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2016-11-26 00:00:00

中森明菜論

テーマ:コラム・雑感

中森明菜という名前を聞くと、最初に思い出してしまう学生時代の記憶がある。 



学校帰りにいつも立ち寄っていた書店で、雑誌をいくつか立ち読みすることがあり、あるアイドル雑誌(と言われるカテゴリーの雑誌が当時はかなりあった)で、デビューして間もない中森明菜のインタビュー記事を見つけた。



学校の昼休み、校内放送で、中森明菜のデビュー曲『スローモーション』を聴いて衝撃を受け、すぐに放送委員に問い合わせて、彼女のアルバムを買いに行った。だが、まだ売ってなかったので予約した。たしか青色のビキニ姿のポスターがついてきたと記憶している。何度も聞き込んだ。



母が洋楽好きだったこともあって、それまでは洋楽ばかり聴いていた。子供の頃から「知らっじゅー!イェーイェー♩」とか(一応ビートルズの『シー・ラブズ・ユー』)、「アホな北条はーん♩」(同『抱きしめたい』)と適当に歌っていた。



当時、自宅にはテレビがなかったので、本当に歌だけが気に入っていたのだが、「中森明菜はどんな感じの人なんだろう」と強い関心を持っていた。



中森明菜人気が最初に沸騰したのは、デビューして2曲目の『少女A』である。アイドルが最も華やかに活躍して「アイドル戦国時代」などと呼ばれた時代にあって、中森明菜は当初「歌唱力が高いが(たとえば小泉今日子や早見優らの)きらびやかさに比べると、地味な存在」だった。だから、わずか2曲目で同世代アイドルのトップに立ったことは意外だった。



そのインタビューで、記者が「『少女A』がヒットして、最優秀新人賞(「レコード大賞最優秀新人賞」のこと)が狙っていますか?」と聞く。それに対して中森明菜はこう答えた。



「誰がとるかはもう決まっているから、興味がありません」



十代前半だった私は、この言葉にしびれた。若い方には想像できないかもしれないが、アイドルがこういった本音を語ることは、当時ありえないことだ。アイドルとは事務所がコントロールして、ネガティブなことは決して言わせないものだったのである。



これをきっかけに私は完全に中森明菜のファンになった。ちなみに、その年の最優秀新人賞はシブがき隊というジャニーズのグループが獲り、中森明菜はノミネートすらされなかった。

 

 

本ブログではしつこく繰り返しているが、アイドルは「未成熟をファンに応援してもらう」という基本構造で成立している。だから、アイドルは周りに求められる未成熟を演じる能力が求められる。いや、演じているとバレたらファンは霧散するので、できるだけ幼くまだ何も知らないときにデビューして操り人形に徹するか、男性ファンが何を求めているかがわかるくらいの経験と度胸があることが求められる。そして、ほとんどの場合は後者だ。



中森明菜はおそらく後者のタイプだったのだが、特筆すべきは、それを隠そうとしなかった。むしろ、自分が貧しい家庭に生まれ家族がいかに経済的に苦労してきたか、歌がどれほど自分を救ってきたか、またアイドルには御法度であろう「芸能界全体の中の自分の地位」などといったことまで、容赦なく有り体に語り続けた。



彼女がアイドルとしてのルール違反をおかし、正直に自分を語るほどに中森明菜人気はさらに高まった。そして、先行する松田聖子に追いつき、聖子&明菜の2大アイドル時代が到来する。



なぜ彼女はそれほどの人気を勝ち得たのだろう。



楽曲の質が高く、歌唱力に恵まれていたからというのが1つある。ただ、アイドルとしての人気を考えると、高い歌唱力はむしろ邪魔になることのほうが多く、抜群の歌唱力を備えていた松田聖子も当初はわざとうまさを隠すような演出していた(当時、音楽番組はカラオケじゃなくて生演奏が当たり前だった)。



中森明菜人気はおそらく「作り物のアイドル」に飽き始めていた世間のニーズと合致したのだろう。当時、松田聖子が従来型アイドルとして頂点を極めたことで、その反動で「ぶりっ子」と落としめられて日本中を巻き込む「聖子バッシング」に至った(詳しくは→過去ログ)。ありのままに自分を語った中森明菜は、アンチ聖子の拠り所としても完璧な存在だったのだろう。



ここに矛盾がある。それは、未成熟を応援してもらうのがアイドルのあり方なのに、「貧しさすらありのままに自分を語るアイドル」が、果たしてアイドルとして成立するかという矛盾である。しかし、中森明菜の場合、それが成立した。



初期の中森明菜の曲のタイプは、大きく分ければ「情緒系」と「ヤンキー系」の2つあった。最初にヒットしたデビュー2曲目『少女A』は典型的なヤンキー系の楽曲、次の『セカンドラブ』が情緒系で、おおよそ交互に作られていった。それらを聞いてみると、基本的に、自己主張をしたくてもできない内向的な少女の歌だった。



