【マフィア企画】立ち止まる事も本来は許可されていないのだけれども。【文章】 | あたしの海にさよならを

あたしの海にさよならを

あなたはあたしのすべてだったの。 だからさようなら。 さよなら、あたしの海。





少しだけ立ち止まって了おうか。
誰からも望まれなかったのだから。

そんな青年の御話。



     ――微睡みへの誘い、或いは



兄様達と違って、私は生まれた時から「スパイ養成一家のドゥシャンの娘」として生きてきた。兄様達からは知識を得るために必要な考え方を、父からは何事にも耐えられる忍耐強い体を、講師からは最低限の武器の使い方と構造を。最低限のラインはみっちりと叩き込まされた。だからだろうか、ひとを殺す事も惑わす事も騙す事も抵抗無くやってみせた。兄様に棄てられた時になって漸く自分の異端に気づいた。こんなことを笑顔でやっているからいけないのだよと言われて、それが本来は世間で認可されない事なのだと知った。当時の私は頭が弱く、感情というものをよく理解していなかったように思う。なぜ自分が責められているのかを説明してくれないとなにも解らなかったのだ。実のところ、今でもよく理解はしていない。が、こう言えば相手はこう返す、それが表す感情はこれだ、といったように、データの統計で理解した気でいるのだ。こうなると私に感情というものがあるのかさえ危うい、そう思っていたが、彼女に逢って始めて「嬉しい」を覚えた。嘗て私が狂おしい程に愛した女だった。彼女は説明をつけて私にたくさんのことを教えてくれた。元より賢かった彼女は、情婦なんてことをすべきひとではないのだ。彼女は私にとって先生のような、母のような存在であった。(とは言うが、私は母親というものがどんなものなのか知らないのだが。)彼女と話をして、新しい事を知る事がとても嬉しかった。自分の知らない世界がこんなにも広がっていたのだと知って、彼女と一緒に居る事に誇りさえ覚えた。ほんとうに、彼女が側に居てくれることが、しあわせだった。


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「不幸せを、貴方に」

友人にそう言われた時に真っ先に思い浮かんだ事はそれであった。彼女を失った時の感情を「ふしあわせ」と呼ぶのが正しいのかは解らないが、少なくとも当時はなにも考えられず、ただ寂しさだけを感じていたように思う。もしそれがふしあわせだと言うのであれば、私はそれを永遠に感じねばならぬのであろう、だがそれは簡単だと思っていた。あのときの感情を思い出せば良いのだから。しかしそうではないとすればふしあわせとは何か、それの模索から始めねばならない。頭の弱い自分には、解らない。ハイドはこうも言った、「私は他人を不幸にするしか出来ない」、と。少なくとも私のような矮小で脳足らずの男に影響力なんていうものがある筈もない事くらい、賢い彼は知っているだろうに。私の発言の効力なんていうものは存在しなかった、ただのお飾り幹部である私に実権等ないに等しいからだ。組織の顔、そしてサウル老のスケエプゴートとしての役割しかないというのに。なぜあのような事を言ったのだろう、頭の弱い自分には、まだ解らない。解らない事だらけだ。説明してくれたニーナはもういない。ただひとつ解る事は、とても、寂しい。それだけである。嘲笑をひとつ。そしていつも彼が差し出してくれたガラムを銜え、歩き出す。タール量の酷く多いそれに火をつけ、ぱいぱちと弾けるような音を確認して吸い、目眩の起こしそうな程甘い香を楽しむ。そういえば病院に行けと言われていたか。つい最近の事である筈なのに、酷く懐かしく感じて、また寂寞を覚える。己の感情のレパートリーの少なさにもうひとつ嘲笑を零す。こんな姿を彼等が見たら何と言うのだろう。かつかつと踵を鳴らす。莫迦な頭で考える等無駄な事だと、それを振りほどくように、早足で抜けて行く事にした。彼の言う不幸とは、何なのだろう。考えないように努力すればする程に脳裏に焼き付き、その疑問は強くなっていった。


