再び、プレゼントをいただきました。


いや、正確に言えば、いただいていました…



今度は、やはり大好きなブロガーさん「油屋甚平」さんからです!


ありがとうございます★☆



しかし…


いただいたのは、10月。ご覧の通り、ハロウィーンもの。


今は、11月…



「油屋甚平」さん、本当に申し訳ございませんでした。


プレゼントを開いたのに、よく確認もできずに…、


マイセレクトというものへの追加も、ブログでのご紹介も、こんなタイミングになってしまいました…。


深く、お詫び申し上げます。



そして何より、本当にありがとうございます!







騒々しいけれど、味気のない日常の中で、色々な物事が疎かになっていく。



そんな時の流れの中で、


かぼちゃのオレンジ色が少しずつ色を失う。


モノクロームになり、形さえも不確かになる。



僕が僕でなくとも、誰も困らない…。


そう思えてくる。


僕が僕でなくとも、僕自身も困らない…。


そう思えてくる。



僕は白でいい、黒でいい、


僕は水でいい、空気でいい、


色彩なんて、形なんて、無くても構わないと…



ただ、僕はひどく単純で、どこまでも単純で、ほんの些細な出来事によって、


再びこの胸に、色と形を取り戻す。


ただ、僕はひどく欲張りで、どこまでも欲張りで、ほんの些細な出来事によって、


それ以上の、色と形を求め出す。



ふざけた仮装で、家から家へと、お菓子を求めて歩く子供のように。


もう、抱えきれやしないのに、まだ、お菓子を欲する子供のように。



でも、知っている。


本当に欲しいのは、それじゃない。


「はい、プレゼント」


その言葉の奥の、妙に暖かいアレだ。


アレのために歩いている。





おっと…、話がそれた…。



何はともあれ、遅ればせながら、皆さん、


Happy ハロウィーン★☆



何はともあれ、「油屋甚平」さん、


ありがとうございます★☆




この三連休、東京にも木枯らしが吹いた。


何はともあれ、もう、冬だ。







携帯ではなく、久し振りにPCでブログを開いたら、プレゼントが届いているとのこと…

開いてみると、大好きなブロガーさん「雨宮ノボル」さんからでした!


よくわからない機能だけれど、なんだか嬉しい…

「雨宮ノボル」さん、ありがとう!


“ブログで紹介する”という機能があったので、「雨宮ノボル」さんにならって紹介してみました。


それにしても、色々なサービス?機能?がありますね。

アナログな僕…、ついていけるかな…


なにはともあれ、新しいコミニケイト手段の一つですね。


積極的にコミットメント!






東京駅に向かう途中、唐突に大きな雨粒が僕とアスファルトを打った。

失われた。

笑い声、話し声、叫び声、車のエンジン音、鳥の羽音、ハイヒールの音、或いは、風の音、何も聞こえない。街を構成する全ての音が失われた。

雨音だけが今、この場所を包んでいた。

誰もが、同じ方向へと走り出した。誰もが、泣いているように見えた。

駅はもう、すぐそこにあった。僕がすべきことは、踵を前に少し強く踏み出すことだけだった。それだけで良かった。

ただ、それが出来なかった。

駅に背を向けて、僕は歩き出した。

あまりに馬鹿げている。

雨は、激しく僕を叩いた。


「泣けば良いのよ。」と、昔、誰かが言った。

その誰かだけじゃない。うんざりするほど、色々な人間が、或いは、音楽や映画や小説が、色々なものが、僕にそう語りかけた。

泣けば良いのよ、と。


全部流してくれる?涙が何もかも流してくれる?オーケー、構わないよ。泣くよ。大声をあげて泣くよ。呆れるほど泣いてみるよ。もし、本当に涙が全てを流してくれるんだったらね。でも、知っているかな?傷は、カサブタみたいなもので覆われているんだ。それは、簡単に出来たわけじゃない。ひどく頑張って、長い時間をかけて、やっとそれは出来たんだ。それが痛みをプロテクトしている。でも、涙を流すと、それは一瞬で溶けてしまう。そう、オブラートみたいにね。涙はね、決して、痛みそのものを流してなんかくれない。何も無かったことになんかしてくれない。リセットなんてしてくれないんだ。涙が流し去るのは、表層的な部分だけなんだよ。ほんの一部分だけなんだ。それだけを、綺麗さっぱりと流して、簡単に姿を消すんだ。そして、痛みだけがいつまでもそこに残る。確かに残る。知っているかな?涙を流した後の剥き出しになった痛みを。知っているかな?あの本当の痛みを。
知っているかな?
しっているかな?
シッテイルカナ?…