たとえば、情緒系楽曲の名作『トワイライト』で、主人公は絵はがきに「元気です」と書いて好きな男性宛に投函するだけ。あとは延々と内面描写が続く。『セカンドラブ』に続いて大ヒットしたヤンキー系の『1/2の神話』では「あいつは男にだらしない」と陰口を叩かれることに「いい加減にして、私は純粋だ(少なくとも半分は)」と言うのだが、あくまで「愚痴(ぐち)」である。



初期の中森明菜の特徴はほとんどのアイドル歌手が歌えなかったヤンキー系の曲を歌いこなせたことだ。日本の若者文化のかなりの部分は「ヤンキー」と「サンリオ」でできているので、アイドルでありながらヤンキー系の曲を歌えることは、アイドルというマーケットを考えると逆に強みになる。



それに気づいた仕掛け人たちはヤンキー系アイドルというものを何人も売り出そうとしたが、結局、おニャン子クラブ出身の工藤静香が登場するまで、それが報われることはなかった(ただし、中森明菜と工藤静香は別物であるが、これは機会があれば触れたい)。

 


アイドルとして、ヤンキー系の楽曲を歌いこなすには、高い歌唱力とともに、曲の印象に汚されることのない高貴な清潔感が必要である。「まんまヤンキー」ではアイドルとして成立しない。だから、いくら大きなマーケットがあろうとも、アイドルとしてそこで成功するのは稀有なことである。


 

 

従来の「作り物のアイドル」に飽き始めていた若者が中森明菜に飛びつき、やがて中森明菜は等身大の自分を隠さない「自己主張するアイドル」として認知されるに至る。



ただし、中森明菜が同世代で自己主張が強かったとは思わない。隠すか隠さないかだけの違いだ。彼女がそれを公の場でも隠さなかったことが多くの人に潔さや新鮮な印象を与え、またまたタイミングよく共感できただけのことだろう。



ただ、初期の中森明菜はあくまでアイドルである。情緒系であれヤンキー系であれ、中森明菜が歌う女性は、情緒系が「振り向いてくれるまで待つ」、ヤンキー系が「内心でぼやく」というだけで、基本的に男性に一途で内向的、つまりは(男どもが期待する)典型的な日本人少女である。



その「アイドル」の殻を打ち破ったのが、男を「坊や」呼ばわりした(言うまでもなく、山口百恵『プレイバックPartII』の模倣だ)1984年の『十戒』と、そのあとにリリースされた『飾りじゃないのよ涙は』(同年)だろう。特に後者は、中森明菜のポジションを根本的に変えるほどの地殻変動を起こした。



天才ソングライター井上陽水が作った『飾りじゃないのよ涙は』は、おそらく松田聖子の『瞳はダイヤモンド』(1983年)、とくに歌詞の最後「涙はダイヤモンド」に当てつけたものだろう。「何をされても泣いたことがない」という女の子が、涙の重さゆえに絶対に泣くわけがないと強弁する、井上陽水しか作れない独特の世界観を中森明菜はみごとに歌い上げた。



この曲をきっかけに、中森明菜はそれまでの枠から抜け出して飛躍していく。それと同時に、それまでなんとなく共存していた松田聖子と、真の意味で敵対(ライバル)関係となる。




彼女自身に「松田聖子に喧嘩を売ろう」なんといった気持ちがあったのではないだろうが、「涙はダイヤモンド」などと女性の周りにあるあらゆることを美しい言葉で包み込んでいく世界観を、「ダイヤと違うの涙は」ときっぱり否定された松田聖子陣営にしてみたら、殴り込みに思えたかもしれない。



実際、中森明菜の印象はこの曲から大きく変わった。ロングトーンのビブラートが深まり、サビを遠慮なく歌いこむようになった。これまでの情緒系もヤンキー系とも決別し、完全に脱アイドルしてしまう。この転換は大きく、中森明菜の歌は成熟した大人がカラオケで歌っても違和感のないものになる。これ以降、中森明菜のファン層は大人の女性を含めて大きく拡がっていく。



『飾りじゃないのよ涙は』は中森明菜の殻を破る松田聖子(的なもの)への無自覚な宣戦布告だった。それは彼女を飛躍させるにあまりある力を持っていた。松田聖子的なものとはまさに「アイドル」であり、中森明菜はこれ以降、「アンチアイドル」的な存在となる。



脱アイドルした中森明菜(と音楽スタッフたち)にとって、「一途な少女」を描けなくなることは大きな壁であったはずである。井上陽水のような異才に依頼し続けるという選択肢もあっただろうが、彼女は別の方向に行く。その1つの解(かい)になったのが、翌年の『ミ・アモーレ』だ。



スペイン語で「私の恋人は・・・」を意味する『ミ・アモーレ』は、もともと『赤い鳥逃げた』というタイトルのもと歌詞がつけられていた。『赤い鳥逃げた』は従来の一途な少女を描いたものだったが、それは採用されず(のちに通常とは違った形で発売された)、「異国」を描いた歌詞に変更された。



