修行時代日記 ~第23.9話~
199×年○月▽日
とんだハプニングだった。
急いでメイン料理の準備をしなくては・・・
<チュルボ スフレ シャトー ド レクレール>
(平目のスフレ シャトー ド レクレール風)
シャトー ド レクレール・・・・・今現在、自分らが調理している城の名前である。
料理にこの城の名前が付いているということは、この学校で伝統的に教えられてきた料理であるということだ。
当然ムッシュ・ナレをはじめとして各プロフェッサーには思い入れのある料理に違いない。
前日のエスプリカッションで教わった通り、基本に忠実な作り方でこれぞクラッシックというような料理だ。
前日に卸した平目。
物凄く身の厚い平目で、聞くとドーバー海峡でとれたものらしい。
この平目をキャレ・・・四角形と言う意味だが、長方形の均一な暑さに切り出す。
両面にアセゾネ(塩・胡椒で味付け)したあとに平目のムースを山の様にナッペ(塗って)していく。
左官屋の様に。
この山の様なムースがこのお城・シャトー ド レクレールの屋根の様に見えることからこの名前がついたらしい。
屋根のてっぺんにはピスタチオを2粒のせる。
白いムースに緑色のピスタチオがワンポイントとなって映える。
これに火を入れる訳だが、この火入れがまた難しい。
バターを塗ったグラタン皿に硫酸紙に乗せた平目のムースを乗せ、その周りにみじん切りにしたエシャロット、白ワイン、ヒュメ ド ポワソン(魚の骨で取った出し汁)を加えオーブンでブレゼにする。
ブレゼとは、簡単に言ってしまうと<蒸し焼き>だが、これがフランス料理特有の<蒸し焼き>でこれが、非常に難しい。
切った平目の身より液体(白ワインやヒュメ ド ポワソン)を入れてはいけない。平目の身の上にナッペしたムースにまで液体が浸かるとムースは分離してしまい形が崩れてしまう。
平目の身ギリギリまで液体を入れるのだが、身が薄すぎると火が入ると同時に液体も煮詰まってなくなってしまう。それに平目には火が入りすぎでムースは火が入っていない状態になってしまう。
最後残った液体・煮汁でソースを仕上げるためジャストの火入れをしつつ、ソースに使用できるだけの十分な煮汁を保っていなければならないのだ。
そこで、重要なのは平目の身の厚さとムースの高さ。液体の量とオーブンの温度。
特にオーブンには温度計が付いているが、はっきり言って当てにならない!
オーブンは扉を開け、自身の腕をツッコミ、自分で温度を感じ取らなければならない。
厚さ、温度、高さ、・・・あらゆる事を計算して最終的に最高の状態に仕上げなくてはならないのだ!
見た目はシンプルだが、非常に高度なテクニックのいる料理だ!
・・・・ムースのナッペは上手くいった。
オーブンの温度を確認する・・・・・
体感温度・・・・・・200℃位だ!
大体これくらいだろう・・・
実は前日に先生にこっそり温度の測り方を聞いてのだ。
それは、実にアバウトだが、
オーブンに手をツッコミ5秒数える・・・・
「1、2、3、4、・・・・・・5!!で熱ッ!!となったら大体200℃や!!」
・・・・・って先生。それって人によって体感温度違うしッ!!
「アホッ!!ええから~やってみぃやぁ~!!」
「ウ、ウィー・・・・1、2、3、4、・・・・・5!! あ、熱ッ!!」
「ほう~~石~~井~君。どうやらワシと同じくらいやなぁ! ええかッ!! これが!200℃や~~~~!!!!」
ア、アバウトっす!
・・・要は、デジタルに頼るなってことなのだ。
これからの時代、科学や機器、調理器具などは更に発展していくだろう。
そのような時代になっても、自分が研修や就職するレストランにそのような正確な温度を示す機器があるとも限らない。
スチーム・コンベクションなどに頼らずとも何時・どこでも料理できる人間を育てるためあえてアナログで教えているのだ!
よし、200℃だ。
「アローーー!!エキップブルー!キャトル チュルボ スフレ シャトー ド レクレール アンボワイエ シルブプレ!!!」
「ウィーーーー!!シェフ!!!!」
グラタン皿に乗った平目をオーブンに入れる・・・・
しばし待つ。
・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・
よし!!そろそろだ!!
平目の中心に串を刺し、温度を確認する。
・・・・・もう少しか。
後、2分くらい・・・・
・・・・
・・・・・・・
よし、大丈夫だ!!
後は予熱で・・・・・・いける!!!
硫酸紙ごと平目を取り出し、網を引いたバットで休ませる。
グラタン皿に煮汁は、液体は十分に残っている!!
液体をキャセロールと呼ばれる片手鍋に移し、そこにクレーム・ドゥーブル(ダブルのクリーム、入脂肪分が非常に高く、濃厚なクリーム)を加え煮詰める。そこに大量のバターを鍋をゆすりながらモンテしていく・・・・・
味を整えパッセ(裏ごし)してソースの完成だ!
非常に濃厚で旨みの凝縮したソース。
これぞ!!クラッシック!!
更に平目のスフレを盛りつけ、ソースを流し・・・・
「シェフ!!キャトル チュルボ スフレ・・・・アンボワイエ、シルブプレ!!」
「セ・ヴィアン!!! セルヴィス~~~!!オニバ!!!・・・・・・・・・・・・・・・アホッ!!!走らんかい!!!」
我ながら・・・上手く出来た!
実に美味そうである。
「今日の夜はクリヨンだから、これが食べられるなぁ。楽しみっす!」
その前に調理場の片付けが残っている。
これが、また大変なのだ。
プラックはピカピカに光り輝くまで磨かなくてはならない。
シンクの中や水周りには水滴、一滴も残してはならない。
徹底的に調理場を磨きあげなくてはならない。
掃除が終わる頃には、クタクタだ。
何とか掃除も終え、午後は講習。
フランス各地の星付きレストランから有名シェフや地元のフロマジュリー(チーズの生産者)がチーズを作る工程を教えに来たり、ブーシュリー(お肉屋さん)が牛肉の解体などを教えに来たりする。
中には疲れきって寝ている者もいるが、自分にとっては非常に興味があり勉強になる。
その講習が終わると、今度はディナーの実習だ。
各役割をローテーションし、自分はクリヨン(お客)だ。
クリヨンは非常に楽である。
食べるだけだ。
もちろん食べるのも勉強だが、何より楽だ。
あの激しい調理場の実習に比べるとそこは一時のオアシス。(笑)
昼の実習の様にハズレもたまにはあるが、それでも大好きなフランス料理を毎日食べられるのだ!
しかも組み合わせによっては、パティシエコースの女子と同じテーブルでお食事
ちょっと気になる子もちらほら
・・・・・なんて事言ってられない!!
今の自分にはフランス料理だけしか見えない
彼女なんて!!もってのほかだ!!!
そう・・・・もってのほかだ・・・・
それはともかく、毎日フランス料理だ。
最初はよかったが、さすがに和食も食べたくなる。
そしてあいつが足音も立てず近寄ってくるのだった・・・・
あの悪魔が・・・・・・・
でかいフォークを持った悪魔が・・・・・
フォークの先には肉の塊。
皆んな、
ブクブクブクブク・・・・・
太っていった。