0 堀越事件とは
平成24年12月7日,最高裁第二小法廷は,堀越事件につき無罪の判断をした高裁判決(東京高判平22・3・29)(=中山判決)に対する検察官の上告を棄却し,堀越氏の無罪が確定しました。
判決文はこちら
堀越事件について,ご存じでない方も多いと思いますので,軽く解説しておきましょう。
ロースクールの教授の中には,当然学生も知っていると思っている方がいらっしゃいますので,授業で取り扱われるかもしれませんね。
堀越事件とは,猿払事件(最大判昭49・11・6刑集28-9-393)【百選Ⅰ15】の再来といわれる,憲法学者大注目の事件でした。
問題となったのは,猿払事件と同様,公務員の政治活動の自由です。
具体的には,国家公務員の政治的活動を一律に禁止する国家公務員法102条1項,その委任を受けた人事院規則14-7(政治的行為)6項7号,13号(5項3号)の憲法適合性が問題となりました。
猿払事件では,第1審判決(旭川地判昭43・3・25下刑集10-3-293)【百選Ⅱ215】(=時國判決)が,いわゆる適用違憲第一類型の手法を採用し,無罪判決を言い渡しました(百選解説,芦部376~377頁参照)。
しかし,第2審でも無罪となったにもかかわらず,最高裁は,大法廷判決において,有罪判決を下しました。
この時の最高裁長官は,村上朝一裁判官であり,「村上コート」と呼ばれておりました。
村上コートの前は,全農林警職法事件において,保守的な判例変更をした石田コートでした。
村上コートは,石田コートの保守派の雰囲気を承継したものでありました。
このあたりは,山田隆司著『最高裁の違憲判決―「伝家の宝刀」をなぜ抜かないのか』(光文社新書,2012年)106頁以下が参考になります。
なお,猿払事件の調査官の香城敏麿裁判官も,著名な裁判官ですので,名前を憶えておいて損はないでしょう。
堀越事件も,国家公務員の政治的活動の自由が問題になった点のみならず,第2審では適用違憲の手法を用いて無罪判決がなされた点でも,猿払事件を彷彿させるものがあります。
そこで,最高裁に係属したところ,判例が変更される場合になされるはずの口頭弁論がなかったため,最高裁の無罪判決が期待されておりました。
しかし,無罪判決をするには,猿払事件判決を判例変更しなければならないはずです。
ところが,判例変更をするためは大法廷で判断しなければならないのですが,大法廷回付はなされませんでした。
そこで,判例変更によらず,どのような無罪判決がなされるのか注目されていたわけです。
1 事案の概要
堀越氏は,社会保険庁東京都社会保険事務局目黒社会保険事務所に年金審査官として勤務していた厚生労働事務官でしたが,共産党を支持する目的をもって,機関紙のしんぶん赤旗等を配布したため,国公法違反で起訴されました。
2 多数意見
(1) 法令の処罰対象の限定
まず,立法目的を行政の中立的運営の確保,対立利益を表現の自由に特定しました。
その上で,ⅰ法の文言,趣旨,目的,ⅱ規制される政治活動の自由の重要性,ⅲ刑罰法規の構成要件となることを考慮し,処罰対象である「政治的行為」につき「公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが,観念的なものにとどまらず,現実に起こり得るものとして実質的に認められるもの」として,その委任をうけた人事院規則に対しても同様の解釈をしました。
具体的には,ⅰ人事院規則が定める行為類型に文言上該当する行為であって,ⅱ公務員の職務遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるもの,を当該各号の禁止の対象となる政治的行為と規定したものと解しました。
そして,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるかどうかは,公務員の地位,その職務の内容や権限等,当該公務員がした行為の性質,態様,目的,内容等の諸般の事情を総合して判断するのが相当である,という判断材料を示しました。
(2) 限定部分した条文に対する憲法適合性審査
上記のように,同法の適用範囲を限定した上で,憲法適合性を審査します。
基本的には猿払をなぞっているのですが,「禁止の対象とされるものは,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為に限られる」として,必要かつ合理的な範囲と結論付けている点,間接的・付随的規制論が抜け落ちている点で異なりますね。