適当なカフェを見つけた時には、ひどく濡れていた。整髪料が流れ落ち、出鱈目に目が滲みた。ジャケットは重く深く肩にのし掛かった。


そのカフェは地下にあった。

ハンカチで、髪の毛と体を拭きながら、暗く急な階段を慎重に降りた。

立て付けの悪いドアをなるべく静かに開けると、古い鐘が、侘しく一つ鳴った。


店員はレジスターを睨みながら、「いらっしゃいませ」とだけ言った。それは、水の中で喋った自分の声のように僕へと届いた。

カフェはバータイムになっていた。僕は壁に面したカウンター席に座り、何も考えずに、ギネスの黒を頼んだ。

店員は、ただ頷いた。

ヤニと埃まみれのスピーカーから流れるビリー・ブラッグの曲が、ひどく空転していた。

客は誰一人いなかった。

こんな金曜日の夕刻に、雨に濡れたまま、一人で黒ビールを飲んでいる男なんて、この東京のど真ん中で、僕だけなのかもしれない。

運ばれたギネスの赤茶けた泡を一口飲み、ライターを何度か擦って、タバコに火を点けた。

空調がガタガタと鈍い音を立てた。辺りは熱を帯び、生温い風が吹いて、急速に僕を渇かした。

外のまるで見えない地下のカフェ。それは空虚だった。




今、外では何かが起きた。

もう、決定的にそれは起きてしまった。

僕はその後の世界で、たった一人生きている。

友人も、レストランのウェイトレスも、電話に出たオフィスの女の子も、香水を売ってくれた女性も、もう、外の世界にはいない。雨に濡れながら走った誰しもが、もう、いない。

誰もが何かによって消えて無くなった。

そんな気がした。

まったく、どうかしている。


ただ、もし本当に何かが起こっていたとしても、僕はきっと今と変わらずここにいるだろう。

やはり、ビールを飲んで、タバコに火を点けているだろう。ビリー・ブラッグの空転に寛容でいるだろう。結局のところ、それくらいしかすることはない。

外が、向こうが、どうであれ、僕は何もしない、僕には何もできない。

今日はオフィスに戻るつもりで、丸の内に来た。

財布と携帯電話、タバコとライター、鍵と腕時計。ずぶ濡れのハンカチ、そして、途中で買った、やはり、ずぶ濡れの香水。僕の持ち物は、これだけだ。

何もできやしない。


携帯電話を見た。僅かに電波が届いたり、圏外になったり、また、僅かに電波が届いたり、何度も繰り返した。

昨日の留守番電話をもう一度聞いた。

何度聞いても、ふざけた機械音の後で、同じ人間が、同じ言葉を、僕に語りかけている。

「昔の駅で待っている」と、語りかけている。

番号はすっかり変わっていた。ただ、何度聞いても、彼女の声だった。



黒ビールをもう一杯頼んだ。

無愛想な女性の店員が、何も言わずに新しいグラスを置いた。

彼女の黒いエプロンは、白い粉みたいなもので汚れていて、所々、油が染みていた。

曲が、ブルース・スプリングスティーンに変わった。もう、どうでも良かった。



僕は今日、友人に話をしたかった。パスタでもビールでもエスプレッソでもない。僕はこの僅か何秒かの留守番電話について、話をしたかった。でも、話さなかった。いや、話せなかった。どう話して良いのかが、分からなかったわけじゃない。話した後、どうすれば良いのかが、分からなかっただけだ。



例えば、僕をAとする。友人がBで、留守番電話の彼女をCとする。

AとBの世界、つまり、僕と友人の世界はある。AとCの世界、僕と彼女のそれだってあった。ただ、AとBとCの世界はない。当然、BとCという世界もない。

自分を基準とした、つまり、Aとした世界はいくつもある。無数に存在している。アルファベットでは、もはや足りないぐらいに。いくらでも増え続け、同時に目まぐるしく入れ替わっている。毎日のことだ。

