猫との生活 ~猫ホスピス 第三章~

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猫との生活 ~猫ホスピス 第一章~
猫との生活 ~猫ホスピス 第一章~

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役目と悲しみ


ご無沙汰なんですが、猫といえばこちらのブログなので書いてみようかなーと通勤電車の中で開きました。



恐らく以前から私の拙い文章を読んでくださっていた方もブログからインスタなどに移られてると思うから、誰への投稿じゃいと思いつつ、まあ自分の気持ちを記録しとこうと思った次第です。



今朝、姉夫婦の愛猫が他界した。
19歳のオス、アメショーとスコのハーフ。性格もおっとりしてて可愛い男の子(もうおじいにゃん)だった。

先月姉夫婦が近くに越してきて、病に老衰も加わったその猫も頑張って越してきて、お世話や通院、皮下点滴や給餌給水、お腹モミモミ、私がやってあげられること結構した。自分の猫でない子のお世話をあそこまでしたのは初めてだった。

で、なにを書きたかったかというと、都内への出社日だった今朝、亡くなったという知らせを通勤中の都内のバスの中できいて、大粒な涙がポタポタと落ちたことが意外だったから。


死に関わって悲しいという気持ちがストレートに入って涙したのはどれだけぶりなのか。
母の看取り。父の看取り。自分の猫の看取り。私が頑張らなければ。自分の感情がせり出して、状況を見失わないように、心の声なんて聞こえないようにして、ただひたすら彼らの旅立ちが穏やかにスムーズに終わるように。そんな看取りの時間しか過ごして来ていなかった。

姉夫婦の猫は週明けからそろそろ厳しい状況に思えていて、今朝は姉夫婦と老猫だけの最期の時間を邪魔しないようにと、いつもなら朝様子を見にいく私も控えて家を出た。

なので、旅立ちの知らせを受けてシンプルに悲しみがのしかかって来た。大きな顔とふわふわの身体と、綺麗な被毛。もう彼の身体が暖かくないなんて。

そっか。悲しい時ってこんなふうに身体が反応するんだ。マスクの上に沁みていく涙があったかいな、マスクがあって泣いてるのバレなくて良かったわ…と下を向いてバス停に降りた。


恐らく、私は病気の猫のお世話をすることが向いている。メールと電話と数字と色々なルールにがんじがらめになってあっという間に過ぎる1日を生きて人生を閉じるよりも、終えようとしている貴い動物の命に寄り添って生きていく方が求められているし、満たされるんではないかと思った。


そんなグーの居ない初めての夜。


lifewithcat 



モク 永眠 今更ですが残しておきます


こんにちは。

前回からの続きです・・・。年の瀬のこんな時期に今更ですが、やはり年を越す前に締め括るほうが良いと思いましてブログを開きました。


 

なんだかですね、あの後モクが

「もう書かなくてもいいんじゃないか?

振り返ることないんじゃない?

書いたってこの先読まないでしょ?」

と言っているかのように、書こうとしても睡魔に襲われたり何たりして、時間だけが経ってしまいました。


 

この先、自分が書いたものを読まない気もするんですけど、生きててモクを思い出して最期まで含めて振り返りたくなるかもしれないから、やっぱり書いておこうと決めました。


*******


モクはとても食いしん坊でした。元野良猫さんの性でしょう。食い意地が張っていることで彼の寿命は延びたと思います。モクは気持ちが悪いだけで食べるきっかけだけ作れば、食べたり、スープをなめたりする子でした。


なので、お腹が空いているのにちょっと気持ち悪くて食べられない、お皿の前に座るもののフードを目の前にしても食べられないという時などは、私の指先に少しスープを付けて、モクの舌の上にちょんと乗せて味見をさせていました。すると「!」という表情をして食べ始めたりしていました。食べることへのきっかけ作りです。これによりしばらくの間は自らフードを口にすることが出来ました。 





それでもほぼ食べ進められなくなり、最後の一週間は強制給餌をすることになりました。

今まで沢山の病気猫の口にフードを運んできましたが、実際のところ個人的には強制給餌はしたくないです。最初はただ闇雲に「助けたい」「生きて欲しい」ばかりで行なっていた行為ですが,ある時から『あれは正しいことだったのかな』と自分の行いに迷いが生じるようになりました。



綺麗好きな猫の亡骸の口元にフードが付いていたりすると、頑張った跡に悲しみが溢れます。一秒でも長く生きていて欲しいという願いがあまりにも明らかで、胸が苦しくなります。同時に、自分が思い病気に罹った際に無理矢理食べ物を口に運ばれたら嬉しいだろうかってそんなことも考え始めました。命を閉じようとしている動物への冒頭かもしれない。良い悪いではない難しい問題です。でも何かせずにはいられないという気持ちが勝るので、猫達の気持ちに寄り添いながら試していくことを選んでいました。


 

結果、私はモクにも少し強制給餌をしてみることにしました。モクが食事を求めている間です。嗜好性の高いウェットフードや、ササミを茹でたもの、焼き魚、モクの好物です。スプーンの背で滑らかに漉して、大豆位の大きさにして白湯でヒタヒタにしたものをあーんと声を掛けながら舌先に少し乗せていました。





『無理やりは嫌だけど食べるかな。どうかな。』という恐る恐るの私の気持ちとは裏腹に、モクは口に入れられたフードをむしゃむしゃ食べ続けていました。目がランランとして、もっともっとと指先の匂いを嗅ぎました。誤って口からぼとりと床に落ちたフードも、鼻先で探して食べようとすることもありました。一気に食欲が増すのを感じ、今まで鬱々としていた症状も明るくなって、食後にはレンジアレンも飲ませやすいし、『これは強制給餌を進めても大丈夫だ!』と確信して、モクがご飯エリアにお座りをしてご飯を待つ度に強制給餌をしました。