(3) 限定した構成要件に該当するかを審査
その後,「本件配布行為が本件罰則規定の構成要件に該当するか」を検討して,「管理職的地位にはなく」「裁量の余地のない」等を理由に「構成要件に該当しない」として無罪であると判断しました。
(4) 適用違憲は採用しない(第2審判決への批判)
なお書きにおいて,「原判決は,本件罰則規定を被告人に適用することが憲法21条1項,31条に違反するとしているが,そもそも本件配布行為は本件罰則規定の解釈上その構成要件に該当しないためその適用がない」として「原判決中その旨を説示する部分は相当ではない」と批判していますね。
(5) 猿払事件との整合性
最後に,原判決の猿払事件違反について,猿払事件は「労働組合協議会の決定に従って(中略)構成員である職員団体の活動の一環として行われ,公務員により組織される団体の活動としての性格を有する」構成要件に該当する行為であるから,「事案を異にする」として,同判決と矛盾・抵触はないと結論づけております。
3 千葉勝美裁判官の補足意見
(1) 猿払事件と矛盾はない
千葉補足意見は,猿払事件との整合性につき,「判決による司法判断は,全て具体的な事実を前提にしてそれに法を適用して事件を処理するために,更にはそれに必要な限度で法令解釈を展開するものであり,常に採用する法理論ないし解釈の全体像を示しているとは限らない」と説いております。
そのため,「猿払事件大法廷判決の上記判示は,本件罰則規定自体の抽象的な法令解釈について述べたものではなく,当該事案に対する具体的な当てはめを述べたもの」として,猿払事件の判例の射程は,他の事件に及ぶものではないと説きます。
したがって,「本件罰則規定の法令解釈において本件多数意見と猿払事件大法廷判決の説示とが矛盾・抵触するようなものではない」と結論付けております。
この点は疑問ですね。
法令審査は当該具体的事実の範囲に限られるという見解は,結局適用違憲と同じではないでしょうか。
強いて違いがあるとすれば,土井先生の分類による違いと似ているように思います(ジュリ1400号51頁以下)。
すなわち,土井説の分類によると,典型的な適用違憲は「適用事実審査」,千葉補足意見は「法令適用審査」に該当するため,たしかに別物ではあります
しかし,土井説は双方を「適用審査」と位置付けるため,千葉補足意見の立場であっても,千葉意見が適用違憲の問題点として指摘する明確性の問題があるように思います。
(2) いわゆる合憲限定解釈やブランダイス・ルールではない
また,千葉補足意見は,本件の限定した解釈につき,「いわゆる合憲限定解釈の手法(中略)を採用したというものではない」と説きます。
そうではなく,本件は,「憲法の趣旨を十分に踏まえた」上で,「条文の丁寧な解釈」を試みたものであるにすぎないというのです。
さらに,この解釈はブランダイス・ルール(=憲法判断回避の準則)でもないという。
その理由として,司法の自己抑制を理由とする同準則と異なり,この手法は「通常の法令解釈の手法によるもの」にすぎないことを挙げています。
(3) 適用違憲は曖昧だからダメ
最後に,高裁の適用違憲判決(中山判決)につき,「表現の自由の規制立法の合憲性審査に際し,このような適用違憲の手法を採用することは,個々の事案や判断主体によって,違憲,合憲の結論が変わり得るものであるため,その規制範囲が曖昧となり,恣意的な適用のおそれも生じかねず,この手法では表現の自由に対する威嚇効果がなお大きく残る」として,適用違憲を否定しています。
しかし,上記(1)で指摘したように,千葉補足意見のように,法令審査は当該事実類型の限度でのみの部分的な判断であるかのような立場も,同じように明確性の問題を抱えていると思います。
3 須藤意見
(1) 刑罰の特殊性を強調
これに対し,須藤裁判官意見においては,「刑罰は国権の作用によるもっとも峻厳な制裁」であるから「処罰の対象とすることは極力謙抑的,補充的であるべき」として,刑罰が強力な制限であることが強調されています。
その上で,保護法益を
ⅰ行政の中立的運営
ⅱこれに対する信頼
に分け,ⅱ信頼のみが失われた場合は刑罰は許されず,懲戒処分が適切であると説きます。
他方,刑罰は,ⅰ行政の中立的運営が実質的に害される場合に限定されるとして,しょばんつ範囲をさらに限定します。
(2) 一つの限定解釈といえなくもない
