妻の入院~その3 | 老年科医の独り言

老年科医の独り言

認知症治療にかかわって30年目になります。
今回心機一転、題名を変更して、ぼつぼつ書いていきたいと思います。

「転移性骨腫瘍」と告げられた翌日(14日火曜日)に原発巣確認のため、全身の造影CTが行われた。

造影CTでは、何も引っかからなかった。

主治医から、翌日以降乳腺外科・消化器科の医師に診察依頼を行ったことを告げられた。

 

現在入院している病院は、9日夜転倒して動けなくなり、救急隊によって選ばれた病院であった。

自宅に近い事(徒歩で25分くらい)に関しては、当初より感謝していた。

翌15日水曜日に、偶然この病院に連れてこられた事に、二人で感謝することになる。

 

水曜日の午後になり、入院している病棟師長より、妻の病気についてDrから話があると私に連絡があった。

仕事を終え妻のもとに行くと、二人の医師から妻の病状説明があった。

一人は、入院した整形外科の部長、もうひとりが血液内科の専門医。

整形外科医からは、MRIで確認された骨盤の腫瘍について説明がなされた。

CTにより、右腸骨に巨大な骨破壊像が認められる事。

これ以上骨盤の破壊が進行した場合は、寝たきりになるリスクが高い事。

頭部に「多発性骨髄腫による骨病変が認められること」などが説明された。

緩和ケアにより疼痛を抑えた場合、不用意な動きにより骨盤の破壊が起こる可能性が高い事。

などの説明があった。

血液内科の専門医より「多発性骨髄腫」であることが告げられた。

その日の血液検査の異常(総蛋白:9.6・アルブミン:3.4)から、ガンマグロブリン(免疫グロブリン)の増加が考えられる事。

全身に多発性の骨病変が認められることなどから、90%以上の確率で多発性骨髄腫であることが、説明された。

後は、骨髄穿刺により骨髄中に病的な形質細胞(腫瘍細胞)の確認と、免疫タンパク泳動でMタンパクの存在が確認出来れば、

診断が確定することなどの説明がなされた。

 

話はそれるが、私が研修医として勤務していた第二内科は、「循環器」・「呼吸器」となぜか「血液内科」があった。

当時は、タンパク分画検査がルーチンで行われていた。

タンパク分画検査=免疫タンパク泳動であり、この検査で偶然Mタンパクが見つかり、血液内科に送られてきた患者もいた記憶がある。

妻も同じ病棟で働いており、血液内科の患者も看護師としてかかわっていた。

基本的にこの病気の知識はあったし、担当した記憶もあった。

当時は、ろくな治療法がなかった記憶があった。

 

二人の医師の説明の後、どうするかの決断をしなければいけなくなった。

この時二人とも、神に感謝した。

偶然血液内科の専門医がいる病院へ、救急搬送された事へ感謝した。

 

国立がん研究センター中央病院へ行かなくとも良いと妻が決断してくれた。

私も、その決断に異論はなかった。

やはり築地は遠い。会いに行ける回数に限りがある。

自宅に近いこの病院だと、簡単に会いに来れる。

ここで、治療を受けることにした。

現在入院している病棟は、産科病棟だった。

翌日血液内科の病棟へ移動した。