労働契約法が成立しました | 第6の権力 logic starの逆説

労働契約法が成立しました

 平成19年11月28日に労働契約法が成立しました。その前に、平成18年4月1日に改正施行された労働時間等設定改善法(労働時間等の設定の改善に関する特別措置法)について、いろいろと考えたことがあります。
 この2つの法律は、いずれもわが国における解雇の制限が背景にあると思っていますので、少し考えたいと思います。


1 民法の原則


 労働契約について、まず民法にまでさかのぼって確認してみます。
 民法は、第623条以下に雇用契約に関する規定を置いています。そのほとんどは解約に関する規定で、期間の定めのない契約についてはいつでも、期間の定めのある契約においても、かなり柔軟に解約を認めるとともに、解約の予告期間について定めています。
 このように柔軟に解約を認めることにより、労働者は身体的拘束や奴隷的従属関係を免れることができるわけです。
 なお、契約内容の変更については、民法には特に定めがありません。これは、契約内容の変更について双方が同意すれば変更できることは当然であり、また、双方が同意しない場合に変更が認められないことも当然であり、解約が柔軟に認められるのであれば解約のうえ新しい条件での雇用契約の申し入れをすればそれで問題は生じないからだと思われます。


2 労働基準法の原則

 労働基準法においても、当初は、民法の原則と同じ考え方であったと思われます。労働基準法第14条において、長期の労働契約を禁止しているのは、労働者の身体的な拘束や奴隷的従属関係を避けるためであったのでしょう。
 しかし、近年では、短期の労働契約を批判する議論があることに留意を要します。この点は、後に検討します。
 なお、労働基準法においては、労働条件の変更については、特に規定がありません。これも、民法の原則と同じように考えればよいと思います。


3 解雇権濫用法理

 民法や労働基準法を無視して、労働法学者と裁判官がいわゆる「解雇権濫用法理」というものをつくりだし、裁判におけるスタンダードになりました。この特徴は2点に整理できます。第一は、正当な理由がない限り解雇は権利濫用で無効であるというものです。第二は、この「正当な理由」が認められることはほとんどない、ということです。具体的には、解雇を避けるあらゆる努力をしたうえで、やむをえないと認められる場合にのみ、解雇が認められることになっていますが、実際には、ほとんど解雇が認められることはありません。
 いわゆる「解雇権濫用法理」には、実定法解釈としては、二点の誤りがあります。第一は、明らかに条文を無視していることです。いつでも解約できるという条文を無視して、正当が理由があった場合にのみ解雇を認める、としてしまいました。第二は、形式的な誤りで、民法第1条の権利濫用と民法第90条の無効を混同したということです。民法第1条は権利濫用について規定を置いていますが、無効になるとはどこにも書いてありません。無効になるのは、民法第90条の規定で、権利濫用ではありません。

 さて、先に述べたように、解雇の「正当な理由」が認められることはほとんどありません。差別的な解雇であったり、労働者が非常に過酷な状況にある場合の解雇であったりする場合に濫用だというのではなく、正当であることを説明しなければならないということになりました。そして、この正当な理由を極端に狭くとらえる(というよりほとんど認めない)ことにより、わが国においては、労働法学と裁判において終身雇用「制度」が確立されたことになります。これにより、いったん雇用した以上は解雇することが困難となるため、まず採用が減少し、採用する場合も厳選され、労働力の流動性は失われ、なんらかの理由で職を失った労働者は非常に過酷な状況に置かれ、景気の状況によって新卒者の採用が大きく左右され、非正規労働者は増え、高賃金・長時間労働・人材育成の正社員システムがスタンダードになることになります。