ただ、ABCやBC、或いはADEやDEという世界は、現在の生活の中で、もう、決して増えることはない。オフィシャルは別としても、本来の僕の生活、つまり、プライベートでは、もう増えることはない。

いつからかは、わからない。気付いた頃には、そうなっていた。どうすることもできない。

昔は違った。

僕の有するある一つの世界での誰かが、僕の有する別の世界での誰かと、僕を介して出会い、三人の世界が簡単に築かれた。或いは、それを基に、僕を含まない彼等二人だけの世界が当たり前に築かれた。

それは、特別なことではなかった。ごく日常的で当たり前のことだった。僕達の世界は、一秒毎に広がり、一秒毎に新しい輝きを放った。


ただ、今は違う。もう、違う。

同じ時間軸を辿る無数の世界。僕というAがBと過ごす時、Cは自分をAとした別のBと過ごす。そのBと僕、或いはそのBと僕におけるBが相容れることはない。僕におけるCは、自分におけるBがAとなった時、そのBやCと世界を築くことはない。

僕達は常にその瞬間、違う場所で、違う誰かと、最小の世界を生きている。

次の日は、また、違う場所で、違う誰かと、最小の世界を生きる。それをアルファベット順に、或いはランダムに繰り返す。「最近どう?」「ぼちぼちだよ。」、そんなお決まりの言葉を語らいながら。



もう一度、タバコに火を点けた。やはり、ライターを何度も擦った。

吐き出した煙の先に、昔のあの駅を想い描いた。

都心から少し離れた駅。大きくも小さくもない駅。誰かが誰かを待っている駅。

彼女を待つ僕。違う誰かを待つ隣の男。僕と彼は、全くの他人だ。ただ、僕が待つ彼女と彼が待つ誰かが、他人かどうかは分からない。

携帯電話で怒鳴る女性がいる。その女性と僕は他人だ。ただ、電話の相手と僕が、他人かどうかは分からない。

僕が待つ彼女と携帯電話で怒鳴る女性が他人かどうかも、その相手と僕の友人が他人であるかどうかも、分からない。

僕が過ごすこの今と同時並行で、誰かと誰かが、物語を紡いでいる。無数の関係性が存在し、あまたの群像劇が同じ時間に何処かで進行している。ただ、僕と誰かは決して相容れない。

僕と誰かが相容れるのは、同じ時間に、同じ何かを、同じく経験した場合だけだ。

その何かとは、非日常的なカタストロフィかもしれない。

ロバート・アルトマンの映画『ショート・カッツ』なら、それは大地震だ。ポール・トーマス・アンダーソンの映画『マグノリア』ならば、空から蛙が降ってくる。空からイワシやアジが降ってくる小説もあった。



今、この閉ざされた地下のカフェから外を窺うことは出来ない。何も見えない。何も聞こえない。雨が止んだのかどうかも、僕にはわからない。

ひょっとしたら、雨の代わりに、グレープフルーツが降っているかもしれない。

あの駅に、グレープフルーツが降り注ぐ。世界中のありったけのグレープフルーツが、アーケードを突き破り、空から降り注ぐ。呆れるほどの轟音とともに、皮は破れさり、果肉は弾ける。飛び散り、転がり、踊り、何もかもを黄金色に染め、何もかもを、力強くて緩みのない、けど爽やかな香りで包む。

他人なのかどうかも分からない誰かと誰かが、そこにいる全ての無名の人間達が、同じ色に染まり、同じ香りに包まれ、無限大の群像劇が、たった一つのグレープフルーツの物語となる。儚く、同時に強い物語となる。