5月26日朝の強制給餌が終わり、点滴も200ml弱入れて、レンジアレン玉を飲ませた時です。飲むときに私に突っ張る腕の力がちょっと弱まった気がしました。


ん? そんなちょっとしたいつもとの違いです。そのちょっとした違いが、モクの終わりの時間がそんなに遠くないと確信する時で、給餌もサプリももうあまり続けられないんだろうなって思ったの覚えてます。でも、この時はまさかこれが最後のレンジアレンになるとは思いませんでした。



少しすると気温は寒くなかったはずなのに、モクの鼻からは鼻提灯が出入りしていました。「また風邪ひいちゃったの?」なんて声を掛けて、鼻水を拭いてあげて「モクは元気ですが鼻水がちょっと出ています」と姉と友人にその動画を送ったりしてました。




それから数時間後、モクが急に開口呼吸を始め、急に状態が悪くなりました。

 

うそでしょ?

というのが私のその時の気持ちです。

 

いきなり開口呼吸…。



 

モクの不調はいきなり顕著となり、胸騒ぎがしました。夫に連絡を取り、モクがもう危ないかもしれない旨伝えました。一気にその時が来ていることを感じました。



開口呼吸が落ち着いたモクが、次はベランダに出たかったので出してあげました。我が家では残された時間が少ない猫はベランダに出たがります。暗い物置などではなく明るいベランダへ。モクはしばらく私のまなざしの中でゆっくりと風を感じて、少しするとゆっくりとベランダ内を移動をしてそこで失禁しました。驚きましたが、もうトイレの場所へ行く事もできない、意識も朦朧として貧血も進んでいる状態なのだと知りました。耳や口元を見ると真っ白だったのでチアノーゼを起こしていたのだと思います。




リビングに災害時用の猫ハウスを設置して、モクにはその中でゆっくりして貰うことにしました。早めに帰宅した夫も加わり,二人でモクに声を掛けながら家族でいつもと変わらない穏やかな時間を過ごしました。苦しい状態で命を長引かせるのは酷なので、皮下点滴も強制給餌もやめて、見守りだけする体制に入りました。

 






他の猫も何か普通ではないことが起きていると感じているようで、モクは寄り添われながら過ごしていました。






その晩は私がハウスの中に頭を突っ込む形でモクと添い寝をしました。コの字に寝るモクの身体に私の頭がフィットしている状態です。何度も夜中に起き、モクの呼吸を確かめて、手のひらを添えてモクが苦しくないように祈っていました。いつの間にか外は白んで朝になっていました。早朝に息を引き取る子が多いので朝は緊張していましたが、モクはまだこの世界に居てくれました。






昼前に、目に力が戻ってきて周りを見たりしているモクを見て、昨日からの弱さから少し回復したように感じました。私の膝に抱っこもされて大人しくウトウトしています。



こういう時、一番迷います。



彼の身体はもう命を終えようとしている。

でも、それは今日明日ではなくて4.5日先なのかもしれない。少しの時間を伸ばすためにまた苦痛を伴うのなら無理強いはしたくない。けれど、私は出来れば一日でも長く一緒にいたい。

どうなんだろう。また積極的に看護を再開したら彼は苦痛な時間を伸ばすことになるんだろうか…。



何を迷ったかというと皮下点滴をするか否かです。



前の晩と朝の点滴の計400mlの水分が入っていないわけなので、体内の脱水はかなり進んでいるはずでした。獣医先生にも、点滴で命をつないでいる状態と言われていたので、モクにとってどれほど皮下点滴が重要か分かっています。


少しだけでも点滴をした方が良いのではないか…。その方が楽に最後を過ごせるのではないか…。




今までの経験から、猫は水分が摂れないと約二週で脱水により命を落とすように思えます。モクは重篤なのでもっと短いことは確かです。でも水を求めて脱水で死なせるのは惨い。もう何がモクにとって正しいのか判りません。でも衝動で行動しないよう慎重に考えていました。


 

私の迷いが夫にも伝染しました。彼から「少しだけ点滴してあげるのはどうだろう」と声がありました。彼もモクの目に力が戻ったことに気付いていました。「そうだよね、私もいきなり水を絶つのは、脱水で命を絶ってしまうような気持がして迷っていたから…。やっぱり少しだけ水分を入れてみようかな」と点滴の用意をし始めました。



でも懸念がありました。

少し前にモクの状態に悪化が見られた際、先生に入院治療を考えた方が良い状況かお伺いした時、入院で静脈にて水分を入れるのは危険が伴うと聞いていました。預けても預けている間に点滴により命を落とす可能性だってあると言う意味です。活性していない血流を外から入れた捕液で動かすことにより既に末梢に出来ているであろう血栓が流れて脳や心臓に詰まるというリスクです。

 

それでも、入れてみようと決心しました。


いつもは一度に200ml入れる補液を半分の100だけ用意して、ゆっくりとゆっくりと様子を見ながら点滴しました。驚いたことに点滴が始まるといつものように点滴が入るやすいように四つん這いで伏せた体勢を取ってくれました。モクは水が欲しかっただろうなと思いました。終わるとスーッと気持ち良さそうに横になって眠り始めたので、安堵しました。夫も「点滴入れてあげて良かったみたいだね」と言いました。それが13時でした。




