竹本健治著 『せつないいきもの ~牧場智久の雑役』 | 薔薇十字制作室:Ameba出張所

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『狂い咲く薔薇を君に』に続く「牧場智久の雑役」シリーズの第2弾である。今回から、『殺人ライブへようこそ』に登場したミュージシャンの速水果月が加わる。
速水果月というと、『殺人ライブへようこそ』で印象的なシーンがある。徳間ノベルス版では125~126ページにあたるのだが、速水果月はヘッドホンをつけ、全裸の体に黒いコードを、蛇のように巻きつけている。それを見た武藤類子は、一瞬殺されているのではと思うのだが、実は生きていて、リズムをとるように、首を揺らしているのである。
これと似たシーンに、後年、私はアニメ『serial experiments lain』で出会うことになる。そこでは通称「ぐるぐるlain」が登場する。コンピュータ・ネットワークに接続して、自己を探るlainは、自室で自身の体にケーブルをぐるぐる巻きにしてしまう。
速水果月は、生と死のぎりぎりの皮膜の上で、感覚的・実存的に思考する女性というイメージがあるのは、そのためだ。
本書には3つの短編が含まれている。「青い鳥、小鳥」「せつないいきもの」「蜜を、さもなくば死を」の3篇である。出来るだけ趣向の違うものをという配慮が働いているのかどうかわからないが、「青い鳥、小鳥」は、わずかな条件にもかかわらず、パズルを解くように思考を使い、鮮やかに結論を導き出すことに主眼が置かれている。「せつないいきもの」は、アニメ/ゲームの世界での話なのだが、最終的に<せつないいきもの>としての女性像を直視する方向に収束してゆく。「蜜を、さもなくば死を」は、タイム・リミット付きで生死のかかった推理ゲームであり、最後の最後までどう転ぶかわからないというものである。
本格ミステリとして書かれた3篇について、これ以上、ストーリーを語るわけにはいかない。その代わりに、「蜜を、さもなくば死を」に現れた「恒河大学」(本書227ページなど)について書いておきたい。竹本健治の『闇に用いる力学[赤気篇]』では、丸田財閥の息のかかった総合学術研究会の影響下にある組織として、恒河大学の付属施設日本総合心理研究所がある。さらに言えば『キララ、探偵す。』の益子博士は、恒河大学卒であり、恒河大学の学生が多数登場する。
『闇に用いる力学[赤気篇]』の巻末では、国全体を焼き尽くそうという願望を語る少年のことが語られる。牧場智久シリーズの『風牙迷宮』は、インドの古代遺跡での火災の場面から始まるが、火災原因である。キララシリーズの「雨の公園で出会った少女」では、放火を夢想する男が話者である。
これらは全体小説としての『闇に用いる力学』に収束されることによって、謎が消滅するのだろうか。いや、各物語の時空の位相からして、これらはひとつの物語ではなく、パラレルな関係を持つ、『闇に用いる力学』とは、別な可能世界としてあるのではないか、と思うのである。