っても私が待ちぼうけになっちゃうし。だからあと15分付き合って!」


香帆にそう頼まれて、「うん、わかった」と、私は再び席に腰を下ろした。




───そのとき。




「あれ?なんか着信音聞こえない??由愛の携帯じゃないの???」


そう言われて、ふと耳を澄ますと、壁にかかってる上着から聞こえてきてる。


(あ、携帯、コートのポケットだ。)


私は急いで立ち上がってポケットを探る。携帯を取り出して開くと、着信の相手に再びドキンと鼓動が大きく脈打って、その場に立ち尽くしてしまった。


「テルくん…」


私の呟きに香帆が反応して、「えっ?」と、目を見開いた。


今日2度目の着信だってことは香帆は知らない。


出るか出ないか躊躇しただけど、2度も電話をくれたってことは、私に用事があってかけてきてるってことだよね…?


「もう連絡しない」って言われてるのに、着信があるってどういうことなの……?


いよいよ間違い電話ではない、と確信した私は──。


ざわめく気持ちを抱えながら。


電話に出てみよう、と。勇気を出してボタンを押した。





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