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「…デジレも出ない、か」

ハイドに逢ってから何日経っただろうか。情けない私はのんびりと部屋でぼうと耄けていた。気晴らしにと数人の相手をしてはみたものの虚無は晴れる事無く、いたずらに苛立ちを増長させるだけであったため、仕方なく適当にあしらって捨てた。部屋に置きっ放しだと、あの脂の交じった独特の生臭さに腐臭が加わり吐き気を催す事は目に見えていたからだ。いくら他人の部屋を占拠してるとはいえ、流石にそれは厭だった。ただ棄てる箇所は一箇所に纏めてしまったため、暫くすれば全裸死体が数体積まれている猟奇事件として報道されるのだろうと耄けた頭で思っていた。ならば最初から寝床を転々とすれば良かったのではないか、それを今になって閃いて、そんな事でさえまともに思いつかなかった自分の思考力の低下具合に吐き気を覚える。ここ最近のうちに沢山の事が起き過ぎて、整理がついていないのだろう。加え、彼の言葉が深く刺さり、物事をうまく考える余裕が無いのだ。この頭の悪さを恨む。それを相談してみようにも、兄様は電話に出ない。デジレに何かあったのだろうか、少しだけ考えたが、無視する事にした。彼の身に何か起こっても、私にできる事など何も無いのだ。こういう判断だけ無駄に速いのだ、下らない頭を持ったと悪態。溜息を吐いて寝台から起き上がる。布団を剥ぐと冷えきった空気が体温を奪って行く感覚。布一枚纏っていない肌に直に当たる空気に寒さを覚えてその辺に脱ぎ捨てていた衣服を適当に着る。貴方には少しくたびれたスーツが似合うわと笑ってくれた彼女はもういない。溜息をひとつ。口腔から吐き出された熱が大気中の水蒸気を集めて白くなり、その部屋の異常な冷気を視覚で表した。寒い、一言漏らす。布団越しに背中から抱きついて暖めようとしてくれた情婦はもういない。右眼の疵に触れる。海の色のようだと表現されたそれは、片方なくなってしまった。彼女を失ったときは半身を抉り取られたような虚無感を感じた。それに呼応するように、右眼は完全に光を失い、右腕の神経も若干麻痺してしまっているのだ。そして先日、信頼していた男に不幸を願う言葉を貰った。まるで彼女が4年越しに私に呪いをかけたようだ、そう思った。くすりと笑い、ピースを取り出す。とんとんと机に叩き葉を寄せ、軽く巻紙を潰して銜える。少し前まではハイドがこの一連の動作をやってくれていた事を思い出して、誰かに頼りきりだった自分に悪態を零した。火をつけてその甘い香に安堵する。彼女が吸っていたそれの匂いは自然と彼女を思い出させてくれる。やさしい匂いだとこの空洞だらけの脳に刻まれていた。落ち着きたいときはいつもピースを吸う、それを言い当てられたハイドの観察眼は凄かったんだなあと感心した。サングイノーゾも知ってはいるのだろうが、たまに彼はガラムを出すという悪戯を仕掛けていた。キースは喫煙する事を嫌っているのだろうか、煙草を出してさえくれない。その甘い記憶をピースの煙とともにゆっくりと吐き出す。そうして思い出したかのようにアイパッチを装着する。

「…すぐ帰るって言っちまったけど…」

窓から覗くロンドンの街並を見下ろして、ぽつりと呟く。

「悪ィ、ちょっとサボるわ」

ゆっくりと肺に溜まった煙を吐き出した。


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こちらに愛車を持って来れれば良かったのだが、生憎そんな事をする暇と頭の余裕さえなかった為、先日脱走したリヴァプール支部に居た奴から勝手に借りたバイクで今まで移動していた。本日も拝借したそれで適当に走ろうと考えたが、何故か少し躊躇して、歩いて周辺を散策をする事にした。かつかつと街を歩くとほぼ確実に周囲の人間がこちらを見てくる。女は今までもそうであったが、今回は老若男女関係なくこちらをじいと見ている。今頃アイパッチなんてしてる人間が珍しいのだろうと理解し、やはりバイクの方が良かったと若干後悔する。あまりにも鬱陶しかったため、近くのパブに足を運んで一旦その苛立ちを抑える事にした。

「…あァ、今日は5日か」

ふと今日の日付が11月5日であることを思い出す。パブに寄ったついでだ、今日くらいは酒に溺れても赦されるだろう。酒を注文、金をぽいと投げて差し出されたドライジンを手に取る。

「ひとりで、ってのも…まァ、悪くはねェかな」

くすりと一笑。潰れた右眼をアイパッチ越しに撫で、己の弱さを再確認した。何が幹部様だ、使い物にならなくなった兵に意味等ないと言うのに。生かされている、その事実に苛立ちを覚える。サウル老は私に何を求めているのだ。そう考えてみたものの、数秒で答えは出た。あの悪趣味な翁の事だ、十中八九玩具目的だろうと鼻で笑う。知っていた。あの男は最初から私を玩具としか見ていないという事も。でなければ私にあんな辱めを与えないだろう。でなければ私にあんな苦痛を強いる事もないだろう。でなければ私を幹部として置く訳がないだろう。知っていた。知っていたんだ、全部。いつか私はひとりになる事だって薄々解っているし、私が心から笑える事などもう二度と来ない事も解っている。それでも、確定された未来をを否定したいのだ。酔う事で一時的にも忘れたいのだ。ごとん、脆い硝子を机に叩き付ける。流石に力の加減はしているが、罅が入りそうで怖かった、己の感情にも亀裂が入るのではないか、眼前の無機物がまるで私の精神状態を表しているようで。その色硝子に感情を投影しているのだ。こんな無駄な事、莫迦のする事ではないか。まるで己が賢いような考え方に反吐が出た。色硝子の形どおりに歪む顔の男が見せている自惚れの表情がとても厭で、それを強く握りしめそうになる。ぎちり、という音がして慌てて力を緩めた。この鳥頭よと己の莫迦さに己でつっこみを入れる。くつくつと笑いながら色硝子を揺らす。それに映っている、歪んだ笑顔の青年に向けて一言囁いた。

「この二十数年、今まで生きられておめでとう、さっさとくたばれ塵屑野郎」

こんなもので酔えるかどうかは解らないが酒ならいいや、そう思いつつドライジンを一気に飲み干した。




     ――微睡みへの誘い、或いは祝辞を壊す混乱に




生まれてきてくれてありがとう、なんて、誰も言ってくれないと知っていた。
忌まれた子供は絶望を運ぶ事しかできないも知っていた、他人にも、自分にも。

自分にさえ言う事が赦されない、そんな、愛されたがりの青年の御話。




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実は今日はダビデさんの誕生日でしたてへぺろ☆←
だから何なのって訳でもないけど酒に溺れさせてみたかったんです//////
ほんとは一枚絵も描く予定だったんですが描くもの多いし第一りんりんが今おえかきしにくい環境に居るのでね!やめといた!;ω;←←←←


相変わらず不安定な文面すぎて^q^wwwwwwさーせんwwwww