誰かが言う。

泣けば良いのよ、と。

誰かが言う。

いや、笑おう、と。

誰もが笑う。大声で笑う。呆れるほど笑う。軽くて優しい、綺麗な笑顔を見せる。

そこには、一瞬と永遠が混在している。




ドアが開いた。古い鐘の音と共に、客が入ってきた。

夫婦らしき中年の男女だ。

男は朝顔の鉢植えを持っていた。淡いグレーのポロシャツは右側の肩口が色濃くなっていた。女は無色透明のビニール傘を丁寧に畳んだ。

僕は携帯電話を見た。やはり、僅かに電波が届いたり、圏外になったり、また、僅かに電波が届いたり、何度も繰り返した。


彼等が奥の席に着いて、オーダーを済ませてから、僕は、残りのギネスを飲み干し、テーブルチェックをした。

女性店員は相変わらず無愛想だった。お釣りを乗せた小さな手のひらは、ひび割れ、ひどく荒れていた。

僕はグレープフルーツが二つ入った紙袋をしっかりと抱いて、席を立った。

男の足元に置かれた朝顔は、葉の下に、重なり合うほど多くの蕾が見えた。

曲は、ウディー・ガスリーの『この土地は君の土地』に変わっていた。




ドアを開けた。鐘は、侘しい音を一つ立てる。

暗く急な階段をゆっくりと登る。一段一段、慎重に登る。

光は見えない。雨の音も聞こえない。

汗を拭う。僕からは何も香らない。

雨が僕の一部を綺麗さっぱりと流していた。一瞬も永遠も存在しなかった。階段を一段づつ登る今だけが、確かにあった。

携帯電話をかける。

「もしもし」と僕は言う。返事はない。

「もしもし」と、もう一度言う。何度も言う。

相手が、何か言う。よく、聞き取れない。



外には、太陽も雨も無かった。

無数の音が交錯していた。

それぞれの目的地へと歩を進める人々の頬に、涙は無かった。

今、この場所を包んでいるのが、日常だと言い切って良いのかどうか、僕にはわからなかった。ただ、他の言葉は何処にも見当たらなかった。

汗が零れた。額が濡れた。すっかり忘れていた。


「もしもし?」

僕は、踵を前に少し強く、踏み出した。何処に向かえば良いのかわからなかった。それでも、僕は一歩、夏の街へと踏み出した。ただの香水を二つ抱えながら。







7月の駅は濡れていた。

突然の通り雨が、生きた形を懸命に残した。

コンコースに隣接された外へと繋がる通りには、アーケードがかかっていて、誰かが誰かを待つのに、うってつけの場所だった。

道の両側は、ショーウィンドウのようにガラス張りになっていて、実に様々なものが飾られていた。

色とりどりの切れ端で作られたパッチワークの手芸品、オイルで描かれた小さな川や丘陵の絵、用途の分からない陶磁器。聞き覚えのないクラッシックコンサートの告知…。

どれも、目的が分からなかった。誰のためのものなのか、分からなかった。でも、それでいいんだと思った。

小学生の習字も並んで貼られていた。

毛筆で書かれた「税金」という黒い二文字は、真っ白な半紙の上で、何処までも悲しみに暮れていた。

不意に、愛のようなものが聞こえてきた。音の割れたギターに乗って届いた。

ストリートミュージシャンが、綺麗な言葉を、同じ意味の汚い言葉に変えて歌った。

でも、結局それは、愛のようなもの以外のなにものでもなかった。

最後には種が明かされるマジックのようだった。

その歌が、この駅を、或いは誰かを、包み込むことは難しかった。


駅は、あまりに混沌としていた。

公衆電話で話をするサラリーマン。罵り合う若いカップル。互いの手を握りしめ合う年配の男女。汗だくの警備員は遠くを睨み、浮浪者は何も入っていない空き瓶の口を舐めていた。若い女性達が古いダンスミュージックに合わせて踊り、ノーネクタイ姿の中年男性は二人で缶チューハイを飲んでいた。大学生ぐらいの男達が全速力で駆け抜け、女子高生は大きな荷物をコインロッカーに押し込めていた。二人組の外国人が空を拝み、居酒屋の店員が手に持ったチケットの束で皮脂まみれの顔を扇いでいた。ブレザー姿の男は子供と一緒に湿気でしわくちゃになった旅行会社のチラシを無差別に持ち帰っていた。エミリオプッチ風のワンピースを着た若い女性も、ジョニー・デップのような眼鏡姿の学生も、薄い頭皮に髪を撫で付けた中年男も、カットソーのプリーツ加工が伸びきった白髪混じりの女性も、神にでもすがり付くような面持ちで携帯電話を握りしめていた。ストリートミュージシャンが相変わらず愛のようなものを歌っていた。