このまま少しは安定するのだろうか。
モクはつらくないだろうか。
つらい時間を伸ばすことはしたくない。
モクから目が離せませんでした。


19時半が過ぎ、本来ならまた皮下点滴を入れるタイミングです。昼の点滴は危ない結果を招くこともなく彼の身体に水分を補給することが出来ましたが、これからはどうなんだろう。また点滴をしても大丈夫なのだろうか。さっきスヤスヤと眠りだしたようにまた水を得ることにより彼の身体は楽になるのだろうか。

いちかばちか、また同量100mlをゆっくり皮下点滴で入れました。功を奏しますように。危ないことになりませんように。






無事に皮下点滴を終え、シリンジと針を片付けて、モクに向き合って様子を見たその瞬間、それはあっという間に起きました。皮下点滴から3分も経っていません。

伏せて寝ていたモクがいきなり元気な猫のようにシャキッと四つ足で立ち上がり、私の方に歩み出したのです。


ああ、来てしまった…。
やってしまった…。
いまの皮下点滴で、わたしがモクを…。


『ボクはどうなるの?』とばかりに大きく目を開けて私の瞳を見つめたまま身体を硬直させているモクを抱きしめて「大丈夫だから!大丈夫だから!」と叫びました。明らかにいまの点滴で血管内に出来ていた血栓が脳に飛んだことにより急に身体が反応したのだと判りました、


「ありがとう!」
「ありがとう!」
「ありがとうね、モクちゃん!」
「ホントにありがとう......ありがとう…」

近過ぎて顔が見えないモクの目は見開いたままのように歪んで見えて、感謝の言葉を掛けて抱きしめていました。モクの顔を涙まみれにしてそう言い続けることな精一杯でした。


モクはもう動きませんでした。


すぐに私は夫に
「私がモクを殺してしまった!」
「点滴しちゃったから死んじゃった!」
「もう点滴が危ないって分かってたのに!」
と泣きじゃくって叫んでいました。




そんなこと叫び続けても仕方ないのに、泣きながら後悔していました。点滴なんて余計なことをした。でもそんなことを言っても仕方ないと自分でも分かっていました。モクの時間は限られていた。最初の点滴は心地良さそうに喜んでいた。二度目はあっという間に起きた残念な最後だっただけで、何も起きなかった一度目が幸運だっただけだ…。
我々家族が寝入っている間に逝ってしまったりしなかったことに感謝しようと思い直しました。



顔と身体を綺麗に拭いていた時、彼の汚れていた鼻の片方が透明な鼻水で塞がっていたと気付きました。開口呼吸になった時は一時的に両方の鼻から呼吸が出来ない状態だったかもしれません。もう少し気をつけて見てあげれば良かったと落ち込みました。


  


 沢山の猫を看取ってきましたが、深く深く心が通じ合えていた猫というのは限られています。


モクは、そんな一匹でした。

人と猫というのは種別を超えて、愛を感じていました。彼も私を深く愛していたと思います。




亡くなる一日前のモクです。

そんなに悪い状態に見えないので、旅立ちは突然でしたね。でも落ち込み続けてもモクは戻りません。彼と過ごした愛しい時間に感謝して、これからも大切な猫達と暮らしていきます。




長い報告、お読み下さり有難うございました。


lifewithcat




 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モク 天国への階段

こんばんは。

 

自分のためにも残しておくべきかなと思い、モクの最後を記します。

 

そうなんです。モク、この世から旅立ってしまいました。





5月27日木曜(モク曜日) 夜20:25ほどです。

まだ近くにいるんでしょうけど穏やかな猫だったので気配を感じられません。

 

ふー・・・

 

どこまで遡って話すべきかな。まず今日は治療について書きます。




 

そうですね。前々回に書いたレンジアレンというリンを吸着させて排出するサプリが功を奏して、どうにか体重も激減することなく体調を維持していたんですよね。体重は2.9キロあたりをウロウロしていて、たまに診察台兼体重計で3.0キロとか表示されると、獣医先生と獣看護師さんと一緒に「お!」とか言って喜んだりして。この状態で増えるなんてすごいねー!と褒められたり、別の時は触診で便やおしっこが溜まっていた時もあり、体重増えたんじゃないくて便だねなんて会話もあったり。

 

そんなモクがGW前あたりの寒くなった日にちょっと風邪をひいて。猫エイズキャリアだから本当にすぐに風邪をひきこんじゃうんですよね。で、鼻が出たりするから食欲も落ち、そのタイミングで体重も減りはじめ、身体の中で炎症があるからか身体も熱い日がありました。



 

モクの治療はほぼルーティーン化していて、週二回の通院で皮下点滴にて抗生物質とブレンダ(膵炎の薬で抗炎症作用有)、ビタミン剤で食欲増進、あとは胃の不快感を取る薬など入れて貰っていました。少し状態が悪くなってもステロイドは使いませんでした。最近はステロイドの使用は極力避けられるようであれば避けているようです。どうしてもステロイドの効果を期待しなくてはならない場面では使用するようなのですが、ステロイドは使用後に反作用で血糖値が上昇したり、それにより糖尿病を引き起こしたりするので使用には慎重になっているらしいのです。代わりに使用しているブレンダという膵炎の薬の効果が高いので、先生自身もステロイドを使わずに済んで気が楽だと仰っていました。



 

通院は週二回ですが家では朝晩に皮下で輸液を入れていました。当初朝100mlでスタートした輸液も、自分で水が飲めなくなり脱水がかなり進んだために、先生と状態を見つつ4月には朝190ml、夜190mlまで増やさなければならないほどでした。一回のオシッコ玉もげんこつ2個分位になり、それを1日で複数回する訳ですから水分はほぼ吸収出来ずに尿として出ていることが判りました。



