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恋愛小説『Lover's key』
#17-1 曖昧な自分(yua's side)
今日は普段通りの自分でいようと心に決めた。
後ろめたさはもちろん十分に感じているけれど…。ここで崩れたら、香帆に相談した意味が無いし、自分の勝手な思い込みだけで心に隙間を作ってるんじゃ進一にも悪いと思ったから。
テルくんのことは相変わらず頭の片隅に…消去できずに残っていたけれど、まずは進一と向き合う決心をしていた。
玄関で出迎えた時、進一はいつもと少し違う表情で私を見ていて。微かな緊張のようなものが空気から伝わってきた。
きっと、昨日の朝の電話のことを気にしているんだなと申し訳なく思って、「お疲れ様」と出来る限りの笑顔を見せた。玄関で急に抱きしめられたときも、違和感を感じさせず普段どおりに振舞えたと思う。
でも───。
キッチンでまた抱きしめられたときには、何故か後ろめたさが勝(まさ)ってしまって。テルくんの部屋で突然抱きしめられたことを思い出してしまった。
テルくんの熱っぽい抱きしめ方は本当にドキドキして動けなかった。脳裏にその時の映像が駆け巡る。
あー…馬鹿だ。なんで今、そんなこと思い出すの?ホントに私、どうかしてる。
───「好き?」って聞いたときの進一の反応。
一度目は「好き」って言ってくれたけど、私が欲しかった「好き」とは違ってた。笑いながらだったからか、すごく軽い言葉に聞こえてしまったの…。
好きという感情の表し方は人それぞれだと思う。そうは分かっていても、進一からはテルくんのような真っ直ぐな感情は伝わってこなくて。
私が不意に聞いたのがいけなかったのかと思って、次は勇気を出して真剣に「ホントに本気で好き?」って、2度も…普段は絶対に聞かないことを口にしてしまった。
真剣に気持ちをぶつけたのは、多分これが初めてだ…。だから、その分、進一にも真面目に答えてほしかったのに。
それに対する進一の“答え”が返ってこなかった。
……私は何を期待してたんだろう?クールな進一がテルくんみたいに言葉で気持ちをストレートに表現してくれることなんてありえないのに。
それでも今日は真剣に「好き」って…言葉で示して欲しかった。
ふと、「伝えなきゃ意味がない」って、私に話してくれたテルくんの話が頭を過(よ)ぎる。
テルくんなら、きっと大好きだって…私が欲しい答えをくれるんだろうな…。
せっかく進一の為に作った和食も、出来立てを食べてもらえなくて。そんな些細なことにも少し悲しくなった。
私の心の隙間が。
縮まるどころか、微妙に開いた気がして。
進一じゃ、多分この隙間は埋められないんじゃないかと思った矢先。
「不安にさせないから」って最後に言ってくれた言葉には、何か感じるものがあって嬉しかったのは確かだった。
───これまで付き合ってきた年数分の情は私を困惑させる。
心に進一以外の存在が居るのに、抱かれるのは拒めなくて…そんな曖昧な自分に涙が出た。
気づかれないようにそっと涙を拭ったつもりだったのに…。気づかれちゃったから笑顔でごまかした。
───そんな状況の中で聞いた、“結婚”の文字。
突然のその言葉に、私はかなり困惑した。
いつかは進一から言われたかった言葉なのに…。少し前の私なら、多分手放しで喜んでいたと思う。実際、テルくんに再会する前に「一緒に住もう」って進一に言われたときは本当に嬉しかったから。
だけど。
突然のフランスへの赴任。結婚。海外移住…。
どれも全く想像もしていなかった話だから、即答なんてできない。
春から幼稚園の先生になることが決まっているし。その他にも色々、母親のこととかも考えないといけなかった。
ウチは、父親と離婚している母子家庭。
3つ上に姉もいるけど、今は仕事で関西にいる。服飾関係の仕事で、マネージャーになってバリバリ働いてるから、今家に居るのは母と私の2人だけ。
そんな状況だから、母を1人置いて遠くに行くなんていうのは考えたことが無かった。
それに…。
やっぱりテルくんのことも頭に浮かんだ。
日本を離れたら……偶然街で会うことだって出来ない。