三連休前の最後の日、つまり、先々週の金曜日、僕は駅にいた。僕は一人、グレープフルーツを二つ持って立っていた。ただ、立っていた。



その日は、丸の内で、友人と遅めの昼食をとった。時計は14時を回っていた。

ウニとカラスミのパスタで、ランチビールを2杯ずつ飲んだ。

食後のエスプレッソが届くまで、僕達の間に、会話らしい会話はほとんどなかった。

射し込む光が白いテーブルを強く照らした。

友人は、小さなカップに砂糖をなみなみとスプーンで2杯入れて、かき混ぜずに一息でエスプレッソを飲み干した。

「どうしてかな。」と友人は言った。「最近どう?…とか、そんな言葉しか思い浮かばないんだ。」

「仕方ないさ。俺だってそれくらいしか思いつかない。」

友人は間違い探しでもするみたいに、僕の全てをくまなく見つめた。

「お前は昔からだろ。俺が話さなきゃ、何も語ろうとしない。」そう笑った。「俺は昔は違ったんだ。色んな事を話したかった。本当に色んな事をな。言葉を選んでから話し始めたことなんてなかったよ。特に、お前と話す時にはそんな事は一度もなかったんだ。最近どう?…。ぼちぼちだよ…。そんなおざなりの牽制球みたいな会話に、一体何の意味があるんだ。」そう言って、スプーンで、カップの底に残った砂糖を舐めた。

「もちろん、意味なんかないさ。」と僕は言った。「それで…、最近はどうなんだ?」

「ぼちぼちさ。」と、友人は軽いため息をついた。

「どう、ぼちぼちなんだよ。」

「どうもこうもない。いいか、保険屋なんて、いつだってぼちぼちなんだよ。そういう仕事なんだ。そもそも、最低な仕事なんだから、そうでも思っていなけりゃ、こっちがおかしくなるだけだ。生きた心地もしやしない。」

「最低な仕事?将来の安心を売る立派な仕事だろ。」

「安心を売る?立派?冗談じゃない。」

友人は、せわしなく動き回る女性店員に灰皿を頼んだ。彼女は面倒そうに首を振って、禁煙だと言った。友人はもう一度、スプーンを舐めた。仕方なかった。

「俺達は安心なんか売っちゃいない。人の不安をただ掻き立てているだけだ。あんたはいずれ癌に侵されますよ。あんたの頭はいずれパンクするし、あんたの心臓は爆発する。怖いでしょ?怖いですよね?死んじゃうんですよ。ただね、金があったらどうにかなるかもしれない。死ななくて済むかもしれない。仮に運悪く、あんたは死んだとする。でも、女房と子供は、金で救われるかもしれない。女房や子供が路頭に迷う姿をあの世で見たいですか?見たくないですよね?死んでも死にきれないですよね?だから、金なんですよ。金さえあればなんとかなるんですよ。こう考えて下さい。今、あなたの稼ぎの中から、少しずつでも、金を出せばいいんです。本当に少しずつです。そうすればその時、本当に必要なその時、全てを丸くおさめてくれるだけのその金を用立ててあげます。保証しますよ。その時のその金を、保証します。どうですか?絶対に必要ですよね?必要じゃないわけがないですよね…。な?最低な仕事だろ?」

「ひどく、正論に聞こえるけどな。」僕は、何も入れずにエスプレッソを一口飲んだ。「それより…」

「何だよ?」

「随分と口が回るじゃないか。」

「当たり前だ。思ってもないことを口にする時はそんなもんだ。」と友人は言った。「ただ…」

「ただ?」

「ただ、本当に伝えたいことは、そうはいかない。」

友人はグラスのペリエを飲んだ。グラスを空にすると、眉間に皺を寄せて、顔をしかめた。

「もう、行くよ。お前は?」

「少しだけ、時間を潰すよ。」

「大丈夫か?」

「ん?」

「最近どうなんだ?」

「まぁ、どちらかと言えば、最低だよ。」

「そうか…。安心したよ。」


「またな」とだけ言って、友人はレストランを後にした。ライトグレーの大きな後ろ姿が、小さく、そして静かに、彼が今ある世界の平常を語っていた。


僕は、エスプレッソを残し、ペリエを飲んだ。久しぶりに飲んだ。おかしかった。こんなにガスが強いはずはなかった。

テーブルを照らす光は、もう何処かに消えていた。

色々なものが、あわてて僕の前から消えて無くなっていく。

それはきっと、決められた定義や自然則によるもなのかもしれない。フェアな事象なのかもしれない。ただ、その速度が、僕にはひどく不確かで曖昧に感じられる。それもやはり、仕方ないことなのかもしれないけれど。