 

胃腸を動かすために飲水は必要でした。朝5時から夜中は1時まで3-4時間ごとに5mLスポイトを使用して2-3本分を口に入れてあげていました。それもモクの体温、細かく言えば口内の温度、気温によってあげる水の温度を変えました。元気そうなときは常温、ちょっと熱が出ていそうな時は口内の温度よりも若干低い水温(冷た過ぎると飲むのが大変)、就寝前と寝起きは人肌の水温にするため電気ケトルでお湯を沸かして与える水を用意していました。

 

年明けまでは喉が渇いたというメッセージは発していて、台所に来たりお風呂場に来たりして「水をくれ」と鳴いていましたが、ここ2か月は喉は渇いているのでしょうけれど水を求めなくなったので、こちらが気を付けて飲ませなければならない状態でした。水分や栄養は皮下からよりも経口で与えた方が効果が高いからです。




 

で、何の話だったっけ・・・。

 

そうそう。レンジアレン (リンを吸着させて体外へ排出するサプリ)も飲ませなければいけないわけで、これはやはり一苦労なんです。フード中のリンを吸着させたいわけですから、食後に飲ませるのが効果的なんですね。でも水ですらシリンジからゴクゴク飲まなくなってきたモクに、レンジアレンを飲ませたくても、「にゃんじゃこりゃ!水じゃないじゃにゃいか!」と顔を背けてしまうのです。すると、レンジアレンのこげ茶の液体が被毛につき、時には口周りにこぼれ出たそれをブルブルブル!なんて顔を振られて家の壁や洋服に飛び散ったりして、鉄成分のせいか洗濯で落ちなかったりしてなかなか大変。でも、家や服が汚れるのはまだ良くて、鉄分なので誤嚥は危険で、無理やり飲ませて誤嚥は起こさないよう心掛けていました。振り返ると毎回緊張と集中を強いられていたように思えます。



 

ダラダラと大量に嫌なものを飲ませるのも酷なので、私は2包(0.5g)を3mlの水に溶かしてチュチュチュと3段階にシリンジを押して与えました。もう2本、真水の入ったシリンジを脇に用意し、追い水で口内のレンジアレンを流していました。

でも、調子が悪くなると絶対的な飲水量も減って来るのですよね。シリンジの水もあまり飲まなくなってきた時には、「レンジアレン練り梅サイズ作戦」を出していました。レンジアレン2包を11滴の水で混ぜるとちょうど練り梅のようなソフトキャンディー状のサプリが出来るんです。それを錠剤を飲ませる方法で舌の奥において、追い水で飲ませる方法を取っていました。



 

なぜ、状態が悪くなってもレンジアレンだけはどうにか飲ませていたかというと、モクを先生に預けて入院治療をしたとしても大きな効果はないと聞かされたからです。皮下や静脈では治療効果ではそれほど見込めず、経口で与えるレンジアレンしかリンを抑える方法がないと言われ・・・モクの命の長さは自分に掛かっていると感じました。レンジアレンを飲ませるのは大変だけれど、だからと言ってサボれば悪化は早い。シンプルで恐ろしいほどでした。



 

フードは普通のキャットフードは食べなくなってきていたので、リンが高いのは承知でしたが鶏ささみやまぐろ、かつおなど何でも試してあげました。自分から好んで食べたのは、最後はおやつに行き着き、クリスピーキッスのブルーの大きな粒でした。沢山あげるのは考えものでしたが、最後の方は一日4袋とか食べて命をつないでいた感じでしたね。

全く食べないで体力が落ちることよりも、食べたいと思って食べるものをとことんという最後でした。

 

<続く>

 

 

 

 

 

 

ムーたんと川

私がムーたんを拾ったのは2017年7月1日のこと。


お昼に観た孤独な忍者映画の主人公の名前が「無門」であった為、黒猫の孤独なこの子にも無門と名付けた。忍者の子供みたいだったし」。そして、無門なんて正式な名前は忘れ去られ、今はムーに落ち着きました。どこのおうちもそんならことあるんじゃないですかね?(笑)



「まったくもーだにゃ」



ムーは川沿いの植込みに餌やりさんからご飯を貰って暮らしていた猫だった。その川は、驚くほど汚くはないものの、多少独特な匂いもする。少し汚れた川の匂いもいうかね。


先日の晴れた昼休み、ふらりと花見に行こうかと用意をしていたところ、ムーがいつもの通りに出掛けないで連れて行ってアピールで脚にしがみ付いてきた。



ニヤリ


そっかそっか。おんもも行きたいね。じゃあ、お姉さんと桜を見に行くか。とムーたんお散歩専用のバッグを床に立てる。やっほ!とばかり中に飛び込むムー。


万が一飛び出して事故に遭ったりしないようリードも着ける。今まで17匹の猫を飼ってきた私でも、リード散歩が叶う子はたった3匹。パニクる子は危ないだけなのでオススメはしない。