さらに,本件は合憲限定解釈ではないとする千葉補足意見に対し,「一つの限定解釈といえなくもない」とした上で,合憲限定解釈要件につき検討しています。
具体的には,
ⅰ「規制の対象となるものとそうでないものとを明確に区別できないわけではない」
ⅱ「一般の国民にとって具体的な場合に規制の対象となるかどうかを判断する基準を本件罰則規定から読み取ることができるといえる」(札幌税関事件参照)
として,合憲限定解釈要件を満たさなくもない,と判断しております。
(3) 限定解釈は明確性の観点から問題がある
もっとも,「上記のような限定解釈は,素直なところ,分離を相当に絞り込んだ面があることは否定できない」として,やっぱり無理あるよね,と自白しています。
これに加えて,
ⅰ本法及び規則には「文理上広汎かつ不明確」ゆえ「委縮的効果が生じるおそれがあるとの批判がある」こと
ⅱ犯罪構成要件を人事院規則に委任している点が憲法21条,31条等に違反するとの見解(猿払事件・大隅ら4裁判官反対意見)があること
を指摘し,「更なる明確化やあるべき規制範囲・制裁手段について立法的措置を含めて広く国民の間で一層の議論が行われてよい」と結論づけています。
4 本判決の評価
(1) 総評
本判決は,国家公務員の政治的行為に対する刑罰の範囲につき,「公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるもの」という限定解釈をした点は,素直に評価できます。
しかし,猿払事件と抵触しない,というロジックは極めて疑問ですね。
大法廷に回さないで,堀越事件を無罪にするための「オトナの判断」があったように感じます。
(2) 合憲限定解釈ではない?
ところで,本判決の多数意見は,札幌税関事件の合憲限定解釈要件にあてはめていません。
これは,広島市暴走族追放条例事件判決の同様でした。
本判決が,暴走族事件と同様,合憲限定解釈であることの判断を避けたのは,須藤意見に見られるように,「ぶっちゃけ合憲限定解釈は無理がある」との指摘を回避したかったから,と考えることもできますね。
実際に「実質的に認められる」という要件を合憲限定解釈で導くのは,明確性の観点から無理があるように感じます。
(3) 憲法適合性審査が骨抜きでは?
それでは,本判決の解釈手法は,いったい何なのでしょうか?
本判決のロジックは,
ⅰ法102条1項につき,「規制される政治活動の自由の重要性」を加味して,構成要件を限定解釈
↓
ⅱ限定した部分につき憲法適合性を審査して合憲
という構造になっています。
しかし,これでは結局ⅰの審査で違憲部分を除去してるわけで,本来厚く審査すべきである憲法適合性を論じるはずのⅱでは,キチンと審査していないように感じます。
これでは「憲法適合性」の判断では何も審査していないに等しく,審査が骨抜きになっていると評価せざるを得ません。
ぶっちゃけると,答案ではあまり参考にならない手法のように感じています。
(3) 猿払事件と抵触しないの?
また,私は,猿払事件と抵触するように感じております。
ア 理論的な抵触がある
猿払事件は,いわゆる「くさったミカンの理論」を採用し,一公務員の行為であっても,その弊害を軽く見るべきではないと判示しておりました。
「特定の政治的行為を行う者が一地方の一公務員に限られ、ために右にいう弊害が一見軽微なものであるとしても、特に国家公務員については、その所属する行政組織の機構の多くは広範囲にわたるものであるから、そのような行為が累積されることによつて現出する事態を軽視し、その弊害を過小に評価することがあつてはならない。」
この「くさったミカンの理論」によると,観念的に害するおそれがある行為も,積み重なれば問題となるとして,処罰の対象であったように解することもできます。
しかし,本判決は,実質的に害する行為のみを処罰の対象とするように,限定した解釈を展開しております。
イ 判決の効果は具体的事実にとどまらない
また,上記で指摘した通り,千葉補足意見が前提とする,法令審査は当該具体的事実の範囲に限られるという見解は,結局適用違憲と同じではないかという疑問があります。
したがって,法令違憲の範囲は,当該事例にとどめるべきでなく,広く同法が問題とされる事案にも及ぶと解するべきでしょう。
5 おわりに
Twitterの発言をベースに,切った貼ったしてみました。
とりとめのない内容ですので,後日修正したいと思います。
取り急ぎ,ご報告まで。