4 労働条件の一方的変更

 いわゆる「解雇権濫用法理」は、使用者側に労働条件の一方的変更を認めることにつながります。解雇を避けるためにあらゆる努力をしなければならないとすれば、工場閉鎖に伴う転勤や、不利益業務の廃止に伴う職種の変更、場合によっては給料の減額もしなければなりません。
 また、解約が柔軟に認められていれば、労働条件の一方的変更を認めなくとも、解約の申し入れと新しい条件での契約の申し込みをすればよいのですが、(解約が認められないため、労働条件の一方的変更を認めなければ、バランスを欠くことになります。
 そこで、労働法学者と裁判官は、使用者の労働条件の一方的変更を認めてきました。もちろん、実定法にあるものではなく、しかも「合理性」というまったく基準にならない理由づけをおこなってきたのです。

5 労働契約法の意義

 法律では、解雇は原則自由で、労働条件の一方的変更は認めらないわけですが、裁判においては、解雇は原則できず、労働条件の一方的変更は認められるという事態から、実定法と実態が乖離している、また、なんら基準がない、ということを問題と考える者がでてきました。
 そこで、労働基準法が改正され、いわゆる「解雇権濫用法理」の半分、すなわち、「正当な理由がない限り解雇は権利濫用で無効」であることを示す労働基準法第18条の2が新設されました(しかし、残りの半分、すなわち、この「正当な理由」が認められるのはどのような場合か(実はほとんどない)、ということは記載されませんでした)。
 そして、労働条件の一方的変更について定めた法律が、労働契約法なのだととらえることができます。実際に、労働契約法の具体的な内容は、労働条件の変更に関するものに集中しています。

6 労働契約法の留意点

 労働契約法の具体的な内容は、労働条件の変更に関するものに集中しています。労働条件は合意により変更することができる(第8条)というあたりまえの内容から、使用者による労働条件の一方的不利益変更は原則できないが(第9条)、就業規則変更の手続によれば可能であり(第10条)、しかし、就業規則変更の場合でも個別の労働者と具体的な合意があった労働条件については変更はできない(第10条ただし書き)、ということになっています。
 ここで留意しておきないことが3点あります。
 1点目は、先に述べたように、労働条件の一方的変更は、解雇の制限と結びついている、ということです。たとえば、採用時に、ある職種につくことや、ある工場で働くことを具体的な労働条件として雇いいれた場合、使用者は、その職種が不要になったことやその工場を廃止することをもって、他の職種や事業所に労働者を異動させることは、労働契約法上認められません。そうだとすれば、使用者は、労働者を解雇するということになります(もし、使用者が労働者との合意による労働条件の変更をまず申し入れるということであれば、それは変更解約告知といわれる論点になります)。
 2点目は、就業規則の変更について、第10条において「労働組合等との交渉の状況」が明記されていることです。もともと、労働基準法は、第36条の労働時間延長協定をはじめ、多くの労働契約内容の変更(労働者が一定時間働いて使用者が一定額の賃金を支払うということが労働契約の内容だとすれば、労働時間の延長は労働契約の中核部分の変更です)に、組合の関与を認めてきました。その結果、労働組合があるからこそ労働時間の延長はじめ労働契約内容の変更が可能となり、労働組合がなければ労働時間の延長や労働契約内容の変更はできないということになっており、労働契約法もこの状況をさらに進めるものとなっているのです。 労働時間の延長や労働条件の変更をおこないたいと考えている使用者は、労働組合の成立や、過半数以上で構成される大規模労働組合を、歓迎すべきです。
 3点目は、労働契約法で具体的に手続を定めているのは、使用者による労働条件の一方的変更すべてではなく、労働者にとって不利益な変更だけであるということです。この「不利益」という文言の意味については法律では定義をされていませんが、「労働者の意思に反する」という定め方ではなくて「不利益に」という文言を使用している以上は、労働者の主観によって決まるものではないと思われます。したがって、ある労働条件の変更が、ある労働者にとって主観的に認めたくないものであったとしても、それは不利益な変更ではないとして、就業規則変更手続によらず、変更が認められる場合がある、ということです。