で。

快晴の元の川沿い桜並木に着き、満たされた気持ちで桜を見つめ、写真を撮っていると、あれ?と気づく。


ムーはバッグの中に縮こまってしまっている。






川に着くまではバッグから顔を覗かせて、外の景色にルンルンだったじゃない、ムーさんよう。どうしたんだい?と覗き込むと、イヤです。イヤだもん。と頑なに顔を出さない。




成長して久々のお外散歩に急に警戒したのかな、なんて家路につくと、バッグから顔を出してパッチリおめめで周りを見渡している。




そっかー。

なるほど。


ムーは昔、大変な外の生活をしていた川の匂いを嗅いで、そこに戻りたくないと思ったんだ。


かばいちょーなことしたね。ごめん、ムーたん。




人は、何故だか動物と人を比較して、人の方が優れているように接してしまっていると思うのだけど、動物にも心がある。怖いも、悲しいも、嫌だもあるし、もちろん嬉しいも、楽しいも、幸せもある。



やっぱり誠意をもって命と向き合うのが魂の修行だなあ〜なんて、まるでムーが写っていない桜の写真を観て考えていた。




おわり


lifewithcat








猫エイズのモクの昨年からの話

こんばんは。

モクのこと、前に書いたと思います。ずっとその後のことを書いてなかったし、書いておこうと思います。


そもそもモクってこの子です。オス推定7歳。これまでの猫でもみないレベルの性格の良さ。



おさらいですけれど、モクってね、最初うちに何度かふらりと来て、悲しそうに我が家を振り返りながら道を進んで帰っていき…。一度はお腹空いてそうだったからご飯を出したら食べ始めたので、そのまま抱っこして家の中で食べさせたのです。抵抗なんて一つもしなかったね。地域猫としてご飯を貰っていたのだろうけど、去勢手術もしていなかったし、保護してウィルス検査したら猫エイズでね…。では、私のもとで育てようと家族になって貰ったわけです。それが2015年2月でしたね。早いなぁもう6年経ったんだ。モクを家族にできて幸せなのは私の方なんだけど。

 

そのモクも、猫エイズ特有の口内環境の悪さから3年もするとヨダレが酷くなり、ねねちゃんが亡くなった2019年のお正月にはかなり状態が悪くなり、それってブログにも書きましたけど、先生に「なんでもうちょっと早く連れて来なかったの」と怒られた位だったんだよね。モクを連れて行っている間にねねが死んじゃうんじゃないかという怖くて連れて行けなかったんだけど(ごめん、モッちゃん)。




で、それから一生懸命看病して、チルの小さい頃の預かりボランティアをされていた方が、猫エイズの口内環境の改善のためのサプリを教えてくださり、それをあげるようになったんだよね。そしたら大きくモクの状態が良くなったの。そのサプリがこちら。


PayPayのバナーがちょいお邪魔…。




1つはコロイダルシルバー。これは実は動物と話せる志村動物園にも出ていたあのアメリカ人のハイジさんからも「これを病気の猫たちにあげたらいいよ。私も飲んでいるし、育ててる馬とか犬とか猫にもあげてるわよ」と勧められていたこともあり、自宅に既に持っていました。以前はアメリカから個人輸入している方からしか買えなかったけど今はネットで結構簡単に手に入るよね。濃度によって料金が違うんだけれど私が持ってるのは1100ppmのやつです。コロイダルシルバーは、まぁCMで言うAG +とかあの銀系のもので、ウィルスとかに効果があるんだろうなって獣医先生にお見せした時もそのように仰っていました。


でこちらも。

プロバイオデンタルペット粉末タイプ。




乳酸菌サプリ。この手のものって凄くマーケットには沢山あってどれも効いてるような効いてないような明確な変化は感じなかったんだけど、これに関してはさすが広告に詠っている通り、3日目に急変したのが判りました。これもホントにオススメ。


フーガに続き、モクも猫エイズキャリアだから、猫エイズウィルス持ちの子の病気の進み方は経験済み。口内環境整えてあげるのって本当に大切で。口の中が雑菌だらけになると炎症を起こしやすくなるし、炎症が起きれば痛くて食べられなくなるし水すら飲めなくなるしって悪いことばかりなんだけど、本当にこのサプリには助けられました。そうなの。獣医先生がモクの復活に大きく驚いていらしてて、ホントによくこんなに元気になったよねって言ってくれてたのです。それが去年の夏位の話。


だがしかし、体重を増やしたい、食欲を維持したい、そんな気持ちが強すぎて、あまり食が進まない時も嗜好性の高いフードや、私が食べている魚の干物を欲しがったりするからちょっとあげてみたり、鶏のささみをあげてみたりということが長く続いたことで、秋には体内にリンが蓄積してしまった。腎臓とリンの数値が上がってしまったんだよね。もはやヨダレ問題はメインではなくなったわけで。


でね、獣医さんの指示通り朝晩2回自宅で皮下点滴をしていたものの、尿量が多いから脱水が酷く出ていて、11月12月は 1日もしくは2日おきで病院に終日預けるという日々が続いていたんですね。


そしたら事件がおきた。ちょっと凄い写真が続きますがごめんなさい。


モクの尻尾を触ったら血が付いていた…。




えーっ!と思って出血箇所を探しても見当たらない。何が起きたんだ?どうしたんだ?その日は運悪くテレワークではなく都内に出勤の日で時間をかけられないわけです。慌てて獣医さんに連れて行って、1日入院させる形で会社に向かうも落ち着かないわけで…。夜迎えに行くと、先生から出血箇所はお尻ではなく口で、丸くなって寝ているときに口の下に尻尾をしていたから血がついたのだと聞きました。そして迎えに着いた直前にも大量に口を血を含む出血があったと言うんです。出血箇所の特定は口をこじ開けるわけにも行かず出来ていないというし…。もう何が起きてるのー!モクー!って信じられない状況で。