レストランを出ると、熱で熟れたような空を、雲がゆっくりと覆い始めていた。オフィスに電話をかけ、女の子に「今日は戻らない」とだけ伝えた。

形ばかりの喫煙所で意味もなくタバコを吸ってから、少しブラブラと歩いた後、丸ビルのコンランショップに入った。

フレグランスを買った。もちろん、意味はない。

僕はだいたいのフレグランスが苦手だ。身に纏ったそれが、セカンドノートに移る頃、決まって頭が軋み始める。いつだってそうだ。

ちょっとした例外を除けば、体に合った唯一のフレグランスだけを、僕は使い続けている。親の形見か、ちょっとした記念品みたいに、頑なに使い続けている。

ただ、たまたま、店員の女性に勧められたそのフレグランスは違った。何かが決定的に違かった。

ムエットを香ると、力強くて緩みのない、けど爽やかな香りがした。多少のクセも存在した。ただ、すぐに、軽くて優しい、綺麗な香りに変わった。

正直、そんなに好きな香りではなかった。ただ、何だろう。それは儚かった。同時に強かった。そこには、一瞬と永遠が混在していた。

ボトルには「エネルギー」とあり、小さく「グレープフルーツ」と書かれていた。

「コム・デ・ギャルソンのシリーズ8で、エネルギーのグレープフルーツです。」と、彼女は笑顔を見せて言った。

「夏から秋にかけて、メインで使っていただけると思います。」

まるで忘れていた。もう、夏だった。

他に、レモンとライムがあると彼女は言った。同じようにムエットを勧められた。それを断り、"グレープフルーツ"を二つ買った。

「お一つはギフト用にラッピング致しますか?」と聞かれた。僕は首を振った。

どうして二つ買う必要があったのか、分からなかった。けれど、問題は無かった。

この頭で理解できることだけが、僕を、或いは世界を、作り上げているわけじゃない。もう、充分に知っていた。そして、すっかり馴れていた。

僕が理解することのできない多くのものごとは、きっと、誰も傷付けはしない。もし、それが勘違いで、誰かに痛みを与えてしまったとしても、仕方ないと思った。どうにか許して欲しいと思った。



店を出て、外に出た。そうだった。まるで忘れていた。もう、夏だった。



(vol.2に続きます…)