7 労働者からの解約と労働契約期間に関する考え方の転換

 これまで簡単に民法の原則から労働契約法の内容までをみてきました。使用者からの解雇、使用者による労働条件の一方的変更については述べましたが、労働者からの解約、労働者からの労働条件の変更については、述べていません。
 労働者からの解約は、民法の原則では、かなり柔軟にできます。そして、労働基準法でも、それは修正されていません。いわゆる「解雇権濫用法理」は、一方的に、使用者のみに適用されるものです。こうした条件においては、労働契約は、期間の定めがないほうが労働者にとって有利であるし、期間の定めがある場合には期間が長いほうが労働者にとって有利になります。そこで、先に述べたように、近年では、期間の短い労働契約は労働者にとって不利であるとして批判をする議論があるわけです。しかし、いわゆる「解雇権濫用法理」を導入すれば、期間の定めのない労働契約は使用者にとって一方的に制約があるわけですから、期間の定めのある、それも、できるだけ期間の短い労働契約を活用しようと使用者が考えるのは当然だったのです。それは、法律の枠内のことであり、脱法行為でも違法行為でもありません。そもそも、いわゆる「解雇権濫用法理」こそが、実定法を無視した主張だったのです。
 しかし、労働契約法第17条第2項は、労働契約の締結にあたり、使用者が「必要以上に短い期間を定めること」を否定しています。これは、期間の定めのない労働契約はいつでも解約できるいわばもっとも期間の短い契約であり、期間の定めのある労働契約は期間が短いほうがよいという民法、労働基準法の考え方が、この労働契約法において、実定法上も転換したことを意味します。期間の定めのある労働契約は期間が長いほうがよく、期間の定めのない労働契約は解雇権制限と結びついてもっとも期間の長い契約ととらえられるのです。


8 労働時間設定改善法の意義

 さて、労働者からは労働契約の解約が民法の原則どおり柔軟に認められるとすれば、労働者からの労働条件の変更を認める必要はないはずです。労働者は、解約をしたうえで、新しい労働条件で労働契約を申し入れればいいし、労働契約法にあるとおり合意による労働契約の変更を申し入れてもよいのです(拒否されたら解約をすることができる)。
 しかし、解雇が著しく厳しく制限され、終身雇用制度が確立されているわが国においては、解雇が少ない分だけ採用も少ないために労働力の流動性がなく、転職は非常に厳しいといえます。したがって、労働者から解約を申し入れたり、解約を覚悟のうえで合意による労働契約内容の変更をめざす、ということは困難な状況にあります。まったく労働者側の事由とはいえ、本人の心身の健康や、子どもや家族の傷病等で、従来のとおり労働できなくなる場合に、転職という解決方法をとれないわが国においては、事業主の配慮に頼るしかありません。労働時間設定改善法は、個々の労働者の「健康の保持」「子の養育」「家族の介護」「職業訓練」に対する配慮をして労働時間等を設定する努力義務を課したものです。
 労使を集団的な関係とみるのではなくて個々の労働者の事情への配慮を要請することと、本来の労働契約にまったく関係ない労働者の家族の事情等への配慮を要請するということの2点で、労働法としても一般契約法としても、特異な規定をもつのが、この労働時間等設定改善法なのです。
 労働時間設定改善法は、その改正施行時においては、従来のいわゆる時短促進法における労働時間の総量短縮目標を削除したことだけがクローズアップされ、規制の後退であるかのようにとらえた者もありました。しかし、より根源的に、労働時間に関する一般的な努力目標から、個別の労働者の個別のニーズに配慮する具体的な努力義務へ転化したことを、見逃すべきではないと考えます。そして、転職を容易にする方向ではなく、転職によらない解決を志向したということも、より大きな観点からみれば、重要です。
 労働時間等設定改善法の規定は、努力義務であっても、努力をしなければ義務違反になるわけであり、個別ケースにも適用されうるという点で、前述のように特異かつ重大な意味を持つものです。これは、立法にたずさわった人にとっては当然のことであり、そのうえで、その特異性を強調することなく、静かに成立をさせたのだと思います。

 切り札であるカードはすでにテーブルに配られており、カードを配ったディーラーはもちろんそのことを知っています。しかし、多くのプレイヤーは、そのカードが使われたときに、それが切り札であったとはじめて気づくのです。