そして止血剤を入れて下さったがその数日後…。



があぁん。

どうしたのもっちゃん…。大丈夫なの、もっちゃん…。と大ショック。





…こんな状況なのに本人の表情は悪くないし、一体これは何なんだ?また止血剤を入れてもらいに獣医さんに行って。そんなことが何回かあり出血量は収まってきたんですけど、推測するに口内のどこかに出来もの(もしかしたら腫瘍、悪性か良性か判らず)、が出来ていてそこから出血をしているのではないか、でもそれを調べるには全身麻酔でCT検査となるので難しいということとなりました。


ホントため息ものです。


本人の口からはいつもかすかに血の匂いがするし、これじゃご飯も美味しく食べれないだろうなって思うし、徐々に弱っていくモクは腎臓とリンの値が高くなっていって、泊まりで入院しても効果はそれほど得られなくなったんですよね。血栓が出来始めていて、いつ急変するか判らないと言われていたし…。このままだと年を越すのは難しいかも知れないねと言う話もあり、結構ブルーになっていて…。


その頃、レンジアレンというリンを吸着させて体外に出すサプリを病院から出されていて、家で飲ませるようにと言われてたんだけれど、そこまで気持ちが入っていなかったのね。それは味も苦いのか飲ませにくいサプリでね。でも、病院ではリンを下げる治療はしていないと言われてたし、もうレンジアレンしかリンを下げる方法はないのではないかという説明があって。帰宅してからモクにも頑張って貰って、目安量の倍量を飲んで貰ったのね。通院してそれを言ったら驚かれたんだけど。




そして1日預けて夕方に採血をしたら、なんとリンが大きく値を下げていて、先生もびっくり。それが年末かな。それ以来、モクもフードを食べられるようになったし、レンジアレンを飲ませることでモクのリンの数値の管理が出来るようになり、また安定した暮らしを送ることが可能になっているという今の状況です。先生によるとリンの上昇は腎臓のBUNの上昇より治療がしにくいらしいです。




ホント、素直に皮下点滴もサプリ飲むのも頑張ってくれてモクには感謝でいっぱい!


まだまだ一緒に暮らしていけることをに大きく感謝して明日を迎えようと思います♥️


ホント長いわ…。

読んで下さり有難うございます(^^)。


lifewithcat



 

 

ご無沙汰しております

こんばんは。
2年前ほどからすっかりブログを書いてないキャットです。
私のブログを読んで下さっていた方々も結構離れてらしてるんじゃないかなーと思いつつ、色々気持ちの整理をしなくてはならず戻ってみました。

書く事で自分の中のモヤモヤがクリアになっていたのに書かずにいたらモヤモヤに押し潰されそうになっていまして。

「そなの?」

そうなのよ〜…。

コロナ禍で自分自身と向き合う時間多いです。


また書きます(はやっ!)



lifewithcat

近キョー


なんと。三月末に下の記事を書いたまま投稿せずにいました。今更ながらアップしちゃいます。
楽しい内容だったから。

………


あー。
ひっさしぶりになってしまった…。
ネネのときは皆様に支えられてどうにか堪えることが出来たのに…。

相変わらず慌ただしい生活を送っておりますが、キャット家のみんなは普通にしております。

敢えて言うならば…ちょっとみんな甘えん坊になったかな。ネネが居なくなって少し暗い雰囲気になっていましたが、いまはきちんと甘えたり遊んだりが出来るようになりました。

5匹いる全員と、毎日必ず1-2分の時間を個別に持って、どんなに愛しちゃってるから伝えています。大抵みなさんは周りに他の猫が居ないと確認した後、私の膝上にてお腹を出してグーパーグーパーしとります。こういう様子を録画したくてウェアエブルカメラ買ったのにあまりに広角で撮れるもんで部屋の全部が写り込んで恥ずかしいので全く使えていません。←なんのために買ったんだーい。

さて。
今日はブリちゃんの話。

ブリは右の子です。

最近風邪を引いて、咳をゲホゲホしている私なんですが、先日リビングで咳こんでいたら、ぎゃーぎゃー鳴いてウロウロしてると思ったら私の部屋からこんなものを口にくわえて持って来ました。

まさかののど飴…(笑)。



「咳うるさいから舐めるのにゃー!」


この子、普段は物を運んで来たりしない子なのでとにかく驚き!のど飴って分かって私のところに持って来たのかしら?!とびっくりしていると翌日…


今度はまさかの沖縄黒糖アメを運んで来たブリ。



これはもはや偶然ではあるまい。

それ以降?
咳が止まって以来、何も運んで来ませんよ(笑)。


それではまた!

lifewithcat 


猫の9つの命を、1つネネから貰ったモク

こんにちは。
モクのことご心配を頂いていましたのに投稿が滞っており、すみません。わたくし、嵐の大野くんの密かなファンで、休止宣言にしばらく魂抜かれておりました(笑)。いいおっちゃんになった軽快な彼らの更なる成熟に、応援旗を振る思いです。



さて、モクですが、なんと非常に元気です。集中した治療が功を成して、今ではヨダレも止まる快挙です (^^)。

「ねーしゃんのお風呂にも付いて行っちゃうもんね!」




行った治療は、書きました通り1月22日の静脈点滴にて入れた組み合わせ抗生物質。加えてステロイドはデキサメタゾンからプレドニゾロンへ強さを下げて投与。それ以来、家では日々150mlの朝の皮下点滴以外には何もしていません。ご飯もモリモリ食べています (^^)。


ああ、神様ありがとう!