そのあとで出された『SAND BEIGE』『SOLITUDE』『DESIRE』『ジプシー・クイーン』『Fin』『TANGO NOIR』『BLONDE』といった曲名を見ていくとわかるが、中東や南米など当時の日本人に知識のない、それゆえにエキゾチズムを掻き立てる「異国」を舞台にするものか、あるいは国籍のよくわからないものが大半である。



脱アイドル後の中森明菜は『ミ・アモーレ』によって異国の住人になり、無国籍化して、次なるステージに進むのである。



一連の「異国シリーズ(無国籍シリーズ)」中で出色なのは「情熱」とサブタイトルを付けられた『DESIRE』だろう。この曲にはアイドルにはタブーである野心があからさまに表現され、「ダンス」などの言葉で男女間の肉体関係すら暗喩される。



また、彼女自身が考えた衣装は着物をアレンジし、髪型はボブ、足にはハイヒールと、なんとも表現しがたい奇抜な格好で(今なら「和モダン」と呼ばれただろうが)、長いハイトーンで歌い上げた。1つの何かに留まることを拒否しながら、かっこよさが印象に残るという不思議な曲で、『ミ・アモーレ』に続いてレコード大賞を受賞する。



このどのカテゴリーにも入らないパワフルな曲で、中森明菜は日本を代表するプロ歌手へと脱皮してしまう。もっと簡単に言えば「大物歌手」になるのである。



蛇足になるだろうが、日本の歌謡界に「中東」を初めて洗練された形で持ちこんだのは、久保田早紀の『異邦人』(1979年)だろう。『異邦人』が破格な売り上げを見せながら、結局彼女自身もそのマーケットを広げることなく沈んでいったが、久保田早紀が蒔いた種子は、時を置いて、中森明菜という天才的な表現者によって再び開花する。


 

 中森明菜の強みに、幼い頃からモダンバレエを習って表現力のあるダンスができることがあった。「中東」を歌うとき、彼女はそれをからだでも表現することができた。



久保田早紀が消化して洗練化した中東は、最初の大ヒット以降は表現の壁にぶつかって停滞するのだが、中森明菜はその壁を歌で演じることでやすやすと乗り越えてしまう。彼女は砂漠の真ん中で「サハラの夕日をあなたに見せたい」と呟いたり、ジプシーの女王になったりと、国籍のない虚構性の世界を自由に行き来できる特権的な歌手となった。中森明菜は歌うという行為で演じる女優だった。



異国路線(あるいは無国籍路線)を突っ走っていくなかで、一度だけ日本回帰したことがある。それが、東大出身のシンガーソングライター加藤登紀子の曲をカバーした『難破船』(1987年)である。これは、中森明菜が「歌いたい」と思って選んだ曲である。プロ歌手として演じることをやり続けていた中で試みた数少ない自己表現の曲だった。



『難破船』はのちに日本中に衝撃を与えるある男性歌手との別離と自殺未遂を先取りした内容に思える。もしかしたら、すでに障害にぶち当たっていて、彼女は自分の芸能人としての人生を成就させるはずだった「結婚」がダメになるという不安をかかえ込んでいたのかもしれない。




中森明菜が自殺未遂を起こした1989年に発売された『Liar』は、私の知る限り、初期の名曲『北ウイング』とともに多くのファン、特にコアなファンが熱烈に支持する曲である。中森明菜は高音の伸びに比べると低音が不安定なのだが、『Liar』ではその不安定さが抑制となって効いており、耐える女の表現に昇華している。



英語のliarは「嘘つき」のことだ。嘘を重ねる男性との悪夢のような恋愛から自由になろうとするという内容である。つまり、相手をliarとなじるという内容である。この曲が長く支持されるのは、『難破船』同様に演じる天才の中森明菜が自己表現に没頭し、多くの女性たちに共感を呼び起こしたからだろう。




だが、現実の彼女は『Liar』の中の強く耐える女性ではなく、文字どおり脆弱な『難破船』だった。山口百恵がヤンキー系女性の特徴である「早い結婚」で芸能生活を成就させたように、中森明菜もそのあとを追うべきだったのだが、不幸にもそうはならなかった。



最後に1つ強調しておきたいのは、私たちはつい中森明菜(および松田聖子)を「アイドルの代表」のように考えてしまうのであるが、中森明菜と松田聖子は「アイドルの例外」である。中森明菜は「アイドルでないもの」として、松田聖子は「アイドルの中のアイドル」として、別次元の存在である。



多くの人にとって「アイドルと言えば松田聖子」と出てくるのは彼女が「アイドルの中のアイドル」だからだろう。「アイドルと言えば中森明菜」と言うとなんとなく違和感が残るのは中森明菜が「アイドル出身のプロ歌手」だからである。

 


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