「法相を『死神』とは上手い事を言ったもんだよね。」と、初老の男が笑った。大きな音を立てて、アイスコーヒーを飲んだ。

マスターは、黙って頷いた。

「あいつで、13人目だってさ。まぁ、死刑になって当たり前の奴等なんだ、あまり騒ぐことでもないよな。」

そう言って男が煙草を喰わえると、やはり黙ったまま、マスターは灰皿を置いた。

男はスタンドカラーのシャツの袖を捲った。シャツよりも、太い畝のコーデュロイパンツが暑苦しかった。

男の席の脇には、スポーツ新聞が畳んで置かれていた。北京五輪野球日本代表の星野仙一監督と握手を交わす、長嶋茂雄さんの笑顔が見えた。

外を覗くと、雨はまだ降っていなかった。クロワッサンみたいな雲が早く流れた。



「長澤まさみの演技ムカつくんだけど。」

「可愛いいじゃん。」

「声のトーンと、顔の肉がやじゃない?。なんでDV受けてて、その声とその肉でいられんだよって感じしね?」

「つーか、声と肉は演技じゃねーし。」

20代前半ぐらいの女の子が、二人でミルクティーを飲んでいた。

「上野樹里は?」

「あの髪型、マジ女優っしょ。」

「てか、長谷川潤とかまた眉毛ヤバくね?」

「スマスマでしょ。キムタクにケンシロウ系とか言われて、ウケ過ぎて死んだんだけど。」

「オメーのババパー直せよ。チェンジれよとか思ったんだけど。」

「ビストロ、パーマじゃなくね?あれ、どうしてんの?」

店内にはまだ、何かのコンピレーションアルバムが流れていた。知らない曲だった。けれど、聞き飽きた言葉が潰れるほど音に乗っていて、聞いたことがあるような気になった。

片方の女の子は、鼻の横に大きな黒子があった。もう一人の女の子は、セーラムをボックスから出したり仕舞ったり、何度も繰り返した。



僕はすっかり冷めてしまったコーヒーを一口飲んで、もう一度小説に目を落とした。でも、もう無理だった。



土曜日は、朝早く目が覚めた。金曜日までの疲れが、体の一部みたいに染み付いて離れなかった。

グレープフルーツのジュースを飲んで、新聞を読んだ。

タバコを吸って、少し伸びた爪をヤスリで削った。

靴を三足磨いてから、熱いシャワーを浴びた。

アウトルックでメールチェックをして、二本電話を入れると、することがなくなった。

いや、することはたくさんあった。きりがないほどにあった。ただ、それを、すべきことと認定したくなかった。ようするに、やる気がなかった。

外を見た。雨は降っていなかった。

コットンのジャケットと、小説を一冊持って部屋を出た。



いつもの煙草屋で、タバコを二つ買い、いつもの喫茶店に入った。



マスターはいつも通りに軽く会釈をした。

カウンターに60代後半ぐらいの男が座り、スポーツ新聞を読んでいた。

テーブル席には、若い女性が二人いた。

僕は狭い店内の一番奥のテーブル席に座り、ホットコーヒーを頼んだ。別にコーヒーが飲みたいわけじゃなかった。

携帯電話の電源を落として、小説を開いた。読みかけだったカズオ・イシグロの『Never Let Me Go』だ。小説も特に読みたいわけではなかった。でも、無意識に読み耽っていた。



ホウソウヲシニガミトハ…

ナガサワマサミノエンギ…





初老の男と若い女性達の声が耳についた。

コンピレーションアルバムが一巡していた。

コーヒーはすっかり冷めていて、タバコはテーブルの上に二つ積まれたままだった。



タバコを一本吸った。何の味もしなかった。立ち登る煙が、そのまま空に吸い込まれるような気がした。

もう小説を読むのは無理だった。



「何か作ろうか?」

マスターが僕に言った。時計は14:00を回っていた。そう言えば、朝から何も食べていない。

サンドウィッチを頼んだ。

「野菜サンドでいいかな?」

「うん。アスパラガスをたくさん入れて。」


もう一度、空を見た。あの日みたいだった。



あの日も空には雲がかかっていて

ほんの少し先が見えなかった

彼女は小さな思いを抱えて必死に未来を歌っていた

風が揺れて
彼女の髪が煩く
僕の鼻先を遊んだ

言葉を吐くのも面倒だったから

貧相な腕に力を込めて
ただ抱き締めた

例えば雲の代わりに
クロワッサンでもこの空に浮かんでいたなら

僕達は雨を知らずに生きていけるかな?

ただ彼女を抱きしめながら

そんな馬鹿げた事を考えていた

ただ彼女を抱きしめながら

僕は彼女ではなく空を見ていた

雲には何か書かれているような気がした

僕にも彼女にも

それは見えなかった




「お待たせ。」

野菜サンドからは、アスパラガスが飛び出ていた。

「マスター、これ何ていう花?」

僕の席の斜前に、淡い紫色の花が咲いていた。

「これは、ノアザミ。一昨日もらったんだ。トゲがあるから触らない方がいいよ。」

その花は、淡い色とは裏腹に、小さな花瓶の中で、強く生きていた。

携帯電話の電源を入れた。メールが4件届いていた。



「しかし、松井も、ちょっといいと思ったら、またケガだもんな。」

男が言った。

「何か映画見たくね?」

「今何やってんの?」

「なんか、チャーリーに出てた男の子のやつでしょ。」

「チャーリー見てねーし。」

女の子が、セーラムに火を点けた。



僕は、サンドウィッチをほうばった。とにかくほうばった。

もう一度、花を見た。

僕はやるべきことをやらなければならない。

あの日、そう決めた。

もうすぐ、雨が僕を捉え、僕を濡らす。

まるで構わないと思った。