猫ってさ、9つ命があるって言うじゃない。だから、ネネが使い切れずに余った命をモクにあげたんじゃないかなと思ったりしたりしてね(^^)。それ位、元気になってるんです。


「モクー!あたちの分まで長生きするんにゃねー!」



あとね、癌を患ったひなこたちに着けて効果があった半導体ペンダントというものがありましてね。それをモクにも着けたんですよ。やっぱりネネの時もそうでしたが、脳が刺激を受けて活性するんですよね。目とかキラキラしちゃって。
病気で少し弱っている子がいたら助けになる可能性は大なので着けてみるものおススメですね。


イフペンダント


たくさん寝て元気になるにゃ。むにゃむにゃ。
もうヨダレは出ていないのですが、イフペンダントを付けるためにヨダレ掛けをしています。




るんるらんらるーん🎵
元気になってきたにゃ。



ねーしゃんとボクはいつも一緒ににゃ。



ほらほら、もうヨダレもなくて良くなったでひょー?




雪にゃ雪にゃ!




ねーしゃんに抱っこして貰って、チッポも腕ぐるぐるだもんにゃ〜!



また報告するにゃー!
みなさん、応援ありがとにゃー!(≧∀≦)






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年始からのモクと入院治療

猫エイズのモクですが、ネネと同様に年末から少しずつ悪化していたことは書きました。

年明け4日5日と強いステロイドを入れ、二回の注射で見違えるほどに回復したのもつかの間、引き続き体内で赤血球が壊されることで貧血が起こっていました。動きは緩慢になり、黄疸が出て食べることにも興味もなさそうになっていました。

9日にはすでにヨダレも復活してあまり食べられなっていたんです。可哀想なモク…。


「……」


「ボク凄くだるいにゃんね…」




まだ私のひざの上で寛ぐことはしていましたが、表情は厳しく、不調と闘っていることが判りました。



でもモクはご機嫌さんなので、撫でていると嬉しそうです。病気なのにハッピーさをまとっている猫のモク。




1月10日には食べることもかなわず、ヨダレは止まらず、汚れた口周りを拭いても拭いても垂れ流しとなりました。




お見苦しい写真で申し訳ありませんが、猫エイズキャリアの子はこのように口内環境を著しく悪くしてヨダレが垂れ流しになります。もちろん、家も汚れますし、匂いも強いのでブランケットなどは洗濯も追いつかないほどです。でも、彼らだって好きでキャリアになったわけではない。綺麗好きな猫ですから嫌気もさしてるんじゃないかな。

世話する側の許容が大きく求められるところです。





ネネが酸素室から出て椅子に登ってゆっくりしていた時、ネネの視線の先にはモクがいました。両方闘病してる同士。何か語り合っていたのかもしれないなあと思います。




もう、この様子のモクはもう待ったなしの状態だと判っていました。非常に悩んでいました。モクの通院で不在中にネネが命を落とすかもしれない。でも、モクだっていま治療をしなければ手遅れになるかもしれない。ネネはもう命の時間は限られているから、モクを救うべきなのかもしれない。災害時のトリアージが頭に過ぎります。ああ一体どうしたらいいのだ…。ひとり悶々としていました。身体ひとつに容体の悪い猫二匹。ネネが旅立つ二日前の深刻な葛藤でした。



その晩、皮下点滴は出来たものの、モクは薬は飲み込むこともせずに、そのままヨダレとして口外へ流し出してしまいました。いよいよ決断の時でした。



翌朝、酸素室の中のネネの瞳にまだ力強いものがあると確認し、今なら一時間くらい外せるかもしれないと決心しました。

1月11日朝8時のネネ



「ネネちゃん、ちょっと行って来るね!」と声を掛け、モクをリュックに入れて自転車で獣医さんへ駆け込みました。朝一番の診察なら待ち時間も短くて済みます。




病院で先生はモクの眼の瞬膜の色や毛をかき分け肌の色を見て、黄疸が酷くなっているようだと言いました。前回だって相当悪かったわけで、それより悪くなっているとは…心に重いものが響きます。前回と同様にデキサメタゾンというステロイドが打たれました。

これを含めて最低三日は同じ注射が必要だと言われました。翌日以降は夫も家にいるため、その間ネネを見ていて貰えます。診察後は急いでネネの待つ家へ戻りました。


帰宅するとネネはそのまま酸素室で変わらず寝ていたのでホッとしました。少しすると酸素室が開く音がして、ネネは水を求めてお風呂場へフラフラと行きました。もうネネにも時間が来ていて、本当に二匹とも待った無しの状態でした。

最後に水を飲む様子のネネ




ネネの酸素室の前のベッドでモクが寝てくれたため、両方一緒に様子を見ることが出来ました。





そして翌朝、ネネは逝きました。




悲しみも大きかったけれどその時に一緒にいた安堵感もあり、心の中は色々な感情で溢れていました。沈み続けていると余裕もなく、モクの二日目の注射へ通院し、ネネが旅立ったことを先生にお伝えしました。


そして、モクは二日目の薬も効いてきて急に楽になっているようでした。



その晩からモクは私に甘え始めました。私はというとネネを失ったばかりで彼女の死と向き合う時間が必要だったのですが、モクはここ数ヶ月全ての意識をネネに使っていた私に甘えたくても我慢していたのかもしれないと思い、どこか後ろ髪を引かれる思いを抑えて、今生きている命に目を向けることを始めました。


私に頭をぶつけて甘えるモク



抱っこウレシイ



翌朝も予定通り最後の注射に向かい、痛みから解放されているモクにブラッシングをしました。モクは気持ちいいのと楽しいのと嬉しいのとでご機嫌でした。



夜は表に出たいと鳴くので、久しぶりにリードを付けて散歩しました。



ネネの看病で睡眠時間が狂っていた私は、ネネのお骨とまだ一緒に寝たくて、電気を落としたリビングのソファでうとうとしていました。夜中に顔の上に柔らかく重いものを感じて、自分の顔に向けて写真を撮ると、顔に頬を寄せて眠るモクがいることを知りました。なんともモクも愛おしく感じました。心地よくてそのまま眠りに戻りました。
 


残念ながら、1/17の夜にはモクはまた食べられなくなり始め、自宅で点滴だけして様子を見ていました。




翌日土曜の朝一で通院しました。以前、先生は本当に深刻になったら入院にて治療する方が良いと仰っていました。皮下とは違い、静脈を使う点滴で黄疸を効果的に減らすことが叶い、入れられる薬の種類も増えるからです。もう通院で注射するだけの治療では悪化の速度から逃げきれず、一時しのぎの状態であると分かっていたので預けて治療して頂くことに決めました。

預けた時のモク



夕方、迎えに行くとすっかり顔つきの変わったモクがいました。



なんだか元気になったよ!


その日、連れ帰るつもりだったのですが、先生との話し合いでこのまま夜通し静脈点滴を続けてとことん黄疸値を下げましょうということになり、迎えは翌日日曜昼に延期となりました。






日曜にはまだ黄疸が下がりきっていないため、また火曜に1日入院をすることを前提に帰宅となりました。水曜は夜遅くまで仕事の予定なので万全を尽くすにはベストなプランでした。



そして約束通り、今日火曜に朝から預けて治療をして貰いました。連続で使用していた強いステロイドでは痛みも取れて安定していましたが、副作用により感染があり、鼻風邪をひいた状態となってしまいました。黄疸値は基準値近くまで下がりつつありますが、白血球数も増えていました。今までのステロイドは避けて、比較的弱めのステロイドを今日は使ったたらしいです。その薬の強度だとモクも何日安定して暮らせるのかはわかりません。でも帰宅したらこれでもかというほどにフードを食べてくれましたのでいまは安心しています。

長々と記録しましたが、これが年始のモクの話です。ネネを見ている間、我慢していたモクに強さが戻るといいなと思います。


ボク元気になるにゃんね!



またご報告します。


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残されたシズメンたち

ネネが亡くなってから数日経ちました。

我が家では残された5匹は皆男子で、リビングには鬱々とした沈んだ空気が充満しています。ネネも最後の数週間は酸素室で過ごしていて、皆の間にいた訳ではないのに、明らかに女神のようなネネの不在に喪失感を感じているようです。

「みんなシカタニャイにゃね」




ネネが呼吸を止めてしまった数分後、調子が悪いモクが洗面所に小走りで向かい、棚の上の方に向かって鳴き続けていたようでした。私はネネの亡骸を抱きしめて悲しみの絶頂でわなわなしていましたが、夫が「モク、どうした?どうしたの?」と呼び掛け続けているのが聞こえていました。

よく言われていることですが、魂って亡くなるとスーッと身体から抜けるんですね。なんだか天井から見下ろしていたネネをあたしも見たかったなあと思いました。モクには見えてたんだなあ…。


ネネの亡骸にはキツイ尿臭がしていたことから、チルとゴウは近寄りませんでした。何とも悲しいことです。チルは、ネネとは夫婦のような関係で子育ても一緒にし、いつも並んで過ごしていたのに。酸素室に入る前は調子の悪そうなネネに甲斐甲斐しく寄り添っていたチルですから、酸素室に空気を入れ始めてからあの空間が怖くてネネに近寄れなかったのだと思います。


いっつも仲よしだった頃のチルとネネ





モクはしばらくして、私とネネの元に来ました。ネネの匂いを嗅いでいました。動かないことで異変を感じたかな。



ブリも母を確認に行きました。
寝てると思ったかなあ。死んでしまったと認識出来たかなあ。


ショックだったろうな。
匂いを嗅いですぐに行ってしまいました。


ネネはみんなが近づけない台座の上に寝て貰っていたので、二日後に棺に移すのに棺を床に置いたら、ムーが様子を見に来ました。


寝てるのかと思ってチョイチョイしました。


ねえ、起きて。と言うかのように、しつこく匂いを嗅ぎました。

見てて切なくてね。



まお、ネネは今頃息子のラビに会って、下からあちょーとパンチしたりしてるはず。




ネネはね、首輪とお揃いのピンクの棺で出発しました。ホントに嘘みたいに可愛くて似合ってて、せめて幸せな雰囲気で送ってあげれて良かった。




真っ青に抜けた空に向かって行きました。



ペット霊園の方が、ネネのお骨を持って言いました。「この子焼くの大変でしたよ。腹水が随分溜まってたみたいですね」

そうなんだよね。棺の中のネネがまるで寝ているかのように見えていたのは、お腹の水がぷよぷよと動いたりしていたから。その柔らかな様子は病気の痕跡で本当は残酷な様子なんだけど、なんか本当に死んじゃったのかなと思ってしまうほど横たえると寝ているみたいだった。

骨も中がスカスカみたいだったようで。改めてFIPの惨さを少ない骨から感じましたね。


頂いたお花に囲まれ、ネネは姿を変えました。
寂しいね。
まだふっとあなたの匂いがするから驚くよ。
どこに行っちゃったかね。




残されたチル達はまだあまり食べないから、時間と愛を掛けていくしかないね。



前も書きましたが、モクも酷く調子を崩しているんです。ネネのことをもう少し偲んでいたいけど気持ちを切り替えてモクの看病にあたります。



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